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色とりどりの介護


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記事:クヌギヤマナオコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「甘いジュースが飲みたいな♪」
可愛くおねだりされると、私はつい、いそいそと持って行ってしまう。
母は、カルピスソーダが大好きだ。
コップに入れてやると両手で受け取り、「ありがとう」とにっこりする。
ひとくち飲むと「おいしい」と言って、またにっこりする。
 
同居している母は、介護が必要だ。
パーキンソン病で、要介護4をもらっている。
要介護4というのは、要支援1~要介護5の7段階のうち2番目に重いランクで「食事、歩行、排せつ、入浴といった日常生活全般において全面的な介助が必要である」というものだから、基本的には目が離せない。
父親も同居しているが、彼も大病をしていて介護をさせてはいけないというドクターストップがかかったため、今は、私が主な介護の担い手だ。
 
「介護は大変」
 
確かに、基本的にはそうかも知れない。
私が一番辛かったのは数年前。
母親は要介護5で、最も重いランクだった。
 
日常生活に全面的な介助が必要なのは今と同じなのだが、それに加えて暴言や精神的な錯乱、被害妄想などが強く出ていた。突然かみついてきたり、包丁を持って殺してほしいとか、殺すとか騒いだり、この家にいるくらいなら死んだ方がましだなどと言って何時間も泣いたりしていて、家の中はめちゃくちゃ物騒だった。
 
そんな状態なのに「行ってきます」と言って会社に行くことには違和感があって、なんか絶対違うような気がして、でも「家族の通院に付き添うから遅刻します」と言うことはできても、「家族が騒いでいるので遅刻します」というのが遅刻の理由になるのか分からず、ただ人形のように心を無にして通勤していた。
 
もし、今日家に帰って父親が「お母さんを殺しちゃったよ、ごめんね」と言ってきたとしてもしょうがないな、と思っていたし、逆に、母親が父親を殺してしまっていてもおかしくはない、と思っていた。
 
今思うと限界を超えていたような気がするのだが、その時は思考も停止していて、何がどうしんどいのかとか、どうすれば良いのかとか、何も考えられなかった。
 
「介護は大変」
 
そう、あれは確かに大変だった。
でも、と私は思う。
今の私にとって「介護」が大変なのか? というと、そうでもない。
 
今の生活も体力的にはしんどい。
私はフルタイムの会社員なので、深夜にトイレとか着替えとかのお世話をしていると2、3時間の睡眠で出勤することになってしまうこともある。
そして、「昨日寝不足だったから今日は寝たい!」と思っても、「明日は大きなシステム稼働があるから早朝出勤だ!」という日でも、今日果たして寝られるのかは、予測がつかない。日々の眠りは一か八かの賭けだ。
仕事と介護、それを同時にこなす生活はしんどい。それは間違いない。
 
でも、それは両立が大変だということであって「介護」が大変だという感覚ではないのだ。介護と仕事、どっちが大変かと聞かれれば、むしろ仕事だ。
 
なぜそうなったかと言えば、母親のイヤイヤ期ならぬ悪魔の狂暴期が終わり、天使ちゃん期になったことが大きい。
天使ちゃんになった母親は、認知障害もあり、やることや話すことが幼稚園児のように微笑ましい。今は、介護に向き合っているというよりも、可愛い母親と生活している、という感覚が強い。
 
例えば、紙パンツを自分で出してきて「はかせてくれる?」などと聞いてくると目尻が下がる。紙パンツなんてダサいとか言わずに自分からはかせて欲しがるとは、なんていい子なんでしょう! と思う。
 
寝かしつける時に、手にアルコールをシュッとかけたところ、半分眠りながらごにょごにょ言っているので聞いてみると「おやつの時にもいつもやるよ……」と言っている。デイサービスでのことを言っているのだろうが、孫でも見るような気持ちになり「そうかい、そうかい」と言ってやりたくなった。
 
父親の誕生日に「今日はお父さんの誕生日だよ」と教えると、ハッとした様子でデイサービス用のバッグからごそごそと何かを出して持ってきた。
見ると、その日にデイでやったひまわりの塗り絵で、それを父親に「これ……」と渡していた。かと思えば、それをサッと再び奪い、自分で冷蔵庫に貼り付けて「きれいだねぇ」と何回も自画自賛している。
上手に塗れたことが嬉しいんだなと思うと、こちらも微笑んでしまう。
 
こういう普通の大人はしないような意表を突く無邪気な言動に癒されるし、紙パンツをはいたお尻なども可愛くて、私はついつい動画に撮ってしまう。
 
この状況は大変というより、むしろ「幸せ」に近いんじゃないかと思う。
 
他にも幸せを感じる瞬間がある。
介護は基本的に相手と密着して行うことが多い。立たせるときも互いに抱き合うような形を取るし、歩くときには手を引く。座っているのを支えるときは後ろから抱きかかえるような体勢になる。
それが実は、介護している方の心に良い作用を与えているような気がするのだ。
 
人と人が触れ合うと脳内に幸せホルモンのオキシトシンが出ると言われているが、介護のために触れ合うのだとしても、それは出ているのではないかと私は思う。
母親に触れると安心するのだ。
普通、親子でも大人同士になれば、そこまで頻繁に触れ合うことはないだろう。でも、介護をしていると四六時中触れることができる。介護を名目にして、思う存分触れることができる。これは介護の幸せの中でも特に大きいものだと思う。
私は、母親に優しくするふりをして、自分のために母親の背中をなでてやったりしている。そうすると、小さい頃こんなふうに甘えていたなぁ、と懐かしく温かい気持ちが湧いてきて、私はとても癒される。
 
介護と育児はたぶん似ている。
育児でも大変な時期も当然あるが、楽しいこともたくさんある。一概に、育児は大変だとも大変じゃないとも言えないだろう。
それと同じで、介護も大変な時期もあればそうじゃない時期もちゃんとある。ずっと同じような日々が続く訳ではない。良い時も悪い時もある。
大変な時期は、本当に生活が崩壊するかと思うような大変さだが、幸せな時間には穏やかな安心感がある。
 
育児の先には子の成長があるが、介護の先に成長はなく、どんどん出来なくなっていくから悲しい、という見方もあるだろう。
でも、介護をしようがしまいが、いずれにしても親が年を取れば出来ないことは増える訳で、別に介護の先にだけそれがあるということではない。
そうであれば、一緒に幸せな時間を持てるという点で、介護はむしろ幸せなんじゃないかなとも思う。
 
母親は、私のことも時々分からなくなってしまって、自分の妹だったり従妹だったりと間違えているが、それも何だか可愛く感じて適当に話を合わせてお話している。端から見て可哀想に見える状況でも、意外と辛くなかったりもするのだ。
 
これから介護をする人に伝えたい。
介護は決してバラ色なだけではないが、暗黒でもない。
介護は色とりどりだ。
育児が、子どもを通してたくさんの新しい世界を見ることになるように、介護を通して私は新しい自分を知り、新しい感情を知った。
 
大変な時は、下手すると本当にやばい事態になりかねないので、きちんと周囲の助けを受けて欲しい。
でも、その上で、受け取れる幸せを目いっぱい受け取って、一緒に過ごせる時間を大事にしてほしいなと思うのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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