通信型同時読書会というあなたへの復讐
記事:白井コダルマ(ライティング・ゼミ)
夕食の用意も進み、完成まであと少し。
私はここで声をかける。
「あと10分でごはんだよー」
「はーいー」
答えるのは携帯ゲームをしている夫だ。
鶏肉のソテーにトマトソースをかけ、付け合せのもやしとジャガイモを添え、味噌汁をついでごはんをよそう。
お箸を並べながら声をかける。
「できたよー」
「はーいー」
携帯ゲームをしながら歩いてきた夫が、傍らにスマホを置いて食べ始める。
私はその、夫の手元をじっと見る。
視線に気づいた夫が言う。
「今、通信してるからさ」
知るかーーーー!!!!!
海に出かけて砂浜に座る。
青空の下で、夫の目はスマホの中のモンスターに向いている。
話しかけると一言。
「今、チャンスタイムだから」
だから、知らないっつーの!
あのですね。
だいたい夕食の時間は毎日同じくらいなわけですよね。
そんな時間に通信(携帯ゲームにおいて、離れた人とネットによって繋がり、一緒にプレイを楽しむこと)をし始めるのがまずどうかと思うわけですよね。
こちらとしては、です。
「いやでも、もう始めちゃったし、いきなり切るのは相手もいるし」
うむうむ。
なるほど。
今この瞬間、私たち二人に全く関係のない誰かを、冷めていく味噌汁より優先させるとおっしゃる。
よかろう。
そっちがその気なら、こちらも同じことをしてみようと思います。
ただ、私はゲームにイマイチ興味がないので、ここはやはり「本」で。
お出かけ日和の朝、夫は既に用意をすませて待っている。
ドアの外から私に声をかける。
「まだ?」
「うん、まだ」
私は手元の推理小説と携帯電話を見せる。
「今、スカイプで同時読書会やってるから。犯人がわかるまであと20分なんだ」
バスツアーに申し込み、目指す酒蔵に着くまでのひと時。
手持無沙汰の夫に対して、こちらはひたすらキンドルで読書に没頭。
「ここまで来て何読んでるのー」
「え、超胸キュン恋愛小説。今チャンスタイムでね、あと5分の間なら、いろんな展開に繋がるクイズがあってるんだ。あードキドキするなぁ。何種類まで読めるかなー」
――ふふふふ。
どうだ! 夫よ。私の普段の寂しさと疎外感を思い知るがいい。
と、一瞬スっとする気がするが、あくまで気がするだけの、暗い妄想である。
私だって、その瞬間には思うのだ。
――話をしようよ。
――なんで一緒にいるのに携帯見てるんだ。
――通信とかさー、誰だかも知らない人を、なんで私より優先するわけ。
そして、よっぽど、その怒りを直接ぶちまけようと思うのだ。
なのに、結局しない。
結局しないで、時折こうして妄想しながら気を紛らわすくらいで済んでいるのには理由がある。
夫が絶妙に「ゲームと実生活を同時進行させている」からなのだ。
両立、とかいうレベルではない。
文字通りの、同時進行。
こちらの話に相槌を打ちながら、同時にゲームしながら、さらにたいして画面から目を離さないままで、私の荷物を持ってくれる。
子供と公園に行った時は、スマホ画面を猛烈にタップしながら、縦横無尽に走り回り、娘と息子をばしばし追いかけまくっていた。
その様子があまりにも異様で、私は思わずムービーに撮った。
今見返してみても、一体どうやったらあんなことが可能なんだか、さっぱりわからない。
そうされると、こちらとしてはどうも都合が悪い。
ある程度「きちんと」関わってくれているがために、がつんと言いづらいのだ。
「子供と公園に来てるんだよ! スマホなんか置いて一緒に遊ぼうよ!」
――え、遊んでるよ。
「並んで話してる時くらい、画面から目を離してよ!」
――聞いてるよ、3軒隣の奥さんにもらった羊羹の話でしょ。
ぐうの音も出ない。
1回1回の被害は、こうしてプラマイゼロに近い、小さなプラスになっていく。
しかし小さくともプラスはプラス。
ゼロでないなら、いつかは積もり、山となる。
これをある時いきなり爆発させることは、私としても避けたい事態なのです。
突然怒り出す私。
泣きわめきながら「ゲームが!! 一緒にいるのに!! もうやめてよー」と叫ぶ母である私。
あっけにとられる子供たちのどん引きした表情が目に浮かぶ。
危ない危ない。
そうなる前に、どうにかしなきゃ。
暗い妄想なんていうガス抜きでなく、根本からガスの発生元に働きかけるのだ。
「ねえ」
私は夫の横に座る。
深夜テレビを見ながら、あぐらをかいてゲームしている夫の横に。
「一緒にいるときはさ、もっと話そうよ」
――結婚してからの方が、結婚前よりずっと話をしてなくて、私はずーっと孤独に感じているんだよ。横にいたって孤独なの。
夫はこちらを見て、にこっと笑ってスマホを置く。
「いいよ」
――おっ?こんなに簡単なことだったのか?
「で、どうしたの? 何があったの?」
「え」
何があったというわけではないのだ。
ただ、何となくの時間を、お互い以外のもので何となく埋めてほしくないだけなのだ。
もごもごしていると、夫は首をかしげて再びスマホを手に取りかける。
「あ、えーと、何もないんだけど、ちょっと今日は話そうよ」
――昔みたいに。
声に少し真剣さが混じったのか、夫はスマホに伸ばした手を止め、こちらを向いた。
「なんだよー。わかったよ」
口調とうらはらに、目が笑っている。
なんだよー、はこちらだった。
――ちゃんと、言えばわかる人だった。
――そういえば、そうだった。
不満ばかり募らせて、甘えていたのはこちらだったのかもしれない。
きちんと言おう。これからは。
翌朝、早起きしてばたばた朝食を作っていると、のんびり夫が起きてくる。
朝は戦場だ。
子供に食べさせ、用意をさせる。
夫をふと見ると、
――あ!!! ゲームしてる!!!
やっぱり1度くらい、通信型同時読書会をやってみせないといけないかもしれないな。
***
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