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死にたがりのわたしを止めたのは締切だった


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記事:成田陸(ライティング・ゼミNEO)
 
 
あの頃のわたしは毎日死にたがっていた。よくアニメや小説で灰色の青春時代だったというプロローグがあるが、わたしにとっては嘘だ。わたしの視界は、モノトーンと赤色で埋まっていた。先輩や同級生とのケンカで傷つき流れた血がよく見えていたし、わたしに向かって暴言を吐き散らす舌の色がやけに目についていたのを覚えている。「死にたい」という言葉が口から漏れない日はなかった。
きっかけはなんだったのだろうか。今になってはよく思い出せないし、思い出したくもない。けど、確か小学1年生のときに近所の小学6年生4人にケンカを売ったのか、売られたのか忘れたが、それが決定的なできごとだった、そんな気がする。なにかよくわからないけど、気に食わなかったのだろう。それからはヒドイものだった。喧嘩したのが、校内で影響を持っていた不良だったのかは知らないが、その日から同級生からも殴られ暴言をはかれ、シカトされる日々が始まった。それが中学校まで続いた。どれも辛かったし、途中で友人ができてもどこかいびつな関係性だったような気がする。
きっとどこかで心が壊れた。そんな悲惨な現状だったようだが、なぜか不登校にならなかった。小学校では演劇サークルに参加し、中学校では軟式テニス部に所属していた。当時の先生や友人から聞いてもいじめられていたのは、確かだった。だけど、なにかあって不登校にならなかった。それは不登校になって親に心配をかけたくないことだった気がするし、どこか負けた気がするから、そんな意地だった。けど、その間にわたしの心は死んでいって感動することはなくなり、情緒不安定になっていく。
高校に入ってもテニスを続けた。試合もするようになり、恥や外見などが悪い意味でなかったわたしは、相手がイラつくようなプレイが得意だった。それでも正攻法には勝てなかったから、やはり異物でいびつだったのだろう。それでも部活ではある程度人間関係を築けていた。だが、クラスメイトとの関係性はよくなかった。少なくても1年生までは。悪くなったきっかけは、留年しているクラスメイトとささいな言い争いだった。そこからクラスの約半数が敵となった。
こう振り返ると、わたしはどうも年上と相性が悪いらしい。今でも業界の先輩にケンカを仕掛けたり、仕掛けられたりするから、呆れるほど変わっていない。
 
大学に入ってからは、大学デビューというべきなのかわからないが、かなり社交的になった。少なくとも外見上は。将棋部に所属し、1年生の頃から研究室にも出入りするようになり、それまでの生活とは信じられないほどの人達と関わった。極めつけが大学3年生から4年生にあがるタイミングで1年間休学して旅をした。だけど、どうにもあの頃がフラッシュバックしていた。
「死にたい」というだけで、行動しなかったのは今思えば良かったと思う。血をよく流していたから血は出して死にたいとは思わず、ありがちなリストカットを敢行しない。代わりに、よく線路に飛び出す妄想したり、ビルから飛び降りる妄想はしていた。1回、本気で飛び降りそうになったこともあったが、実行には移さなかったし、移せなかった。
モノトーンと赤色の世界で「ここではないどこか」に行きたかったし、「わたしではない誰か」になりたかった。手っ取り早く、誰も経験しなそうな電車に腕を突き出してみたら、どうなるのかという想像をしていた。たぶん、体ごと巻き込まれて死ぬんだろうと思いながら、試してみたが、JR線の貨物列車の空気を切る音が怖くて腕を引っ込めた。あれが各停電車だったら、もしかしたら腕がなくなっていたかもしれない。
そういう衝動がたまにでる。旅していて充実感を感じていたときも、ふとした瞬間、情緒が自分のものではなくなるような感覚があった。結局、わたしはここではないどこかを旅していて、だれも知らない土地でわたしではない誰かを演じていても、変わらず死にたがっていた。
だけど、いつの頃からか、そういう衝動がなくなっていた。いや忘れたのだ。頭蓋骨の裏にこびりついていた声が聞こえなくなった。きっとそれはカメラを撮ることと書くことにであったからなのだろう。
大学を卒業して、小さな出版社に就職した。そこではてんてこ舞いな日常をおくり始めた。小さな会社だから、一人で取材・撮影・原稿作成をするのが良かった。そうでなければカメラとは出会わなかった。初めてみたレンズを通した視界は色鮮やかだ。紅葉が燃えるような赤だったのを知り、猫のひとみがくるりとしているのを知った。あぁなぜもっとはやく出会わなかったのだ、木漏れ日があたる一輪の花があれほど美しいとは知らなかった。
 
それ以上に書くことだ。まったく文章が書けなかったわたしだが、就職して書くようになって、はじめて視界がクリアになった。それは書くために、社会を、他人を、自分自身を見つめるようになったからだ。そう、これまではどこまでも逃げていた。だけど、締切の二文字がわたしを逃さない。そう、締切のおかげでわたしは死にたくなくなった。おわりを意識したから「ここのわたし」に集中するようになり、「死にたがり」の気持ちを忘れさせた。だから、わたしは今日も締切を意識して書き続ける。死にたくならないために。
 
 
 
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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