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苦手な美容室で理想の髪型をオーダーするコツは、爆笑することだった



記事:おはな(ライティング・ゼミ)

わたしは、鏡に映る自分を見て驚いた。
「これです! ずっとこんな髪型にしたかったんです!」

鏡越しに彼はニヤッと笑った。
「今までのイメージだったら、絶対逆に巻いてました」
わたしは今まで、美容室が嫌いだった。
店内は床も壁も白くて、やけに明るい。
店員さんはやたら笑顔でご機嫌に話しかけてくる。

心の中では「ダサいの来たなー」と思ってるくせに、と心の中で悪態を吐く。

わたしはいつもそうやって、他人を嫌なやつに仕立て上げ、自分を正当化しようとする。
そんな黒い本性を見透かされる気がして、鏡の中の自分と目を合わせようとしなかった。

慣れている美容師さんがいる時はまだマシだった。
大きな鏡から目を反らし、雑誌とその人とを往復していればいい。
でも、その人が辞めてしまったり、自分が引っ越した時には最悪。
また一から探し直さなくちゃいけない。
それは、「この世のどこかにわたしの王子様はきっといるわ!」と信じて運命の人を探すのと一緒。そんな人、そもそも存在しているのかどうか、誰にもわからない。
出会った人は「簡単に見つかるよ!」と言うし、見つけられない人は「あー、いないよ。妥協妥協」と言う。最初からいないと決めつけた方が、まだ気は楽だ。

とは言え、黙っていても髪は伸びて来るし、隠したはずの白髪も飛び出してくる。
運命の美容師様がいようがいまいが、美容室に行かない、という選択肢は、わたしには無いのだ。
地元を離れて東京に出てきてからは、しばらく美容室難民の状態が続いた。
ネット上の魅惑的な誘い文句に惹かれ、予約を取り、「今日は出会える!」とウキウキしながら出かけるのに、毎回美容室を出る時には、ガッカリしながら「うそつき」と心の中でつぶやきながら店を後にする。
「お似合いですよ〜」とニヤニヤ笑うその顔に、思いっきりパイ投げできたら、どんなに良いか。
だけど、小心者のわたしは「ありがとうございました」と言うことしかできない。

もう、こんなギャンブルみたいなこと、やめたい。

第一印象の8割は髪型で決まると言われるように、おかしな髪型は女性にとって死活問題だ。
10代であれば、前髪が決まらないだけで学校を休みたくなる。
いや、大人になったって、髪型が変なだけで、あれほど楽しみだったデートにも一瞬で行きたくなくなるのだ。
それを、どこの馬の骨かもわからないような人に触られ放題、切り刻まれ放題で、結果無残な姿にさせられるなんて、屈辱以外の何者でもない。
一か八か賭けるにしても、失敗した時に失うものが、大きすぎる。

正直、それなりの額を出せば、大体満足のいく結果になることはわかっている。
だけど、お財布と相談しようとして、「あのね……」と言いかけた瞬間に、「無理だよ!」とピシャリと突き返されてしまう。
三十路を過ぎた乙女心は、お財布にはなかなか理解してもらえない。

はぁ。理想の美容師が見つからない問題は、なかなか深刻だ。
やっぱり身を削ってでも、反対を押し切って、いいとこ行くしかないのかな。

そう、諦めかけた時だった。
東京に出てきて、6軒目。約2年かかって、ついにわたしも出会うことができたのだ。
ずっと探し求めていた、理想の美容師様に!!

彼は、わたしより2つ下の、恐らくベテランの域に入っているスタイリストだ。
見た目は、これは最近の美容師さんはみんなそうなのかもしれないが、エグザイルにいそうな雰囲気の人だ。金髪パーマでヒゲがあり、春にはデニムを羽織り、秋には迷彩を取り入れそうな、イメージ。あくまでも、イメージ。

話してみると、変に媚びたりおだてたりもしない。
程よい距離感とテンションを保ったまま、真摯に仕事に取り組む。
そして、美意識があまりにも低いわたしのことを、決して見下したりもしない。

わたしはある時気がついた。
彼は「ありがとうございます」を頻繁に口にしている。
例えば、
「前髪切ってみてどうでした?」
「あ、似合ってるねって言われました!」
「ありがとうございます!」

「こないだお伝えしたセットの仕方、やってみました?」
「はい。わたしでも簡単にできました!」
「ありがとうございます!」

本当なら、わたしがお礼を言うはずなのに、彼はわたしの髪の毛のことについて、毎回ありがとうと言う。
あれ、逆だよな?
最初はなんとなく気になりながらも流していたが、ある時、気がついた。
そうか。この人は、自分の仕事に責任を持っているんだ。
だから、これはわたしの髪の毛だけど、彼の作品でもあるんだ。
それを生かすかどうかはわたしにかかっているし、わたしの髪型が褒められれば、それは彼の仕事が褒められることになるんだ。

美容師さんに髪を切ってもらって、そんな風に思ったのは、初めてだった。

それに、彼の会話は、そのテンポも温度もちょうどいい。
思ったことを直球ストレートに返してくる。
「この辺だと晴れた日の公園はいいですよね、気持ちよくて」と言われたので、
「いや、雨の日もめちゃくちゃいいですよ。誰もいなくて。貸切です!」とワクワクしながらおすすめをした。
すると、「え、大丈夫ですか。それ、ヤバイですよ」と、冷静な表情と落ち着いたトーンで返してくる。そして3秒後に笑い出す。

今までの美容師さんは、「あ、なんかこの人、変だな」と感じると、テンションでごまかそうとしていた。
「えー、そうなんですかー! こんど行ってみます!!!」と心にも無いことを言ってみたり、「うわー、それ病んでるじゃないですかー!!!」と店内に響き渡る声で、ここにおかしな客がいるぞとアピールする。あー、しくじったーと思い、鏡を見れなくなってしまう。

でも彼は、違う。スマッシュを決めて試合を終わらせようとせず、ひたすら同じテンポでラリーを続ける。そしてふといきなりピンポン球を手で掴み、3秒間見つめて、笑い出す。目が細くなってなくなるくらい、楽しそうに笑っている。
あの3秒間の無言が、くせになる。笑ってくれ! 笑ってくれ! と思いながら、面白いことを言いたくなる。
そうしているうちに、ついつい心を開きすぎ、余計なことを喋りすぎてしまった。

そして、彼に気づかれてしまった。
「え、もしかして、言い方悪いですけど、一人でも生きていけるタイプの人ですか?」

ガーン。ばれてしまった。
やっぱりわたしはそうなのだ。
必死でシッポが出ないように隠しているのに、気を緩めた途端、すぐに出てきてしまう。
「男性に、俺必要ないじゃんって思わせちゃだめだよ!」と聞かされていたから、いつも必死で隠して、自分でも忘れようとしていたけど、やっぱりそうだ。
結婚したい! 誰かと一緒にいたい! と言いながらも、わたしは一人でも生きていけるのだ。

「なんというか、言い方悪いですけど……たくましいですよね?」

あー、たった3回しか会っていない人に、合計で6時間くらいしか会っていない人に気づかれるということは、そうなんだ。やっぱりわたしは、一人でたくましく生きていく、強い女なんだ。
隠していても、自分で認めなくても、完全にわたしから滲み出ている。
周りは気づいていても、あえて裸の王様を、刺激しないだけなのだ。

彼は、「へー、意外ですねー」と言いながら、一人頷いている。
わたしは、ガックリとうなだれたい気持ちをこらえて、ただ笑うしかない。

でも、ばれてしまったら仕方がない。
どのみち今のわたしは、黒いマントに覆われて、カラーリング剤を塗られながらオールバックにされている。カッコつけようが可愛い子ぶろうが、逃げ道はない。
腹を括った逞しい女は、何かを隠すことを止めて、素のままで洗いざらいを話すだけだ。

「こないだ化粧品に興味を持つようになったって言ってましたけど、最近買ってオススメのものってありますか?」と聞かれ、
「あ、最近本しか買ってないです」と答える。
「え、もう飽きちゃったんですか?」と冷静に返されるので、
「いえ、新しい物には手を出さず、今の状態を落とさずにキープしているんです」と真顔で返す。
「すーげーポジティブじゃないですか」と言い、黙った後、3秒後に彼は笑い出す。

「こないだの洗顔使ってみてどうでしたか?」と聞かれたので、
「あ、すごいよかったです! なんかオイルだとドロドロなんですけど、あれは、こう顔にビャーッてくっついて、汚れがちゃんとザーってなるんです」と身振り手振りで説明をする。
「全然わかんないっす」と真顔になり、今度は1秒後に笑い出した。

そして今度は、「なんでそんなに本を読みだしたんですか? きっかけはあったんですか?」と聞かれたので、1冊の本のことを彼に話した。
「植松努さんっていう、北海道にある小さな工場で、ロケットを作って飛ばした社長さんがいるんですけど。その人の本の中で、読書は、読むだけでは趣味と言えなくて、それはただ、誰かのサービスを消費しているだけだみたいなことが書いてあったんです。それを読んでショックで。本当の趣味なら読むだけじゃなくて、自分でも書いて何かを生み出さないと意味がないって」と話しながらふと鏡越しの彼の顔を見ると、いつになく真剣な顔をしていた。
そして、珍しくゆっくりと言葉を選んで話し始めた。「それ、めちゃめちゃショックなんすけど。てかこれ、美容室とかじゃなく、ちょっと一杯飲みながらする会話ですよね」
そう言って、3秒後に少し笑った。
しばらく黙ったあとにまた話しを続けた。
「いや、文面とか見てないからわかんないですけど、でもそれ、結構ショックでかいんですけど」と表情を崩さずにポツリと言った。
「俺、休みの日には10時間とか、下手したら12時間くらい海外ドラマを見てるんですよ。
ポテチ食べながら。で、ビール飲んで。それってもう消費っていうか、クソみたいな時間ってことですよね」と言って、突然彼は大きな声で笑った。わたしもおかしくなって笑って、美容室の中で、二人で爆笑していた。「いやいや、しあわせな時間ですよね。わたしもそれやります!」と言いながら、もう何杯か飲んだ後みたいに、周りを気にせず二人で笑い続けた。

そして、彼はすべてのしごとを手際よく進め、最後の仕上げをした。

あれ?

わたしは、鏡に映る自分を見て驚いた。
「これです! ずっとこんな髪型にしたかったんです!」
今までどんなに言葉をつなげても表現できなかった、自然な理想の髪型だった。

鏡越しに彼はニヤッと笑った。
「今までのイメージだったら、絶対逆に巻いてました。
でも、逞しい人だってわかったので、外に巻きました」
彼は嬉しそうに、誇らしげに笑っていた。そして「ありがとうございます」とわたしに言った。

わたしは気付いた。今まで本当の自分に目を背けて、嘘ばかりついてきたんだ。
美容師さんとは表面上の会話しかせずに、素を明かすのを怖がって、適当なことばかり言って。
だから美容師さんには結局、わたしがどんな性格なのか、どんな髪型が似合う生き方をしているかが伝わらないから、違和感のある髪型にしかならない。
気取ってカッコつけていたのは、美容室の雰囲気でも美容師さんでもなく、わたしだったんだ。

美容室だけじゃない。洋服屋さんも、ご飯屋さんも、どこに行ってもわたしは店員さんとの会話を避けてきた。嘘の笑顔を浮かべて、上っ面の会話を重ねるだけ。
心地良い関係を築くことができないから、常に違和感を感じ、不平不満を漏らす。

もっと心を開いて、頼ってみればよかったんだ。
世の中にはプロが溢れている。肩の力を抜いて、思い切って、ボフっとベッドに飛び込むように、身を委ねてしまえばいい。そうすれば、あとはプロが手取り足取り整えてくれる。
そうやって安心して飛び込めるベッドやソファーがあちこちにあったら、人生はずっとずっと楽で気持ちの良いものに変わるはずだ。

わたしの運命の美容師様は、プロの仕事を通じて、理想の髪型を作ってくれただけではなく、理想の生き方も教えてくれた。

次に美容室に行くのが、楽しみになった。

 

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2016-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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