メディアグランプリ

眠れない僕と安眠の女神


井上さん

 

記事:井上 博詞(ライティング・ゼミ)

 

夜眠れないって本当にツライ。
最近映画で見た戦場帰りの兵士のように夜になっても気が張った感覚が続いていて、もう一週間もまともに寝ていない。原因は、たぶん仕事なのかな。悩むことも多いし最近妙に忙しい。イライラすることが多くてストレスが溜まりっぱなし。映画じゃ故郷に帰った兵士が戦場の出来事が忘れられなくて少しずつ神経質になっていってたっけ。なんでだろう、首や肩も痛くてたまに変な動悸がする。

「最近疲れてるのか全然寝れてないんだよね」
「いつも何時くらいに寝てるの?」
「3時か4時くらいかな」
僕はあくびを殺しながら目をこすった。
「日中はそこそこ眠たいんだけど夜になると全然眠れないんだよね。ほんとにもう嫌になるよ」
目の前の彼女が心配そうにこっちを見てる。
「起きるのっていつも7時前だよね? 私、安眠グッズとか色々持ってるから明日家に届けるよ? 私、安眠の女神だから大丈夫!」
安眠の女神はよくわからなかったけど彼女が家に来ると言い出したのは初めてで実際に家に来るのも初めてだったんで、僕は眠れないことよりそっちが嬉しくて喜んで甘えることにしたんだ。

その日も不眠が続くことになるとも知らずに……。

次の日午後9時ごろ、予想以上にたくさんの荷物を持って彼女が来た。
牛乳、アロマキャンドル、大きな布に手提げ袋、スロージューサー、電気スタンド、入浴剤、アイマスク、ネックウォーマー、小松菜、バナナ、はちみつ、それに大きい猫の抱き枕。
ていうか電気スタンドとか何に使うの? アイマスクはわかるけど小松菜って何??抱き枕とか1mくらいあるんだけど!?

ヤバい。不安しかない。

「はい、まずは入浴剤! ラベンダーね。お風呂沸かしてゆっくり入ってきてねー。シャワーだけとかダメだよ! 寝る時間の2時間前までにお風呂入ったほうが眠れるんだってー」

そういって、僕はお風呂場に追いやられた。服を脱いでると「お風呂に入ってるうちに眠れるように部屋を改造しとくねー」と彼女。

マジで不安しかない。改造って何!? 電気スタンドほんと何に使うの?

部屋で電気スタンドに照らされた小松菜が飾られてるのを想像しながら、入浴剤を浴槽に放り投げて肩までゆっくり浸かる。ラベンダーの香りが心地いい。じっくり肩まで浸かる。あー、生き返るー。カチカチに固まった肩がじんわり柔らかくなる感じがして気持ちよかった。そういえば最近シャワーが多かったけど湯船に浸かるだけでぐっすり眠れそうな気がするから不思議だ。僕にしては珍しく少しだけ長風呂をしてから浴槽から外に出た。

お風呂から上がると、そこは異世界だった。
部屋中にラベンダーの香り、部屋の電気は消されてて照明はアロマキャンドルと電球色の電気スタンドだけ。テレビの前にはアジアンチックな柄の大きな布がかけられている。静かに鳥のさえずりと水の流れる音が聞こえてきた。

「ラベンダーの香りって気持ち落ち着かせる効果あるんだよー。少し癖があるから苦手な人もいるんだけどね」
他にもカモミールやオレンジスイートの香りも安眠に効果があると教えてくれた。入浴剤じゃなくてもアロマオイルを湯船に数滴たらすだけで香りが広がって効き目あるらしい。アロマセラピーとか全然興味なかったけど、実際にお風呂でラベンダーの香りを試して癒されてるとこれからも続けてみたくなるから不思議だ。

「部屋が暗いのはどうして?」
「寝る前に部屋が明るすぎると身体がまだお昼って勘違いしちゃって眠れないんだって。蛍光灯より電球色のほうが寝つきやすいって聞いたから電気スタンド持ってきたの。あ、今からテレビとかスマホは禁止だからね! 目から明るい光が入るのもよくないらしいの」
話しながらスマホを取り上げられた。なんかすごく徹底してるなぁ。確かに、ここのとこ遅くまでテレビ見たりスマホでゲームしたりしてたけど、もしかしてそれで余計に眠れなくなってたのかな?

「あ、小松菜とバナナとはちみつは明日ジュースにするからね。最近朝ごはん食べてないでしょ、野菜不足も眠れない原因らしいよー。あとこれ、アイマスクとネックウォーマー。首冷やすとダメだからちゃんと巻いててねー」

アイマスクとネックウォーマーが飛んできた。何かドンドン出てくる。お前は四次元ポケットか。

「ねぇ、かなり詳しいけど睡眠のこととか勉強したりしたの?」
「昔、私も眠れないことあって。たまたま通ってた整骨院の先生が詳しくてね、色々教えてもらったんだ。私も役に立つでしょ♪ あ、ホットミルク作ってなかった、これで最後! ちょっと待っててねー」
そういって彼女は牛乳と鍋を持ってコンロのほうへ。そんな彼女からふと目を離すとベッドの上にも荷物があることに気がついた。

大きな猫の抱き枕と手提げの袋。

「ね、ベッドの上の荷物は何に使うの?」、
彼女は牛乳を温めながら答えた。

「それ? 私が寝るときの抱き枕とパジャマとか歯ブラシとかだよー」

え!?

私が寝るときの抱き枕?

パジャマと歯ブラシ?
それってもしかして、え!?
思わぬ不意打ちで僕が挙動不審に混乱してると、彼女がホットミルクの入ったマグカップを2つ持ってきてトドメにひとこと。照れたような、ちょっとだけもうしわけなさそうな笑顔で。

「あ、私泊まっていくから。今日も眠れなかったら、まぁ。ごめんね♪」

 

***
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2015-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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