メディアグランプリ

マスクメロンはスーパーの一番上の棚にある



記事:てらっち(ライティングゼミ)

スーパーにもよるのかもしれないが、果物の棚を見るとマスクメロンは別格で、誰かに触れられることをこばむかのように、化粧箱にきちんと納められて果物の棚の最上部に気高くそこにある。
わたしの住む町でこのマスクメロンというのはかなり特別な存在であった。昔から天皇献上メロンとして生産している地域だから、この町の人たちのマスクメロンに対する思いというのは、この町のプライドそのものだったりする。

ある日、スーパーでマスクメロンを見ている女性がいた。
その人を見ると、誰もがそっと彼女のそばを怪訝な顔をして離れていく。

彼女はこのあたりで有名な浮浪者だった。

彼女の伸ばしっぱなしの髪は白黒のまだらで、家の隅で忘れられたドライフラワーのように乾燥している。日に灼けた茶褐色の肌に色あせた灰色の服を着て、足にはスーパーのビニール袋をかぶせた靴を履き、ガシャガシャと歩くたびに音をさせる。
どう見ても、どう考えても浮浪者だった。
スーパーのビニール袋を両足に巻きつけているところなど、少しおかしいとしかいいようがない。
彼女はこの田舎町のあちこちで見かけるのだが、車に乗っている様子はなく移動手段は歩き。歩きならどう考えても1時間2時間かかりそうな距離でも歩いているのだからかなりの健脚である。

「またいるよ、あの人」

彼女を見かけると憐れみというより、侮蔑と嫌悪の入り混じった眼をしてみなあからさまに離れていくのだが、わたしはこんな興味も湧いていた。

「この人は一体どんな人生を送ってきたんだろう」

町に出るといつも歩いているこの浮浪者。
とてもわたしと関係があるとは思えないのだが、思いもかけないところでわたしとつながってしまったのである。
そしてわたしは彼女の意外な素性を知ることになるのだ。

ある日、なんのきっかけだったのかは忘れたが、わたしは友人と例の浮浪者の話しをした。

「この間の休みに雨が降っていたじゃない? あのとき、スーパーの袋を足に巻いて歩いている人がいてさ、浮浪者って感じでもうどこまでもどこまでも、すっごい距離でも歩いてて……」

わたしの言葉を聞いた途端、友人はアロエでも噛み潰したような顔をして、口をへの字に曲げる。それからしばらく私の顔を見ていたが、友人の口からとんでもない言葉が出たのである。

「それ、わたしの姉貴かも」

あまりのことに私は二の句を告げなかった。
浮浪者と思っていた女性は、れっきとした家があり浮浪者ではなかったのだ。しかも信じられないことに職場の友人の姉であった。
そして友人はその浮浪者、いや姉の人生について語ってくれた。
それは驚くべき想像もしない可憐な人生だった。

片田舎で育った友人とその姉だったが、子供のころ、友人の姉は令嬢として扱われていた。

金持ちで都会に暮らすおばたちは、実家に帰ってきては、姉を蝶よ花よとかわいがり、名古屋のデパートまで服を買いにつれていったのである。この当時、この田舎町から名古屋まで行き服を買うというのは信じられないほど豪勢なことだった。
食べるものは身体が弱いとかで厳選したデパートで買い付けたものしか食べず、そこらの庭で採れた野菜などは一切口にしなかった。

一方、友人は野生児のごとく男の子と野山を駆け巡っていた。
ファッションなどには興味がなく野山の草や木の実を食べ、日々大人たちに追いかけられ怒られるのが日課のような生活。

令嬢として扱われていた姉と、野生児のような妹。

本当に姉妹かと学校の先生からも疑われていた二人だった。
当時、姉は近所の子供たちからあこがれの存在として君臨し、今でも、「あのお姉さんは?」と素敵な女性の姿を期待した同級生から問われるときがあるという。

友人によると姉は学年代表で答辞を読んでいたというのだから、学年一位の成績を誇っていたと思われる。頭もよかったのだ。そして某社に入社し、経理の仕事を長年こなす。

自分で収入を得てからというもの、買うものといえばブランド物しか興味がなく、当時からお取り寄せしたブランドものしか口にしなかった。

姉は独り身を通し、親と住んでいたが、ある日親が亡くなると様子が変わっていった。

本当の理由はわからない。

ただ、親が亡くなり、彼女の中で何かが変わってしまったのだ。

仕事をやめ、しだいに没落していった彼女はいつの間にか、美しい令嬢から、ドライフラワーのような風貌へと成り下がっていた。
収入のなくなった姉に対し、文句をいいながらも米を差し入れしたり、水道代を払ったり、固定資産税を払って姉の住む場所を確保していたのは野生児と言われた妹。

成績一位を誇った姉は収入がなくなっていたが、成績がどん底の妹は地道に働き収入を得てそれなりの暮らしをしながら姉を助けた。

兄弟の中で成績の悪かった妹が、姉の生活を助けるというまさかの逆転劇が起きていた。

「成績なんてよくったって、ああなっちゃしょうがないよ」

友人は肩をすくめる。
友人は実家にいっては、つまり姉のいる家に行ってはあれこれ世話を焼く。世話を焼いているというよりも、山となっている新聞やゴミなどいらないものを片っ端から捨てている、という。
モノを捨てると姉はこんなメモをよこすのだと言って私に苦笑いした。

「わたしのものを勝手に捨てるな!」

妹がゴミを捨ててくれているというのに、勝手に捨てていると文句をつける。書いている内容はめちゃくちゃだが、そのめちゃくちゃな文を象る字はとても流麗で美しい字であった。
育ちの良さはその文字から現れていた。

そして、プライドもあふれ出ている。

先日も、彼女はス―パーでマスクメロンを見上げていた。

友人の言うには、年金が出た後は必ずマスクメロンとカサブランカが仏壇に上がっているという。
決して多くはない年金だが彼女はマスクメロンにこだわる。

彼女はあのマスクメロンそのもの。

彼女の身を包む化粧箱はとっくに色あせ、もう一番上の棚からは下げられてしまってはいるが、そのマスクメロンという、別格のプライドだけはまだ心に秘めている。

人は見かけではわからない。
彼女のようにドライフラワーのようなカサカサした髪の下に、美しかった頃を彷彿とさせる整った顔と、メロンのような高慢なまでのプライド。

人はプライドで生きられる、そう思った。

周りの人は、あんな身なりでマスクメロンを手にする彼女を滑稽に思うだろう。分不相応な品だと、無駄な金を使っていると思うだろう。
でも彼女にとっては大事ななくてはならない儀式なのだ。

大事な父母に奉げる、マスクメロン。

私はそして今日もこっそりと彼女を伺う。
スーパーの一番上の棚で気高く君臨するマスクメロンを手に取る彼女を。

 

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2016-07-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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