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しっかり者の彼女が遠距離恋愛をやめて、会社の上司と付き合い始めたワケ


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記事:高橋和雪 (ライティング・ゼミ)

「それじゃあ、元気でね」

「そちらもね」

電話越しの別れ話、1つの遠距離恋愛が終わりを告げた。
窓を見ると、激しく雨が降り注いでいた。

昔の彼女の葵さんと知り合ったのはインターネット上。
今ほど、婚活サイトがあったわけではなく、Skypeもない。
LINEの無料通話なんていう、財布に優しいものもない時代。

ネットでのやり取りは文字だけのチャットを使うか掲示板に書く、後は直接メールをするだけである。
知り合ったのは共通の趣味の掲示板。

元々恋愛目当てではなかったが、お互いに趣味の話で盛り上がり、話す機会が増えていった。
途中からは直接メールでやり取りをすることになった。
やり取りの中で、葵さんは大阪に住んでいることが分かった、自分はその時東京に住んでいた。

偶然、仕事で大阪に行くことになった。
金曜日に行くので、土日はそのまま滞在することも可能である。
その話をして、大阪で会いませんかと声をかけた。
葵さんは大阪に住んでいたが、地元は北海道。
就職に伴い大阪に移り住んできて半年、そんなに友達もいるわけでもないし、時間もあるから会いましょう、と言ってくれた。

金曜日の仕事を終えて、明日は葵さんと趣味のお話を楽しめるぞと、楽しみにしていた。
特にデートと言うほど気負うことなく会う準備をしていた。

待ち合わせは集合しやすいということで、某駅前のヨドバシカメラ前にした。
駅に直結していて分かり易いのだそうだ。

恋愛目当てというわけではないとはいえ、男女が会うのだ。
もう少し色々な意味で気合入れた方がよいのでは、と今更思い始めた。
ヨドバシカメラ前の集合は微妙だったか、と思っても後の祭り。
その代わり、会話が弾みそうなカフェを探すことにした。

当日の天気は快晴、出かけるにはもってこいの気候である。
熟睡していたので、少し遅刻しそうになり慌てて外に出る。
慣れない大阪の電車を乗り継ぎ、最寄りの駅へ到着。
ヨドバシカメラを探し、集合場所へ着いた。

お互いに顔を知っているわけではないので、服装の特徴をメールしあって相手を確認する。
場所が場所だっただけに、すぐに葵さんと合流することができた。

お互いにメールでやり取りをしていたとはいえ、直接会うのは緊張するものである。
可愛らしい女性が目の前にいたらなおさらである。

少しだけぎこちなさもあったが、話をしながらランチをとるためにカフェに移動する。
そして、昨日調べた集合場所の近くのカフェへ向かった。

カフェに入るとすぐに、

「あー、リストの愛の夢が流れている」
と、葵さんが嬉しそうに言う。

愛の夢というのは、リストと言う作曲家が作ったロマンチックな旋律のピアノ曲の題名である。
そう、共通の趣味とは、クラシック音楽のことである。

クラシック音楽が好きな人は少数派であり、大抵は邦楽や洋楽、ジャズを好む人が多い。
だからこそ、クラシック好きな人が集まると会話は盛り上がりやすい。
昨日の夜、必死になってクラシック音楽を聴くことのできるカフェを探していたのだ。

BGMも味方してか、会話も弾み、気がつけばお互いの身の上話をしていた。
例えば仕事のこと。
葵さんの会社には女性社員が少なく、男性だらけであること。
地元に友達はたくさんいるが、大阪ではなかなか見つけにくいこと。
大阪のお好み焼きやたこ焼きは美味しいから食べ歩いていること。
海遊館はいい水族館だから一度行ってみたいな、等々。
初めての大阪暮らしについて、たくさん話をしてくれた。
大変そうではあったが、北海道から大阪に出て、楽しく過ごしているように見えた。

だが、屈託のない笑顔の中に、少しだけ違和感があった。
時折、寂しそうな表情を浮かべていたのだ。
でも、すぐにそれは笑顔に変わる。

そんな中、自分は困っていた。
ネット上で会話をしていたとはいえ、出会ってたったの2時間しか経っていない。
少しずつ目を合わせられなくなってしまっていた。
顔を見るたびにドキッとしてしまう。

どうやら、好きになってしまったらしい。
かと言って、いきなり告白するのも変である。

「そろそろ、カフェを出ましょう」
と葵さんは言った。
確かに、2時間もいたら少し長いかなと思い店を出る。

まだ、時間はあるし、せっかくなので少し歩き回ろうと提案しようとしていたら、

「時間があるなら、海遊館に行きませんか?」
と、先に言ってくれた。
さっきいい水族館だと話してくれていたが、葵さんが大阪に来てからまだ行ってなかったのだそうだ。

もっと、一緒にいたかった自分にとっては願ったり叶ったり。
葵さんには言ってなかったが、自分も水族館が好きだったので、断る理由はなかった。

とってつけた回答に聞こえるかもしれないが、
水族館好きだから行こう、と答えた。
答えを聞いて葵さんは嬉しそうな顔をする。
たぶん、自分も嬉しそうな顔をしていたのだろうなと思う。

大阪に住んでいる葵さんを先頭に、電車で移動すること30分。
迷うことなく海遊館に到着した。

海遊館は海辺に立っている水族館である。
建物の作りは少し変わっている。
始めに、建物の最上階にエスカレーターで上り、真ん中の大きな水槽を見ながらぐるぐる回って下っていく構造である。
真ん中の大きな水槽には、ジンベエザメがいるので、ジンベエザメを見ながら下っていくことになる。

「うわー、ジンベエザメ大きいね」

と、楽しそうに葵さんが笑う。
そうだね、と答える。
初めてみるジンベエザメは本当に大きかった。

他にも、熱帯魚やラッコなどが綺麗な水の中で優雅に泳ぐ姿を見るのは本当に楽しかった。
何より、惚れてしまった人と水族館、楽しくないはずがない。

葵さんはクラゲが好きなようで、クラゲの前で10分くらいボーっとしていた。
「クラゲがふわふわ泳ぐ様を見ていると癒されるの」

横に並んで一緒にクラゲを見た。
確かにふわふわしていて癒される。

時折、葵さんの横顔を見てみると、本当に楽しそうな笑顔だった。
カフェで見せた寂しげな表情はそこになかった。

海遊館を堪能して、近くのお好み焼き屋さんでお好み焼きを食べたら、辺りはすっかり暗くなっていた。
天気が良かったので、星がとても綺麗である。
夜道を二人で散歩していた。

夜風に吹かれながら、二人で黙って歩いていた。

もう帰る時間だなと思ったものの、惚れた手前、何もしないのはいかがなものか。
また会いに来る、と言う選択肢もあるのだろうが、タイミングも大事だと思ったので、まず手を握ってみようと思った。

そんなことを思っていたら、上を見ていた葵さんが転びかけたので、危ない、と叫びながら反射的に手をつかんでいた。

「ありがとう」
と言いながら、葵さんは体勢を整えていた。
また歩き始めたが、そのまま手を握っていることにした。

すると、葵さんが手を振りほどくのではなく、前後に大きく振り回してきた。
どうしたの、と聞いたところ
「楽しい」
と嬉しそうな笑みをしながら答えてくれた。
葵さんもまんざらではなかったようで安心したが、しっかり告白しないとダメだよなと思った。

歩きながら、まだ会って間もないけれど付き合ってほしい、と葵さんの目を見て伝えた。

「ありがとう、これからもよろしくね、かずくん」
と、答えてくれた。
全く予想もつかない展開で、彼女と新しいあだ名ができた。

帰り道は電車の中でもずっと手をつないでいた。
お互いに照れていたせいか、途中の会話はあまりなかった。
彼女の最寄りの駅まで送り、自分もそのままホテルへ帰った。

翌日の日曜日、昼過ぎの新幹線に乗って帰らないといけなかったのだが、彼女が駅まで見送りに来てくれた。
お昼を一緒に食べ、駅のホームまで手を握りながら歩いていた。
また、手を前後に大きく振り回していた。
どうやら、楽しい時には手を大きく振り回したくなるようであった。

電車に乗る間際に、
「戻ったらメールしてね、電話も。今度は私が東京に行くから」

待ってる、と答えながら手を振る。
扉が閉まって新幹線が動き始めても、彼女は手を振り続けてくれた。

正直なところ、彼女を作るつもりで大阪に来たわけではなかったので、彼女ができたことは夢なのではないかと、新幹線の中でも思っていた。
そう思っていると、携帯が震えた。
彼女からメールが来たようだった。
「気をつけて帰ってね」
と、短いメール。

どうやら夢ではなかったらしい。

東京に戻ってからは、毎日のようにメールをしたり、電話代を気にせず何時間も電話をしたり。
次はいつ会おうか、などと話をしながら幸せな日々が続いていた。

ある時は、会った日のことを話してくれた。
「実は、会った日に告白しようと思っていたの。それで、海遊館に誘うのが一番だと思って最寄りの駅まで一度下見していたんだよ」
と、種明かしをしてくれた。
どうりで、海遊館に行くのが初だったのに迷わなかったわけだ。
しっかりしているし、自分に素直で可愛らしいなと思えた。

ところで、転んだのも計画していたの、と聞いたら
「あれは、星空を見ていて転んだだけ」
と照れながら答えた。
さすがにそこまで計画的ではなく、少しドジなだけであった。

ある時は、
「スクーターで事故っちゃった。転んだの。でも、膝を擦りむいただけみたいだったから、そのまま会社の飲み会に参加したよ」

と、危なっかしいがたくましい面を見せてくれた。
でも、どう考えても体を大事にしてほしいので、病院に行くよう説得はした。
「大丈夫、大丈夫」
と笑いながら答えていたが、全然大丈夫に思えない。
その自信はどこから来るのだろうか、よくわからないがそういうところも愛おしく思えた。

恋愛がうまくいっていると、人生がバラ色に見えてしまう。
他のこともうまくいくような気がした。
実際に、仕事も体調も調子がよい日が続いていた。

そんな幸せな日々が1ヶ月続いたが、ある時、数日間彼女から音沙汰がなくなった。
どうしたのだろうと心配にはなったが、忙しい時もあるだろうと返事を気長に待つことにした。

数日後の雨の日のある朝、やっとメールの返事が来た。
今夜電話がしたいとのことだけが書いてあった。

メールの文面から、電話の内容があまりいい話ではないのだろうと思ってしまった。

少しだけ心当りがあった。
音沙汰がなかったこともあったが、次に会う予定がなかなか決まらなかったからである。
忙しいからちょっと待って、とはぐらかされていた。

この日は仕事の調子があまりよくなかった。

あっという間に夜になった。
電話がいつ来るかわからなかったので、心を落ち着かせるためクラシックを聴きながら、本を読んでいた。
しばらくして電話がかかってきた。

「ごめんね、しばらく連絡しなくて。色々と考えたいことがあったの」
と、彼女が言う。

「実はね、会社の上司に告白されたの」
と、申し訳なさそうに言った。

「それで、上司と付き合おうと思って」

少し心の準備はしていたとはいえやはりショックだった。
彼女は話し続ける。
「かずくんとのこと、将来のことまで考えたんだけど難しいなと思って」

まだ付き合って1ヶ月なのだが、先のことまで考えるとはしっかりしている。

「うちの父親が大学の教授で、結婚を考えると相手の家柄にも厳しいの。相手の家柄にもそれなりの地位がないと釣り合わないの」
要は、自分だけでなく親にもそれなりの地位が必要とのことであった。
うちの父親は高校の先生であることを話していたが、これでは釣り合わないということらしい。
更に彼女は続ける。

「それに、上司ってとてもマッチョで体型が好みなの」

それは知らなかった。
自分は太ってはないが、マッチョでもなかった。
そういう野性的な面に惹かれる女性もいるのだろうなと思ってしまった。

「あとね、やっぱりすぐに会えないのが寂しいなって思って」
「海遊館の近くで手をつないでいた時、とても嬉しかったし、温かかったの。でも、それを感じられるのが毎日とは言わないけど、毎週じゃないと寂しいなと思って」

確かにそのとおり、毎週会うのは難しい。
寂しく思うのも無理はなかった。
その点、会社の上司であればほぼ毎日顔を合わせるだろう。
会うことも容易であるし、寂しい気持ちにさせることもない。

「一方的でごめんね。それじゃあ、元気でね」

そちらもね、とだけ言って電話を切った。

窓に近づいて、ため息をつく。
外は雨が激しく降り注いでいた。

あっけなく終わったなぁ、とつぶやいていた。
ちょうど、ショパンの悲しげなピアノ曲が流れてきた。

結局会ったのは一回限り。
自分が大阪に行った時だけである。

自分の魅力が足りなかった、遠距離恋愛は難しい、などと色々なことが頭の中に浮かんでは消えた。

少しだけ悲しんだら、もっといい人見つけよう、と自分を慰めつつ布団に入る。
落ち込んだ日は早く寝るに限る。

悲しみに耐えつつ、何とか仕事をこなし、週末となった。
今回の恋愛について、時間をとって気持ちの整理をつけることにした。

正直なところ、彼女の心情も分からなくはなかった。

寂しかったのだ、孤独だったのだ。

唯一の会った日に楽しそうにしてはいたが、少しだけ寂しそうな表情を見せる時があった。

北海道から大阪に一人で来て、慣れてきたとは言っていたが、女友達も故郷にはいても大阪にはそんなにいない。
職場の女性の同僚も少なく、しかも男性だらけの職場。
女性がいなくてむしろ楽だ、と言う女性もいるかもしれないが、一緒に会話のできる女友達はほしいのだろうと思う。

一人で生きていくのはかなり孤独だったということは想像に難くない。
そんな中、会社の上司と言う身近で容易に触れ合える存在がいるというのは心強い。
人の温もりも感じられる。
マッチョな身体と言うのも居心地が良いのだろう。

残念ながら、自分では彼女の寂しさを拭うことができなかった。

長い目で見て家柄の話などもしてくれたが、きっと事実なのだろうが別れの本質はそこではない。
感情論だけでなく、理論的にも諦めさせようとしたのではと思う。
取り付く島もないのであれば、悲しいとはいえある意味清々しく、きっぱり諦めもつく。
彼女なりの自分への配慮だったのだろうと思っている。
そういう意味で、しっかりしていた彼女であった。

色々な理由があったとはいえ、一番の理由は物理的な距離の遠さが、心の距離の遠さの原因になってしまったからだと思った。
そういう自分も、人生がバラ色に見えたが、東京で寂しさを感じていたのも事実だった。
きっぱり諦めたのもこれが理由の一つと思う。

女心と秋の空、と言うが、寂しいと気持ちが移ろうのも無理はない。
男心も秋の空である。
人が寂しさに勝つのは容易ではないと思う。

そんな日からもう10年は経っただろうか。
今となっては昔の彼女の顔も苗字も覚えていない。
だが、今の自分は昔より寂しさに耐えられているのだろうか、と思うことがある。

昔よりはそうかもしれない。
それでも、この寂しさは消えないのだろうなと思ってしまう。
薄れることはあっても一生付き合う感情の一つなのかなと思う。
仮に恋人がいても、結婚して家族ができても、いつかは出てくる感情なのだろう。

今の時代、人と出会うこともコミュニケーションもツールが増えて容易になってきた。
直接会わずとも、Skypeで顔を見て会話をすることができる。
LINEを使って無料で好きなだけ会話もできる。
目移りするような魅力的なイベントも、SNSから容易に探すことができる。
Facebookのタイムラインを見ていると、その人と会っていなくとも会っているような感覚になる。

でも、容易に人と繋がれるようになった分、人との繋がりの深さが浅くなってきたような気がする。
寂しさが余計に増してしまっているような気もする。
だからこそ、対面で会うことが大切なのではと思う。
相手の様子というものが肌で感じ取ることができるし、自分もそれを与えることができる。
きっと、恋愛に限らず、仕事でも、何かを学ぶ時もそうなのだろう。

寂しさには勝つことはできるのだろうか、一生付き合っていくというのも正直しんどい。
人の大事な欲求の中に、承認欲求がある。
承認欲求は、人の寂しさを埋めるためにあるのでは、と思ってしまう。
人に認められれば、寂しさを感じずに済む。

一方で、ある本には別のことが書かれている。
寂しさに勝つには、承認欲求だけだと受け身だから、自分から他の人に何かを与えていく、できれば愛を与えるといい、と書いてある。

この考えは好きである。
理由は単純、他の人の気持ちに左右されることはなく、自分が主になるからである。
きっと拒絶されることもあるだろうが、自分がぶれることはない。
もちろん、目の前の相手をしっかり見据えることが大切であるが、与えることを続けていれば、応えてくれる人も必ずいるだろう。

今の自分が、昔のような遠距離恋愛ができるのかと思う。
コミュニケーションの方法が多様になったこともあるし、しっかり相手の気持ちを見据えることを忘れなければ前よりは上手くいくのかなと思う。
Skypeでビデオを使ってモニター越しに会話をすれば、心の距離も縮まり易いだろう。
マメに会った方がよければ頻繁に会いに行けばいいし、そうでなければ相手のペースに合わせればいい。
たまにはサプライズで会いに行っても面白そうだ。

近距離よりはやはり難しいと思ってしまうが、きっと無理ではないのだろう。
もしかしたら、マッチョになっておいた方がいいのかもしれない。

今、遠距離恋愛中の人や、自分が単身赴任中、もしくはパートナーが単身赴任中で身近に大事な人がいない全ての方を応援したいと思う。
恋愛下手な自分でも、これだけは自信を持って言える。

物理的に離れていて寂しいかもしれないけど、次に会えた時にきっとそれ以上の幸せを感じられるだろうから、相手のことを見据えつつ寂しさに耐えて頑張って、と。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-08-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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