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リケジョが漢文を読むことになった理由


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記事:吉田淳子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「作文、書いてあげようか」
小学生の頃、作文の宿題に困っている私に、二歳年上の姉が言った。姉は、今も昔もすこぶる面倒みが良い。
私は国語の成績が悪かった。そもそも作文をひとに書いてもらうような者に国語ができたはずがない。その一方で、私は割り切れる算数が好きだった。
 
大学受験の頃でも変わらず、国語も、英語も、社会も、文系科目は一通り不得手だった。そんな私は、数学と化学だけで様々な関門を超え、薬学部に進んだ。
大学では、薬理学が好きだった。ミクロの世界で展開される説明が面白いと感じた。私はいわゆるリケジョだったのだと思う。
 
その後、私は製薬会社に就職したが、アカデミックな仕事に憧れて2年足らずで特許法律事務所に転職した。
特許法律事務所では、例えば、クライアントが製薬会社の場合、新しく開発した薬が、他社に無断で使用されないよう特許庁に申請する。申請後に特許庁から「この発明は独占権を与えるに値しません。特許にはなりませんよ」という「拒絶理由通知」というものがきた際に、「いやいや、この薬(発明)にはこんな優れた点があるんです」と、クライアントに代わって書面で述べることが、私の仕事だった。
特許事務所での仕事は充実していた。自分が担当したものの特許が認められたときには「勝った」という達成感があったし、何より、私程度の者でも、研究者レベルの最先端の知識を得ることができた。能力的には厳しかったが、自分には適性があると信じていた。
そこでの勤務が3年となり、波に乗ってこれからというとき私が27歳のときだった。
51歳の母がガンで余命半年と診断された。
母は、抗がん剤を拒絶した。他の治療法を探した。免疫療法は未だ確立されていないと言うがんセンターの主治医に、分厚い「胃癌」という教本の免疫療法の箇所を示し、どうしてできないのかと泣きながら訴えた。
なんとかしたいともがいたが、その時の自分には母を助ける知恵も能力もないことを痛感した。最先端の知識を得ていると自負していたにも関らず、書面上の仕事しかしていなかったのである。
途方に暮れた私は、前職の製薬会社の開発部・腫瘍グループの次長に相談をした。
「母を助けるためなら、これまで役に立たないと思っていた民間薬でも漢方薬でもなんでもいいんです」と。
するとその方は言った。
「漢方薬って馬鹿にしたものではないよ。ただ漢方薬局がどこでもいいというわけではないから、ちゃんとしたところに行ったほうがいいよ」
 
紹介された漢方薬局の店主はその道の大御所だった。私は少しでも理解しようとその先生の本を読んだが、理解できなかった。
 
その後、主治医の言う通り、母は半年で亡くなった。
 
大切な人に、なす術のない思いをすることは二度と嫌だった。
母は亡くなってしまったが、治療に尽力してくれた漢方薬局の先生方のような見立てがもっと早くできれば、役に立てたかもしれない、と思った。また、辛い思いをしている同じような境遇の人の力にすぐになれる能力が欲しい、と思った。
 
そして漢方の世界に入った。25年が経った。
 
漢方について初めの頃、用語の意味がよくわからず難儀した。子供の頃から、西洋医学を正しいと思ってきた私には、目に見えない「気」の存在や、「人の体が自然と密接に関連している」ということが医学の基本にある、ということが全く理解できなかった。
 
しかし、徐々に大昔の人々の感覚や観察力が優れていたことが理解できるようになってきた。
漢方で使う、「気」「血」「水」の概念にも慣れてきた。馴染んでしまうと、その言葉以外では説明しにくくなった。
 
「気」は、「気が合う」、「気が滅入る」、「陽気な人」、「気働き」などの表現に使われるように、目に見えないエネルギーを表す。「気」が不足すると元気がなくなるし、ストレスが多くなると「気」がつかえる。
 
「血」は、血液。滞ると子宮内膜症、子宮筋腫などを生じることもある。青あざができている状態も血の滞りである。頭に「血」が上るのは、腹の立つ「気」が頭に動くことで生じる。つまり血と気は連動するのである。
 
「水」は、様々な所で溜まったりする。胃に水がちゃぽちゃぽいう状態だったり、足がむくんだり、身体全体に水気が多かったり。逆に年を重ねて水気がぬけて乾燥することもある。水の動きにも「気」が関係することがある。
 
そういった状態を組み合わせて体の変化を把握し、漢方薬を選ぶ。
 
もし、風邪やウイルスに侵されたならば、西洋医学では解熱剤を服用したり、抗生物質や抗ウイルス剤で対応するが、漢方では、自分の体を温めることでウイルスや病原体をやっつけ、抗病力を高めようとする。その際用いる薬は、だれにでも同じなわけではない。極端にいえば、虚弱でぐったりしてしまうタイプの人と、しっかりした体で自力で退治しようとするタイプの人とでは異なる。
 
西洋医学と漢方でのアプローチの違いは、人の体を地球儀に例えると、緯線と経線のようなものである。同じ場所をさしていても、切り口が違うのである。
 
そして、西洋医学でも漢方でも、どちらで手を尽くし、知恵を絞っても、生き物には死が訪れる。
私の使命は、漢方で人が健康に生きていられるようにお手伝いをさせていただくことである。
そのためには、よくある表面的なhow to本を読むのではなく、1800年前に書かれた漢方の古典を漢文で読み、解釈し、覚え、深い部分を知らなければならない、と先人たちは口を揃えて言う。
何事にも「道」がある。剣道・柔道・茶道・華道……。漢方にも「漢方道」があるのだと思う。そのためには、困難と思われるかもしれない細い道を通るしかない。
 
漢方は割り切れないことが多い。割り切れることを好んでいた私が、割り切れない漢方を学び、患者様の訴えから、その方の不調の輪郭をイメージして漢方薬を見立てようとしている。
 
以前、漢方相談によくおいで下さる60代の女性のお客様に言われたことがある。
「先生は薬剤師なのに、理系っぽくなく、文系っぽく、そういうところが私はいいと思うんです」と。
 
生粋のリケジョと自負していた私が、いつの間にか文系的になったのか。漢文を読むようになったためであろうか。
そもそも理系的、文系的とはどういうことか。得意科目によるのか。
 
以前、理系の人間は、教科書を最初から理解しないと気が済まず、文系の人は、どこから読んでも大丈夫、と聞いたことがある。私は完全に、最初から理解できないとダメなタイプである。
 
最近思うのである。理系的とは、自然科学について真理を追求したい性質であり、文系的とは曖昧さを許容する能力なのではないかと。
また、人は、理系、文系の片方だけではなく、人生の中でバランスをとりながら生きていくのではないかと。
こう考えるようになったのは、漢方的なバランス感覚なのだろうか。
 
 
 
 
***
 
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2020-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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