メディアグランプリ

私のコーチは胃腸炎


 

記事:菊野由美子さま(ライティングゼミ)

 

「あのぉ、私……体調が良くないかも。頭痛と悪寒がする」

それを聞いた隣の同僚は、「うそ~! それはやばいでしょ!」と声を張り上げた。そして、オフィス中の社員が一斉に私の方を向いて、大笑いし始めた。「体調が悪いのに、なんでこんなに爆笑されるのだろう。まったく私の同僚達は!」と思ったが、実は私自身も、「私、やっぱり笑いの神がついている」と思ってしまったのだ。

 

昨日は、当センターで1番仕事が出来き、自分自身が電話中であっても、同時に周りの状況も聞き取り、的確な指示が出せる、「ショウトクタイコ」という異名を持つAさんがインフルエンザで倒れた。そして今日は、やはり当センター1番の若手ホープ、足を骨折しても、それを周りに知らせることなく現場に向かい、仕事をやり切ったことがあるBさんが、同じく今「旬」のインフルエンザにかかり、休んでいた。

このナンバーワン、ツウ的な二人が、約1週間休んでしまうという状況に、センター内はどよめいていた。仕事の合間に上る話題と言えば、「次はだれがインフルにかかる?」「これ以上休む人増えたら厳しいよね」という会話。そんな中、そのお昼過ぎから、頭痛と悪寒がし始めた私だった。

 

「やばい……」

 

このまま何事もない様子で帰り、今晩熱が上がったことにするべきか、それとも、今の体調を正直に伝えた方が、仕事の戦力がまた一人少なくなるかもしれないという心の準備がしやすいのではないか……などと目の奥がズキズキしている隙間で考えていた。そして退勤時間間際に、「やはり伝えておいた方がいいかも」という気持ちと共に、「みんなの反応が見てみたい」というちょっといたずらめいた気持ちが勝り、隣の同僚に言ってみた。

 

「あのね、私、体調が悪いみたい」

 

それを聞いた同僚の、パソコンに向かう手が止まった。そして私を見て、「え~!」と悲鳴を上げた。この「え~!」というたった一言なのに、「話題を共有している」という状況はすばらしいもので、オフィス中全員の、「インフルエンザ新患者発見!」というコンセンサスを得たのだ。そして、なぜか笑いも起き始めたのだ。なぜなら、AさんとBさんは机が向かい合わせ。私は若手ホープの右隣。「こんなに分かりやすく感染してもいいのか!」というくらいにシンプルすぎる経路で移っているので、単純すぎて、みんなにウケていた。しかしである。そのとき誰もが、「仕事は大丈夫! とにかく、病院に行って休んで!」と言っていた。「優しい同僚に恵まれた私は幸せ者だ」という気持ちよりも、悲しい気持ちが沸き起こってきた。なぜなら、AさんBさんの時は、「彼女達がいないと仕事が大変!」と言っていたのに、私の時は、「ゆっくり休んでね」だったからだ……。

 

翌日病院へ行くと、先生は、「胃腸炎ですね」とサクッと言い放った。それを聞いて、わが耳を疑った。そして、「先生! うそですよね! インフルエンザですよね! 会社のみんなが、私はインフルだと思っているんですから、インフルと言ってくださいよ~。うそでもいいですから!」と大きな心の声で吠えていた。

 

「どうして病気まで、あのナンバーワン、ツウと同じく今をときめくインフルエンザになれないの?」

そして携帯に目を落として、会社へ報告の電話をかけた。電話口から、「え~! インフルエンザじゃなかったの~!」という言葉と共に、みんなの笑い声が聞こえてきた。

 

二日休んで出勤すると、愛すべき同僚たちは、「まさかの胃腸炎って、やっぱり何か持ってるよね~」と私をいじるのだ。そのいじりに対応している間もなく、二日分の溜まった自分の仕事に加え、ナンバーワン、ツウの仕事が私に振り分けられていた現実に気が付いた。「彼女達に任されている仕事は、私にできるのだろうか? しかも、今日中に仕上げることなんて無理でしょう」と思っていたが、人手が足りないので、私でもやるしか仕方なかったのである。すると、思いもかけず、その日一日で、任された仕事をやり遂げることができたのである。「火事場の馬鹿力」とは、こういうことなのだろうか?

 

その日から私は、AさんとBさんのことを、ナンバーワンだとか、若手ホープというように呼ばなくなった。なぜなら、この胃腸炎のおかげで、私にはできないと思っていた彼女達の仕事ができる私になれたからだ。

 

 

***
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2016-03-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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