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晴れ、時々ブラックホール


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北 花音 (ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
ストレスにさらされていた、知り合いのサラリーマン。
激務の中、勉強を重ね、資格取得を狙っていた友人。
不妊で悩んでいた同級生。
 
身近な人から聞いたことはあった。
しかし、この時まではまるで他人事だった。
 
「せっかくだから海沿いを通って、山を抜ける道から行こう」
夫は言った。隣県に帰省途中のことだ。
後部座席で騒ぐ子ども達にイライラしながら運転し、何の気なしに髪をかき上げた。
後頭部に触れた時だ。
 
ぺたぺた。「えっ?」
 
思考が停止した。
とにかくハンドルを握りしめ、山道の運転に集中した。
 
山を抜けた所にある施設。子ども達は遊具で大はしゃぎしている。
私はトイレでファンデーションのコンパクトを使って合わせ鏡をし、自分の後頭部を見る。
……やっぱり。
そこには白い、ぽっかりとした空間があった。……真っ白である。
そして触ると、吸い付くように「ぺたぺた」していた。
そういえば、言ってたな、あの子。
「毛穴が無くなって、ぺたぺたするんだよ。」
 
……これは私が初めて自分の頭に円形脱毛症を発見した時のことだ。
 
3人の子がいる。妊娠→出産→授乳というサイクルを5年の間で3回繰り返した。
独身時代、保育士をしていたので、「子育てはきっと大丈夫」そう自信があった。
 
しかし、今振り返ると、「無理」をしていたのだろう。
新たに暮らした街での生活。新居で自分の裁量で子育てをするのはとても新鮮だった。
新たな人間関係を作りたくて、子連れ○○というイベントがあれば「これは私の為のイベントだ」と張り切って予約を入れ、出かけてみた。
しかし……。にぎやかで初めての場は元々苦手な私だったはず……。
 
産後のうつ時期をぬけると、私は躁に転じた。
それを3回繰り返した後、おそらく長い躁の期間を走り続けていたのだろう。
「3人もいて大変ね、お母さんえらいね」
そう言ってもらえることが快感だったのだ。
 
そして、「もっと進んでいく自分になりたい」とさらに突き進む。
「子育てに奮闘する自分」にプラスして、「働く自分」を早く取り戻したくなった。
子どもの保育園探しと就職活動を同時に開始させた。
 
そして、この「ぺたぺた」が見つかったのは、そんな時期のことだった。
 
「これくらいの」
かつて友人が、1円玉くらいの丸を指で作って、大きさを教えてくれたことを思い出した。
しかし、これは……。私の頭のものは……。
500円玉ではすまない。しかも四角い。3センチ四方の正方形のような形だった。
「毎日シャンプーしてたよね? なんでこんなになるまで気づかなかった?」
惨めで胸が押しつぶされそうだった。
 
翌日には皮膚科の門を叩いていた。
飲み薬と塗り薬を手にして、「もう大丈夫」と自分に言い聞かせる。そうすると、落ち着いてきて「後は治っていくのみ」という気になった。
 
しかしこの時はまだ、この病気との共存の、スタート地点に過ぎなかったのだ。
 
初発時は完治に時間はかからなかったが、仕事と子育てに奮闘する中、2年後に再発。
それからは、大なり小なりのものが、いつも私の頭に存在している。
 
この病気は自己免疫疾患のひとつとされているが、未だに原因が明らかではない。
最初の発症はストレス性のものであっても、次々にできる過程においては、「ストレスとは関係ない」という実感がある。
気分よく過ごせている時にもそれは突然に表れ、恐怖におとしいれる。
 
白い「ぺたぺた」はまるで、黒いブラックホールの様に得体のしれないものだ。
不気味に忍び寄り、ひとたび発生すると日常生活のほとんどに暗い影を落とす。楽しい気持ちをどんどん吸い取っていく。
 
症状がおもしろいように進む時期が続いた。ステロイド治療や赤外線治療を受けても、効果が全く感じられない。むしろひどくなっていく……。
全頭性のものや、全身性のものもあると聞くので、隠せる範囲である私の場合は、深刻なものではないのかもしれなかった。
 
しかし、つらい。抜け落ちるものを目にするのが恐怖であり、苦しい。
外ではもちろん、家族にさえ見られたくないと、「隠す」ことにいつも神経をすり減らしていた。
美容院や皮膚科の受付で、みっともなく泣いたこともあった。
 
この頃の私は「症状さえ治まればなかったことにできる」とリセットすることばかりを考えていた。「惨めな人と思われたくない」そんな気持ちで溺れそうだった。
 
溺れかかった私が水面に顔を出し、息ができるようになるには長い時間が必要だった。
いつも気にかけてくれた母の存在。
「大丈夫だよ」と明るく変わらずに接してくれた家族の存在。
私の告白を聞き、丸ごとを受け止めてくれた友人の存在。
それらの大切な存在があり、徐々に私の心が動き始めていった。
 
退職届を出し、走り続けた時間を少し緩め、自分に「ゆっくり」することを許してからだろうか。「書く」ことに挑戦し、自分と向き合う時間を持ってからだろうか。
少しずつ「ありのままの自分を受け入れよう」と思える自分が顔を出してきた。
 
理想の母親像に近づきたくてもがいていたのかもしれないな。
「もっと、もっと」と自分にプレッシャーを与えすぎていたのもしれないな。
そしてマイナス思考の沼にはまり込み、心にも身体にも良くなかったんだろうな。
それでも。
この病気になったからこそ、周りが見えなくなる程自分を思い詰めてしまう体験ができたじゃないか。きっと人間として成長できたに違いないよ。何事もポジティブにとらえていこう。
そんな風に自分の気持ちを言語化していくと、ある時ふと感じた。
「自分は自分でしかない」
スーッともやが晴れ、人をうらやむ心が消えていった。
そしてそうなると、段々とブラックホールが愛おしく思えてくるようになった……。
 
そして、通院していても苦にならない皮膚科を見つけた。5つ目の皮膚科だった。信頼できる医師との出会いがあり、これが結構大きかった。
「またできちゃっても、病院いけばいいや。あの先生に診てもらおう」
 
今もひとつ、ブラックホールが存在しているけれど、私はゆっくりと回復を見守っている。
そして時々「ブラックホール予報」を脳内に放送し、自分を落ち着かせている。
 
しばらくは晴れの穏やかな日が続くでしょう。
しかし、季節の変わり目は油断禁物です。
晴れ間に突然、さらなるブラックホールの出現が予想されますので、リラックスを心がけると同時に日頃から心の備えをしていきましょう……。
 
これからも共存の日々は続くのだろう。
現実を、自分のそのままの姿を受け入れてあげながら、生きていこうと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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