「横道世之介」と踊る青春 ~足を止めたらサヨウナラ~
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:大野了(リーディング&ライティング講座)
なんて軽やかな小説なんだ。
いつまでも終わって欲しくなかった。
ずっとこの小説の世界にいたかった。
こんなに主人公が身近に感じられる小説、出逢ったことなかった。
世之介、どこかにいるよね、日本のどこかに。そんな気持ちになる。
もう、彼は私の同級生のひとりになってしまっている。
心の中に完全に「横道世之介」という男が棲みついている。
どんな男なの? と言われても少し困る。
思ったのは‘人生にYESを言い続けている人’ということだ。
世之介はとっても素直だ。人生で起きることに素直に反応する。
だから世之介の周りには、面白いことが起こり、面白い人が何だか集まってくる。
まるで「人との出会い」を引き寄せる磁石みたいだ。
そしてなぜか出逢った人の心に永遠に残る。
小説では大学1年生の12か月を順に追っていくのだけど、合間に20年後の現在の話も挿話されて、それが‘愛おしい青春’を浮きだたせる効果を上げている。
心の奥がキュッと切なくなるくらい、何でもない日々が、かけがえのないひと時だったことを感じさせてくれる。
だからこの小説では、ふたつの青春を味わえるのだ。
今、まさにその時を生きている青春。
振り返って、想いが切なく募る青春。
どちらも存分に味あわせてくれる。
それと、この本は自身の青春も鮮明に思い出させる強力な‘記憶再現装置’になっている。
あの頃の懐かしさと切なさが心に湧きあがって、次から次へと忘れていた思い出が溢れ出す。今、あいつ何してるのかな、なんてこの20年思い出さなかった友人のことを思い出して、気づいたら大学時代のアルバムを開いていた。びっくりするくらいリアルにあの感覚が蘇ってくる。
身体があの頃の熱を帯び、勝手に動き出していく感覚。
「世之介、踊れよ」
世之介が上京してまもなく従兄の清に突然、言われる言葉だ。
「は?」
「なんで踊るかなんて、意味を考えちゃダメなんだよな、きっと。一度足をとめたらあとはどんどんあっちの世界に行っちゃうんだ」
そんな世之介はサンバサークルで踊っていたが、私も同じだった。
私も入学式の日にダンスサークルに直感で入って、6月には新宿のクラブのダンスパーティで派手なシャツで踊っていた。自分の出番が終わって興奮したまま買い出しに出かけ、歌舞伎町をまさしく跳びはねながらコンビニに向かっていると、前から見たことのあるメンバーが歩いてくる。
高校の同級生だった彼らに私は後先考えずに「おー! 久しぶり、今、そこで踊ってんだよね! 良かったらおいでよ!」と声をかけた。その後、彼らがどんな言葉を返してくれたから全く覚えていない。ただ、彼らの凍り付いた表情だけが脳裏に残っている。
夜、高校時代の親友から電話がかかってきて、「お前、浪人生全員を敵にしたな」と言われた。彼らは代々木の予備校からの帰りに新宿のラーメン屋に寄っていたのだ。
やってしまった……。
浮かれていると思い切り間違う。
浮かれていると人を傷つける。
とにかく私は浮かれていた。
後悔してももはや遅く、私は卒業してから「あいつ、調子に乗りやがって」と浪人生ネット―ワーク全員から嫌われてしまったのだ。
でも、私はその後も気にせず踊り続けた。なぜ、あの時、そんなぶっとく図々しい無神経さを持っていたのか、社会人になって、人目を気にして生きてきた習性が身についてしまった今、理解ができない。
それを今、振り返って否定も肯定もしない。でも、後悔はしていない。
「横道世之介」を読めばいつでもあの時に戻れる。無軌道に「踊っていた」あの頃を思い出し、何なら今も「踊っちゃえば」と言われているような軽快な読後感に包まれる。
こうして天狼院書店のゼミに参加している今も、きっと何だか踊りたくて、申し込んだのかもしれない。
「なんで踊るかなんて、意味を考えちゃダメなんだよな、きっと。一度足をとめたらあとはどんどんあっちの世界に行っちゃうんだ」
いきなり小説家を目指し始めた従兄の清が、世之介に言った言葉をそのまま信じて言い換えると、
「踊り続けていれば、ずっとこっちの世界にいれる」ということだ。
もし、あの時を忘れてしまったなら、何も考えずに、ただこの小説に身を委ね、思うがままに踊ってみてほしい。
気づくと軽やかなステップを踏んでいるはずだ。
そして、‘青春’はまだ確実に心に生きていることにハッとする思う。
そんな不思議な力がある小説だ。
***
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