メディアグランプリ

傘の下。人一人覆うだけの小さな空間。


記事:糸数恵那(ライティング・ゼミ)

傘の下。人一人覆うだけの小さな空間。
そこは、自分だけの空間で、自分だけの頭の中だとも思うのです。

五月も終わり、二〇一六年も折り返し地点に差し掛かりました。
雨。六月の、梅雨の、雨。
この時期になると目に付く「雨の日も楽しもう」といったキャッチコピー。
雨の日を心から楽しめたら、それは、とてもハッピーだ!
だけど、どんなに可愛いレインブーツを履いても、新しい傘を買っても、雨空の下で「なんだかなあ」と思ってしまう時も、あるじゃないですか。
ここらでひとつ、挑戦をしたいと思いました。
雨を利用して「自分の為」にしてみたいな、と。来る震災に備えてダムを作って貯水をしておいてやるぜ、といったようなことではありません……。もっともっと、小さく、だけど、自分で決めないとできないこと。

傘の下から、一歩、出てみる!

そんなことを雨が降る度にしていたら、風邪をひくかもしれないし、持っている物は濡れてしまいます……私もそう思います……。
ここでは本当に傘をささずに雨に濡れることが目的なのではなくて、傘の下から出る、つまり自分だけの空間から外へ踏み出すこと、といった意味です。
傘は、雨から私たちを守ってくれます。自分だけの空間、それは、家であり、部屋であり、ネットのなかであり、本の中であり、はたまた自分の心の中であるかもしれません。それらは、自分だけは守ってくれる大切な空間、居場所だと思います。

そこから一歩外に出てみて、痛いくらいに、自分以外の世界と向き合ってみること。自分の考えを大声で叫び、反響をありのまま受け取ってみること。自分の思いは自分の思いのままに、誰かにぶつけてみること。

このようにまじめに書いた自分の文章を公開するということは、私にとっては自分の世界から踏み出した一歩です。前回書いたこちらの記事、「わたしが、コスプレをやめる時。」‪‬は、今まで自分の趣味の話を全くしていなかった友人たちにも読んでいただきました。そうして寄せられた感想や声からは、もちろん、中には優しい声だけではなかったですが、それも含めて、自分の世界の中だけでは気づけなかった、自分の趣味の客観的な価値を知ることが出来ました。自分が思っていたよりも、外の世界は優しくもあったのです。そうして味をしめた私は、雨というものを利用して、また新しい波に乗るきっかけをつくりたい、という所存です。

天候は自分だけの力じゃどうしようもないから、雨を止ませることも出来ずに、雨が降っているという状況を受け入れることしかできません。
自分以外の誰かの世界は、自分の力で全てを創りかえることも出来ないから、誰かが創った世界と向き合っていくことしかできません。

少し、勇気がいります。
少し、でもないかもしれない。

そんな時に、静かに、だけど何度も、ひとりで勇気を蓄えたい時は、好きな漫画に頼ってみます。私のおすすめは、眉月じゅんさんの、『恋は雨上がりのように』です。これからの季節にはぴったりだと思います。
熱心に打ち込める部活という場所から遠ざかり、そうしてとあるファミレスの店長に恋をした女子高生のお話です。口数の少ない主人公の女子高生、あきらは何を感じ、何を考え、行動しているのだろう、と、作中の繊細な絵は自然と心に投げかけてくるように感じます。小説を読む時には行間を読む、とよく言いますが、この漫画作品の中では、台詞のない絵の空間を読む、といった楽しみがあります。

タイトルにある「恋」と「雨」を、特に印象的づける場面。

主人公のあきらが、大事な思いを伝える時。
彼女は、雨の中、傘をささずに雨に濡れるがまま、思いを口にします。

思いを伝えたあと。
雨が上がったあと。

彼女の水たまりのような小さな世界は、新しい景色を映し、小さな雫を吸収しながら、広がっていきます。
その広がりは、やがてどこか他の水たまりをも、巻き込んでいくのかもしれません。

自分以外の誰かの世界は、自分の力で全てを創りかえることも出来ないから、誰かが創った世界と向き合っていくことしかできません、と少し前に書きました。だけど、自分の世界を変えていく様子が、他の誰かに勇気を与えたとしたら。そうして、その誰かも自分の世界を変えようと動き始めたとしたら。
巡り巡って、自分で踏み出した一歩の勇気が、帰ってきてくれるかもしれません。

傘を開いた時に、雨空のように広がる未知の世界へと挑む勇気が、少しでもでるようになったらいいな、というのが、わたしのささやかな今年の梅雨の目標でした。あきらちゃんのように、いっそ傘もささずに雨に濡れてみることも、ちょっとした非日常が楽しめて良いかもしれません。心も体も洗われそうですね……。そして、六月に発売される『恋は雨上がりのように』第五集。この作品が、また私を励ましてくれるであろうことは、確信しております。

参考:眉月じゅん『恋は雨上がりのように』

 

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2016-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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