メディアグランプリ

焼肉食べ放題に惹かれなくなったのはいつからだろう


記事:コメダ コーヘー(ライティング・ゼミ)

猛烈な腹痛と吐き気に襲われ、体中から嫌な汗がにじみ出ている。かれこれ1時間はトイレにこもっているだろうか。
消化中の肉たちがせり上がってくるのをなだめ、穏便に胃から腸のほうへ下りてくれるようひたすら祈る。
好きなだけ食べてもいいと言われてがっついた2時間前の自分を恨むが、いいお肉と「おごり」の3文字には抗いがたい魅力があるので仕方がない。

気持ち悪くなるほど食べておきながら言うのも説得力が無いが、25歳を過ぎた頃から「焼肉」「食べ放題」という言葉にさほど惹かれなくなった。
もちろん少しはテンションが上がるし、たまに猛烈に食べたくなるが、学生の頃のように、夜の焼肉食べ放題のために昼食を抜いて備えるようなことはなくなった。
お肉だけではない。25歳を過ぎたころから、自分のまわりのものに対して抱く感情が変わってくるのを、ここ最近ひしひしと感じている。
今までの自分では絶対着なかったような服を着るようになったり、ずっとお気に入りだった本があまり好きでなくなったり。
25歳はお肌の曲がり角と言われることがあるが、変わっていくのはお肌だけではないようだ。

人の好みもそうだ。

小学生だった頃から、どうしても好きになれない同級生がいた。
大した努力などしていないように見えるのに、いつだって、僕が好きなものを僕よりほんの少し上手くやってのける。
スポーツも、ゲームも、音楽も。
絶対に手が届かないと思えるくらいの歴然とした差があるならあきらめもつくのに、あきらめがつかないくらいの絶妙な差をつけて僕を上回ってくる。
そして、僕が負けた時は、決まって得意気な顔でこちらを見てくる。
その顔を見ると、どうにも腹が立ってしょうがなかった。

中学を卒業して別の高校に進学した後も、僕は彼から逃れることはできなかった。
さすがにしょっちゅう顔を合わせるということはなくなったが、同じ部活に入っていたので、大会の時には会ってしまう。
そして、また僕を少しの差で負かして帰っていく。
僕は、いつもの得意そうな顔を見る。その繰り返しだった。

大学へ進学した後は、彼と関わることはめっきり少なくなくなったが、年に1度くらいは中学時代の同級生たちを交えて会っていた。
会うのは決まって地元の安い焼肉屋だった。
とにかくお金がなかったので、90分2000円の食べ放題に命を懸けていた。
彼は高校を卒業した後、地元に残って働いているらしい。中々実入りはよいらしく、やたらゴツいアクセサリーをよくつけていた。
共通の話題といえば中学・高校時代の話なので、会うたびに当時のことを蒸し返され、古傷がチクチクと痛む。
こうして、彼の顔は、劣等感の象徴として学生の間じゅう僕にまとわりついていた。

大学を卒業し、東京で働き始めて2年が過ぎたころ。
彼が死んだ。
まだ24歳だった。
時間になっても出勤してこない彼を不思議に思った上司がアパートを見に行ったところ、彼が部屋で倒れているのを見つけたらしい。
前兆は何もなく、親も、同僚も、本人さえ予想しなかったであろう最期だった。

その年のお盆、同級生たちと一緒に彼のために建てられた真新しい墓を参り、飯を食った。
25歳になった僕たちは、焼肉食べ放題ではなく、美味い刺身と日本酒を出す駅前の居酒屋に入った。
日本酒をちびちび飲みながら彼の話をする。

浮かんでくるのは、学生の時に見ていたのと同じ表情。
どうしても好きになれなかったあの表情。
そのはずなのに、その顔を思い出すと、なぜだかふっと口元が緩んでしまう。
あの時憎らしいとさえ思っていた僕を見る得意気な顔は人懐っこさであふれていて、そう感じた瞬間、僕の中の彼が、新しい姿に書き換わっていくのがありありと分かった。

あの時と同じものに触れているはずなのに、どうしてこんなにも感じるものが違うのだろう。
彼が変わったのだろうか。
そんなはずはない。
彼はもう変わらない。変われない。

変わったとしたら、僕が変わったのだ。

同じものを見ても、それがいつも同じように見えているわけではない。
同じもののように見えても、そこから浮かび上がってくるもの、そこから受け取ることができるものは次々と姿を変えていく。
好きだったものがだんだんとそうでなくなっていくように、好きでなかったものも、もう一度目を合わせてみれば、違った風に見えてくるかもしれない。

頭では分かっていたし、そういうことが書いてある本も何冊も読んでいた。
でも、彼がなくなって、それがどういうことか初めて分かった。
こんな当たり前のことだって、好きだったものを吐きそうになるくらい 食べてみたり、好きでないと思っていた人を1人亡くしてみたりしないと、実感することができない。
人間というのはなんて不器用なんだと思いながら、刺身を一切れつまむ。
うまく飲み込めなくてずっと嫌いだったイカの刺身がとても美味い。

きっと、彼の墓には毎年参ることになる。
彼の墓に供えるものは、これからも毎年変わらないだろう。
彼が一番好きだったビールを手土産に、僕は何が新しく好きになったと報告するのだろうか。

今年のお盆が楽しみだ。

 

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2016-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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