Happyな伯母さんの話
記事:Mizuho Yamamotoさま(ライティング・ゼミ)
私には、週に1回必ず行く場所がある。
そこに行くと、何だかほんわか明るい気分に
なる。
「来たよ~」
「あらっ、今からどこに行くの?」
「え~、会いに来たのよ、ミツコさんに」
「うれしいね~、それはそれは」
特別養護老人ホーム(略して特養)に伯母は
暮らしている。一人暮らしで、夜中にトイレ
に行こうとして転んで大腿骨骨折。従姉の息
子が家に行くと、まるでゴキブリがひっくり
返ったような格好で床に倒れていたという。
孫におぶわれて、タクシーに乗り病院へ行っ
たのがもう2年半近く前。手術して、リハビ
リ病院に転院して、次の病院へまた転院して。
三か月しか同じ病院にはいられないという、
お年寄りに厳しい今の制度で、転院するごと
にがらりと変わる環境に、認知症が一気に進
んだ。
三か月ごとに次の行き先を探さねばならない
従姉は、大いに悩みストレスを抱えたが、こ
の国のシステムなのでどうしようもなく、そ
の間熱を出して2度の検査入院で、ちょっと
時間を稼いだ伯母は、何とか終の棲家に落ち
着くことができた。4か所を点々とするうち
に、自分の家があったことは忘れてしまって
今いる特養が家だと思っているのがHappy。
食事時に行くと、必ず、
「あんたも食べなさい」
自分のおかずやご飯をお吸い物のふたに取り
分けてくれる。そして、職員さんに、
「ちょっと、お箸をもう一膳くださいな」
もう食べて来たからいらないというとひどく
叱られる。
「遠慮しないで、食べなさ~い!」
普段はテレビの前のソファーを独り占めして
テレビに見入っている。
サスペンスドラマを見ているときは、
「世の中には、悪い人がいるもんだ」
犯人を見てつぶやく。
たまに隣に座っているトメさんは、足がしっ
かりしていて、
「そろそろ私帰るけん」
立ち上がって、歩き出そうとする。
「もうすぐご飯ですから、食べてから帰りま
せんか」
私が誘うと、
「そうねぇ、せっかくやけん呼ばれて行こう
かね」
またソファーに戻るのだった。トメさんと伯
母の会話は異次元を彷徨う。
「私ね、今、孫を寝かしつけとったけん、早
く帰らんと」
「あらぁ、赤ちゃんどこに寝とると?」
「それがさ、寝かした場所ば忘れた。2階や
ったかな?」
「そりゃあ大変、赤ちゃん泣きよるよ」
「そうさね、こりゃ困った。ぼけたばい」
そして二人で顔を見合わせてふふふと笑う。
架空の赤ちゃんには悪いが、何だかHappy
色白の伯母は、しわがなく頬がつるんとして
美人だ。
「もう、みんながきれいな人っていうから困
るな~、他の不細工な人に悪いなぁ」
周りは、農作業をしていたおばあちゃんが多
いので、日傘をささないと外に出なかった伯
母の美貌は異彩を放っている。
時々私の顔をじ~っと見て、
「お顔のお手入れしてないな。マッサージは
大事!」
と注意してくれる。確かに二十歳から66年間
欠かさずお顔のマッサージをしていた効果はお
おいに認めたい。
たまに伯母は、
「お~、今日はきれいだな!彼氏できたのかな
?」
と私を見てニッコリする。
「え~、旦那さんが一人いるんだけど!」
「えっ、いくつになった?」
「当てて見て!」
「う~ん、26歳!」
言われた私はHappy
実年齢を明かすと、実に驚いてくれる。
「で、いくつになった?」
「当てて見て!」
時に同じ会話を2、3度は繰り返す。
伯母の周りをゆったりと流れる時間は、時折
15歳の満州での女学校時代に巻き戻される。
ロシア人のボーイフレンドの話になると、急
に、ロシア語を話しだすのには驚く。
亡夫と娘、姪の私の名前、自分の兄弟や両親
の名前は、しっかり覚えているが、2人の孫
の名前はというより孫がいることすら覚えて
いない。
いつも楽しそうにけらけら笑っている伯母は
ときどきひどく怒りだすことがある。
いつものソファーで、トメさんとカラオケを
歌っているときだった。
「次はあんたが歌いなさいね!」
♪~♪~ 前奏が始まる。「伊那の貫太郎」と
タイトルが出る。
「この歌知らないんだけど…… 」
「いいから歌いなさ~い」
「ええっ、歌えない」
「誰でも知ってる歌でしょう!」
怒られてしまった。しかしすぐに機嫌を直し
て、自分で歌ってくれてHappy
一人暮らしの時は、寂しそうな伯母だった。
しかし、今はいつでも周りに人がいるので安
心できて、嬉しそうだ。
通りすがりに職員さんたちが、伯母にウイン
クしたり、手を振ったり、まめに声かけをし
てくれる。
「ここはね、みんな親切でいいところよ」
いつも苦虫を噛み潰したような顔の人、苦情
ばかり言っている人、帰りたがっている人が
いる中で、伯母はにこにこ楽しそうだ。
この違いはどこから来るのだろうか?
たまにちょっとの滞在で帰ろうとすると、帰
ったらダメ攻撃を食らうことがある。
「今帰ったら噛みついてやる!」
握った手を離さなかったり、ほんとに噛みつ
く真似をしたり。
何とも可愛らしい伯母は、今年13回忌を迎
えた母の姉さんである。
私の母も生きていたらこんな感じだったのか
な? と思いながら伯母の隣に腰掛けて世間
話をする。
従姉は、記憶がだんだん怪しくなる母親を見
るのは、何だかつらいとこぼす。69歳でガ
ンで亡くなった私の母がうらやましいと思う
こともあると。わかる気はする。
でも…… 。
けらけら笑う伯母を見ていると何だかHappy
「私ね、苦労したことが一度もないのよね」
そんなはずはないのだけれど、苦労はすべて
忘れてしまって、今を楽しんでいる伯母。
人生こうでなくっちゃね!
(おわり)
***
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