メディアグランプリ

文章力を上げたい私が、午前3時に摸造刀で素振りをする理由


鈴木さん 模擬刀

記事:鈴木彩子(ライティング・ゼミ)

 

行き詰ってるつもりはなかったんです。筆が遅いという自覚はありましたが、「これが産みの苦しみってやつかな?」くらいに思っていました。「書いていくうちに慣れて、スピードもクオリティも上がってっていくだろう」と。そんな風に楽観的に過ごしていたら、いつの間にか2度目の閏年を迎えていました。

昔から物語を創るのが好きで、前回の閏年から半年に1回のペースでネタを探しては書いているのですが、毎回が行き当たりばったりの出たとこ勝負なのです。

良いネタどっかに転がってないかな~?

おっ? ラッキー! なんか良さそうな設定を思いついた!

書きだしはどうしようかな? 結末は? そこに至るまでの道のりはどうしよう?

う~ん……まぁ、いいか。書いてるうちに何か出てくるだろう。

毎回このありさまです。海図を持たずに手漕ぎボートで海にこぎ出して、宝物が眠る島をやみくもに探し回るようなものです。実際、3分に1度はつまずきます。2行書いてはお茶をすすり、3行書いてはインターネットに逃げて、気分が乗るのを待って、待って、待って。結局気分が乗らずに寝ちゃうこともあります。まさに運任せ! なんたる非効率! こんな状態ですから、言葉の操り方や文章の組み立て方も、きちんと勉強したことはありませんでした。

でも、よくよく考えると、言葉ってそんなぼんやりしたところから何となく浮かび上がってくるようなものではなくて、たぶん、生まれて最初に手にする「道具」だと思うんです。物心つく前から両親が持たせてくれて、使い方を辛抱強く教えてくれた道具。ちょっと離れたところにいる相手に気持ちを渡したり、相手から受け取ったり。自分の背丈よりもちょっと高いところにある情報を収穫するのにも役立つし、振りまわして身を守る事もあれば、誰かを攻撃することもあり得る。そう考えると、言葉というのは棒状の道具だと言えそうです。日常生活では「棒」のままでも充分便利に機能するでしょう。

しかし物語を作りだそうとすると、そうはいきません。鍛えて、磨いて、研いで、「刃物」にする必要が出てくるのだと思うのです。
そういう観点で「言葉」を見たときに面白いなぁと思うのが、日本語のラップバトルです。ラッパーさんが1対1で、初めて聞く曲に乗せて、その場で瞬時に考えた罵詈雑言を、韻を踏んだり隠喩を用いたりしながら相手に向かって繰り出していきます。日常のケンカでの悪口合戦なら、言葉は「棒」のままでも事足りそうです。でも、観客が思わず「おぉっ!」と唸り、「すげーっ!」と感動するような言葉の応酬をするには、ふさわしい言い回しで鮮やかに斬りかからなければなりません。ラップバトルに出場している人たちは、「棒」を「刀」という刃物に進化させて使っていると言えるのではないでしょうか。蛇足ですが、個人的にはこのラッパーさん達の「ホメ殺し合戦」も見てみたいと思っています。お互いをむちゃくちゃホメまくって、「もうよせよ……(ポッ)」と照れて二の句が継げなくなっちゃったら負け。この場合は「刀」よりも、やわらかいパンを上手に切れる「パン切り包丁」が必要になってくるのかもしれません。ちなみに、「韻を踏む」と「おやじギャグ(ダジャレ)」の境界線も、この刃物の切れ味の差に関係してくるのではないかと踏んでいるのですが、いかがでしょうか?
私の大好きな舞台作家さんは、緻密に計算し丁寧に作り込んだピースを組み合わせるように作品を作ります。言葉遊び、笑い、謎、ホロっとくるストーリー。ひとつでも充分に複雑で美しい形のピースを作りだしているのは、「鑿(のみ)」「鉋(かんな)」「小刀」といったところでしょうか。でも、細やかな手仕事だと思い込んで見ていると、突然「薙刀」でズバンとなぎ払うような大胆な仕掛けも飛び込んできたりします。使える刃物の多さは、観客を楽しませるための手数の多さにそのまま結びついていくようです。

では、私の言葉はどうでしょうか? まがりなりにも半年に一度のペースで物語を作ってきた私の言葉は、どんな刃物へと進化しているのでしょう?
……残念ながら、「棒」のままでした。もちろん、自分なりに言葉を鍛え、磨いてきたつもりです。でも、丸い棒がいびつな角材になった程度のことでした。筆が遅いのだって当然です。本来は刃物でスパンスパンと削り出していくべき物語を、角材の角っこでガリガリと地道に掘り進もうとしていたのですから。
4年かかってもまだ「角材」にしかなれていない言葉を、どんな刃物に進化させたらもっとキレのいい物語を生み出せるんだろう? どれだけの刃物をそろえたら、もっと面白い物語をもっと速く書けるようになるんだろう? そもそも、どうやったら「角材」を「刃物」にまで昇華させられるんだ?分からない。分からない。分からない……

このままじゃ、ダメだ。

いま、午前3時です。途中までこの文章を書いて、一回寝落ちして、「やべっ!」と飛び起きて、また書いています。天狼院書店のライティング・ゼミに通うようになってから、週に1度はこういう時間を過ごすようになりました。眠たいし、毎週違うネタを考えるのも、正直大変です。でも最近、行き詰ってお茶やインターネットに逃げる回数が減りました。……と言っても、行くべき道が分からな過ぎて3分に1回逃げていたのが、目指すべき場所には向かっているけどオールを漕ぐ手が疲れちゃって5分に1回休んでいる、という感じですが。
むかし半年ほど通っていた殺陣の道場で摸造刀を振らせてもらったことを思い出します。大体1kg前後なので普通に持てる重さなんですが、これを構えて振りおろした途端に、もう、重たいのなんの! 刀の重さに自分ごと引きずられる感じがしたんです。
言葉も、きっと同じです。「棒」を「刃物」に鍛えて磨き上げたところで、それを扱えるだけの足腰や体力も同時に鍛えておかないと、何の意味もないのです。午前3時までかかって文章を書いている今の私は、道場で借りた摸造刀を見よう見まねで構えながら「あー、重たい。手ぇ痛い」と思いつつ、それでも素振りを続けているような状態なのだと思います。

行き詰っているつもりはありませんでした。筆が遅いという自覚はありましたが、「これが産みの苦しみってやつかな?」くらいに思っていました。でも違ったんです。「角材」をやみくもに振りまわして鍛練している気になっていただけなんです。本当は道場で「刃物」の扱い方を教わり、基礎を身につけ、腕を磨く期間がないと、いつまで経っても奥義にたどりつくことなんてできないのです。
そして天狼院書店のライティング・ゼミは、そんな私にとっての、そして私と同じような悩みを抱えている人にとっての、「剣術道場」になるのではないかと思うのです。

 

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2016-02-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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