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行ってきた……過去に戻れるという喫茶店に


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記事:菊野由美子(ライティング・ゼミ)

今、確かにあの頃に戻っていた……。

そう……私……あの頃のあの人に会って話しをしたんだ。
はっきりとあの人の声、あの人の香り、あの頃の風が吹いていた。

これって、過去に行っていたことになるよね……。
もしかして私……“あの喫茶店”を見つけてしまった?

そして今、現在に戻ってきてクリアに感じることは、5,6分そこそこ前の私と今の私では、自分自身のセルフイメージが、みごとに変貌している感覚に包まれていることだ。ずっと、ずっと私の恋愛観に大きく影響していた心のしこりが、あの時の彼と話したことで、嘘のように消えてしまった。いや、消えるというよりも、それは、しこりじゃなかったんだって気が付いた。

私にそんな不思議な体験をさせてくれたのは、1冊の本だった。

天狼院5代目秘本「コーヒーが冷めないうちに」

この物語は、過去に戻れると“言われている”喫茶店が舞台で、その店の常連客4組のストーリーが描かれている。今まで自分が読んだり、映画で観たりしたタイムスリップするSF物語と違っているところは、ヒーローやヒロインになる必要もなく、大掛かりで特別な装置を登場させる必要もなく、また、特別な超能力を持っているキャラクターに頼ることもなく、私のような一般ピーポーが条件さえ満たせば、過去に戻れるのである。
その条件もたくさんあるのだが、現実にありそうな条件と無さそうな条件の間のきわどいところを設定してているので、読み込んでいくと、「私でもこれくらいの条件ならクリアできるんじゃない?」と、錯覚してしまいそうになる。
そんなところが、私を過去に連れて行ってくれた大きな要因ではなかったかと思うのだ。

あの時、こうしていればよかったのか。
あの時、こう伝えればよかったのか。
あの時期、どうしてあれをしなかったんだろう。
あの時、このことを知っていれば……。
あの時……、あの時……、あの時……。

誰もが間違いなく一度は、いや、何度も過去を振り返ることはある。もちろん、過去に戻ることなんてできないことは十分承知している。2016年になっても、バック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンは現れていない。失敗や上手くいかないこと、悲運などが起こった時には、「これも意味ある経験。必ず未来の糧になるはず」と自分に言い聞かせ、なんとか心に折り合いをつけてきた。

でも……。

この本に出会って、どうしても過去に戻ってみたくなった。

私が過去に戻って会いたい人は……。

高校の頃、3年間片思いしていた彼だ。

1、2年の2年間同じクラスだった。
彼とは、顔を見ればいつも「ア~ホ! バ~カ!」と言い合うように、よくふざけあっていた。
彼は授業中に、足の甲に小さな鏡を乗せて、私のスカートの下にその足をニョキーっと這わせてきて、それに気づいた私は、「バカじゃないの?」というあきれた顔をしながら、その足をピョコンと蹴ると、乗せていた鏡が、コロコロコロロロロロ~~~~~、と授業をしている先生めがけて転がっていった。
彼は「やばい!」と言う顔をし、「おまえ、アホか!」と口パクで私に抗議している。私はおかしくて、おかしくて、その様子を一緒に見ていたクラスメイトと共に、笑いをこらえるので必死だった。
そんなバカな悪ふざけを重ねながら、私はだんだん彼の存在を意識するようになっていったのだ。

彼と私の家は歩いて5分ほどの近所だった。
私の部屋は2階にあり、道路に面していた。ある日、夜中12時過ぎ頃、私の部屋の窓が面している道路に自転車が止まった気配がした。そして……、

カチーン!

何か小さなものが部屋の窓に飛んできて当たった音がする。

「ん?」と思ったが無視していると、また、

カチーン!

「……」無視すると、また、

カチーン! コーン!

今度は2連発。

そろそろそろ……、夜中なので部屋の明かりがたくさん外に漏れてはいけないと思い、カーテンを自分の顔の幅ぐらいまで開けて、目を凝らしてみると、白いTシャツを着た誰かが手を振っている。

「うそ!! もしかして!!」

その「もしかして」は的中。

窓をスルスルスルと開けてみると、彼が真夜中という時間帯には似つかわしくない無邪気な顔をして、自転車にまたがったままで、

「よっ!」と小声で手を振っていた。

突然の彼の訪問で、しかもこんな奇想天外な方法で学校以外で声を交わすなんて、私は嬉しい気持ちやらトキメキやら、親に見つかっちゃヤバイというグチャグチャの気持ちを彼に悟られないように、

「バカじゃないの? 何してんの? こんな夜中に! 不良!」

と言って、落ち着き払った自分を演じてみた。

「いや、ちょっと、眠れんかったから……」とポツリ。

私は、「まったくもう!」という表情を演じながら、15分から20分ぐらい、親が起きないかヒヤヒヤしつつも、彼との他愛もない会話を胸キュンしながら楽しんでいた。

そんな彼の夜中の訪問は、クラスが変わった3年生になっても続いた。12時過ぎるころになると、自転車の音に敏感になっている自分がいて、「今日は来るかな?」と、そわそわしていた。

しかし、彼との思い出は、まったくもってラブラブムードからはほど遠いものばかり。

彼を含めたグループのクラスメイト達で、町のデパートに来たお化け屋敷に入って、お化け屋敷の中でも「アホ、バカ」言い合って肝試しにならなかった。学校行事のキャンプの時、夏なのに、スイカや飲み物がキンキンに冷えてしまうほど冷たい清流にひざ下ぐらいまで入り、どっちが長く川に入っていられるか競争して、冷たさに耐えられず、すぐに岸に上がってしまった彼が、私めがけて川の水をバシバシかけまくってきた。私は女子なのに、Tシャツからブラジャーが透けてしまうほどビショビショになり、「ちくしょう!!」と思って、川岸に脱いであった彼のスニーカーをガッシと握り、川の中にジョボ~~~、と漬け込んでみたり……。ハチャメチャだが、そんな淡い純粋な恋の思い出は、今でも鮮明に思い出せる。

そう、とても彼が好きだった。

しかし、そうだったのに、彼の一言が私のその後の恋愛観に大きく影響することとなってしまったのだ。

卒業間もない冬、彼は地元で就職を決め、私は県外で進学を希望していた。

ふとしたきっかけで、放課後二人で帰ることになった。二人だけで肩を並べて歩くなんて今までに絶対になかったので、なんとなくいつもと違う空気感を意識しながら、「宿題がさぁ」とか「あの先生、今日も名前間違えたよ」とか、どうでもいい会話を並べていた。

すると彼が、「おまえ、県外はどこに行くんやったっけ?」と聞いてきた。

「え? あ、兵庫県の短大」とポツリと答えた。

「おまえさぁ……」とまた聞いてきた。

「好きなやつとか絶対おるやろ?」

はぁ? 耳を疑った。でも、はっきり聞こえた。

え~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!

その質問する~~~~~~~~~????? あんたがする~~~~~~~~~???
直球すぎるって!!!!!!!!!!!!!

もう頭がフリーズ状態とはまさにこの状態。
そんな中でも、悟られてはならないという意識がなんとか頭を再起動させた。

「な、なんで? 突然……。そんなの、い、いないよ」と噛みつつもなんとか答えた。

「おるやろ!! 18にもなって好きなやつおらんってことはないはず!」

そして彼の次の言葉に、私の脳は強制終了した。

「好きなやつ、だれか教えろって」

「ほんとにバカかこいつは……」絶対に言うまいというか、絶対に言えない!!! 今までケンカ友達のような関係で通ってきたのに、今さら「それはあなたなんです」なんてこっぱずかしくて言えるわけがない!! なんとかこの状況を回避するために、適当なクラスメイトの男子の名前でもあげるか……、いやいや、そんなことしたら、後々ややこしいことになる。と、強制終了した頭のはずだが、あることが思い浮かび、再度立ち上がった。

「もしかして……、彼も私のこと? え? え? これって探りをいれられてる? もしかして?」

もちろん確証はないけど、もしそうだったら? もしそうだったら? と再度立ち上がった脳が自分の心と光の速度で会話しまくっている。

「別にいいやろ、教えても。もう卒業やし」

「やだ、いないもん、しらん!」

このやり取りをどれだけ繰り返しただろう。サクサク歩けば10分ほどで家に着くはずだが、かなりゆっくりめのスピードで歩いていた。

でも、「もう卒業やし」という彼の言葉は、その頃の私たちにとって、今、私たちは大きな人生の岐路に立っているのだという感覚をしっかり感じさせる言葉だった。このまま「友達」のままの方がいいかもしれない。でも、もし、もし、最後の思い出として自分の思いを自然に彼に伝えることができるのは、「今」しかないかもしれない。だんだんと、脳と心の折り合いがついてきた。

そして、もう自分の家の屋根が見えてきた。後数歩で私の部屋の窓の下で、夜中にいつも彼が自転車にまたいだまま私を見上げていた場所に近づく。そして、まさにその場所にたどり着いたとき、頭と心がゼロになった。

「あんた……だけど……」ふてくされたように私はつぶやいた。

「え? なに? だれって?」あんぽんたんな顔して聞き返す彼。

「だから……、あんただってば!!」と彼の眼を見て言い放った。なぜか私は息切れしている。

「え? おれ? 好きなやつって俺?」ときつねにつままれたような顔の彼。

「と、いうことだから……。言ったからね! 教えたからね! バーカ!」と言って自宅に駆け込もうとしたとき、何かがグィっと右手を掴んだ。

振り返ると、彼が私の右手を掴みながら、一拍おいて、

「今度、デートしよ!」

とだけ言って、ハラリと私の手を放した。

「ひ、ひまだったらね!」と照れくさくて、思わずそんな可愛くない返事だけ残して、玄関に走って行った。

その日の夜は、どうやって食事したのか、どうやってお風呂に入ったのか、親とどんな会話したのかも覚えていない。机に向かって教科書をパラパラしていた私は、チラリと窓の外が気になったが、12時半を過ぎても、13時を過ぎても彼の自転車の音は聞こえて来なかった。

そうして3学期も終わり、春休みへと突入した。
誰もがそれぞれの進路に向けて準備を進めていた。

私と彼は、3年生では違うクラスになったので、前に比べると、出くわすことが少なかった。そんな環境に助けられて、私と彼との間にできた微妙な空気感に気づく友達もいなかった。廊下でたまに出くわしたり、彼のクラスの友達に用事があるときは、彼と言葉を交わすことはないのだが、なぜか、いつも以上に大きな声と不自然な身振り手振りで友達とはしゃいだりしている気持ち悪い自分がいた。

そして実は、彼とのデートは、卒業式が終わってもまだ実行されていなかったのだ。
期待してなかったとは嘘になるが、まぁ、私たちはじゃれ合う仲間。あの時は思わず彼も「デートしよ!」と言ったものの、やっぱり照れくさくて恥ずかしくなったんじゃないかな?
「もしかして?」と少しでも思ってしまった自分がこっぱずかしくなってきていた。

そして、春休みも中盤に差しかかった頃、友達から一本の電話がかかってきた。
それは、彼とよくつるんでいた男子からだった。彼も含めた3人でご飯でも食べないか? という内容だった。

は? 3人で? なんで?

とは思ったが、あれから彼ともまともに話していないし、ふたりっきりよりは、第三者がいてくれたほうが、気持ち悪い自分じゃなくて、自然な自分でいられそうだ。そして、この微妙な空気感がクリアになって、また今まで通りの「じゃれ友」でいれれば、それでよしとしよう! と大人な解釈をして、OKの返事をした。

そう、この夜が「あの言葉」を聞く運命の夜となったのだ。

母には、「夕飯は友達と食べてくる」とだけ言い残して、3ブロック先の交差点で待っていた。
すると、白いセダンの車が私に横付けした。え? と思って車を見ると、彼が運転していて、電話をかけてきた男子は助手席に座っていた。彼は、早くに就職を決めていたので、春休み前から運転免許を取っていたのだ。車は父親のを借りてきたらしい。なんだか、ついこの前まで同級生だったのに、彼のことがかなり大人に見えてしまった夕暮れだった。

近くの洋食屋さんで食事をして、前のようにたわいもない会話で笑い、「最後にいい思い出になったな」と思いながら、会計をして彼の車に乗り込んだ。すると……、

「先にお前を送ってから、その後お前な」と彼が言った。

え? 代名詞が両方とも「おまえ」だったけど、最初の「お前」は、明らかに助手席に座っている彼に向かって言っていた。そして、後の「お前」は、ちょっと後ろを振り向いて、間違いなく私に言っていた。
でも、自宅の位置からして、私を先に降ろして、次に男子友達の方が効率がいいはずなのだ。でも、その男子友達も即座に「じゃ、それでよろしく!」なんて返事したもんだから、私も「じゃ、お願いします」とだけ言った。

これって……何か意味ある? と脳が自動的に妄想し始めたが、いやいや、変な期待はしない!! とすぐに打ち消した。

男子友達が車を降りると、助手席に移れば、私に促してきた。な、なんか緊張するなぁ、と思いながらも、「そうだね」と平然を振る舞い、助手席に移動した。

走り出してすぐは、さっきの洋食屋さんの話や他のクラスメイトの進路の話をしていた。すると……、

「あのさぁ、ちょっとさぁ」と彼。

「え? な、なに?」

「うん、実は……ずっと謝りたいって思ってて……」

ひょえ~~~~~。な、なに、その「謝りたい」って!! 私の脳と心が口から脱出しそうなほど、この場から逃げ出したくなったのだ。しかし、ここは密室、車の中。

「いや、ほら、あの日、デートしよって言ったけど、結局デートに誘わなくて……ごめん」

「え? あ、あぁ、あれね。アハハハ……。別に大丈夫だよ。忘れてたし……」とぎこちない気持ち悪い私。

「お前といろいろバカやったりは、スゲェ、楽しかったんよ。かわいいな、って思ってたし」

ぎゃ~~~! 私のことかわいいとか言ってる!!!! そんな言葉、男子から言われ慣れてないから、もう、もう、どうにでもなれ! っていう感じ。

「でも……、もし、おまえと付き合うとしても、俺は地元でお前は県外。いきなり遠距離だし、まだ俺たち若いから、別れてしまう確率の方が高いと思うんよ。そしたら、俺がお前をだましたことになるから……」と、今までに聞いたことがない真剣な口調だった。

「え? 別にだますなんてことは思わないよ」チラッと彼の横顔を見て言った。

「それに……」

「うん」

「なんか、どう言ったらいいか……。どうしてもお前のことを“女”として見れなかった。なんか、弟みたいな感じやった」

口から出そうになった脳と心が、ツルンと戻ってきた。

「女として見れなかった」
「女として見れなかった」
「女として見れなかった」
「女として見れなかった」
「女として……」
「女として……」
「女として……」
しかも、「弟」って……。妹にもなれないわけ?

その後の会話はよく覚えていない。「女として見れなかった」この言葉だけが、心に何度もこだましていた。

「じゃ、元気でお互いがんばろうね」と言って車を降りた。
告白はしたけど、「付き合って」までは言ってないから、振られたわけではないんだろうけど、なんだか自分がかわいそうな存在に感じてしまい、それが自分をさらに悲しくさせていった。

短大を卒業し、就職し、それなりに男性とお付き合いをすることはあったが、「私は好きな人から“女性”と見てもらえない存在なのだ」というデータをその後ずっと消去できないでいた。付き合っている人と何かしらギクシャクし始めたら、「あ、やっぱり“女性”としての魅力が足りないのかな?」と勝手に解釈するようになっていた。

それから時が流れ、もうとっくに結婚適齢期も過ぎてしまい、「このまま一人で生きていくことになるのかな? ま、それも人生だ」なんて考えだしたとたんに、今の彼との出会いがあった。これまでの彼と、今の彼の大きな違いは、彼と一緒にいるときの自分がすごく好き!と思えることだった。これは、私の人生において、ものすごく大きな変化であった。
それなのに、長年数回にわたり上書き保存してきたデータは、簡単には削除できないでいた。
でも、この大きな変化を私にもたらしてくれた彼に対して、あの「私って女性として見てもらえない」といういじけた記憶の発動をなんとしてでも食い止めたかった。

そんなある日、仕事が終わったその足で、定期的に会っている友人と居酒屋で談笑していた。そして、自分の心のわだかまりのことを話してみた。すると彼女が言った……。

「手紙を書いてみたら? 彼に」

「え? 彼ってだれ? 手紙?」ちくわの磯べ揚げを挟んだ箸が止まった。

「片思いだった彼よ。なんでもいいから、そのとき言えなかった事、聞きたかった事、自分の近況とか……、そうね……、一回でもいいからデートに誘ってくれてもよかったやん! っていう文句でもいいし、本当に彼に手紙を送るわけじゃないから、なんでも書いちゃえ!」

なんと斬新な……。「着てはもらえぬ~、セーターを~、涙こらえて編んでますぅ~」と、ものすごい昔に大ヒットした演歌のワンフレーズのように、「読んではもらえぬ~、お手紙を~、涙こらえて書いてますぅ~」的なことを私にやらせようというのだ!! この平成の時代に! 私たちは笑い始めたけど、彼女はビールを一口飲んで続けた。

「書くことって、頭の整理だけじゃなくて、こころの整理にも役立つのよ。一度外に出した自分の感情は、読んだときに客観的になっていて、何が心のしこりなっているのか、そして反対に、実はそれはしこりなんかじゃなかったんだっていう発見に出会うこともあるのよ」

そのときの私には、彼女の言葉が宇宙からのメッセージのように聞こえた。

「そっか、うん、手紙書いてみる。話しを聞いてくれてありがとう」私は彼女にそう言って別れた。

次の日の仕事帰り、最寄り駅近くのカフェに立ち寄った。カフェラテを注文して、バッグに入れておいた便せんとペンを取り出して、手紙を書きだした。

「拝啓、お元気ですか? 久しぶりですね……」

なんだか、気持ちがいまひとつ乗らないなぁ。それからペンが進まなかった。
カフェラテをすすりながら、しばしぼ~っとしていると、ため息と一緒にポツリとつぶやいた。

「あの時に戻れたらいいのに……」

その自分の言葉にハッとした。そうだ!!「フニクリフニクラ」に行ってみよう! あの喫茶店に行けば、あの頃にもどって、彼に会える!
友達の「手紙書いてみて」のアイデアをチャカした自分はどこへやら、もっと現実離れしたことを思いついてしまった。
「フニクリフニクラ」は天狼院秘本の「コーヒーが冷めないうちに」の舞台である過去に戻れると噂されている喫茶店の名前だ。もちろん、ほんとうに存在しているわけではないから、自分自身を5組目の登場人物に仕立てて、自作の物語を書いてみようと思いついたのだ!

「やってみよう! 書いてみよう!」

そう思ったら、いてもたってもいられなくなって、再度「コーヒーが冷めないうちに」を無性に読みたくなった。カフェを出て、自宅に急いだ。

冷蔵庫にあるもので軽く食事を済ませて、シャワーをパパッと浴びて、待ちわびた「コーヒーが冷めないうちに」を手に取った。一度読んだはずの物語なのに、今の方がワクワクしながら読み始めている自分がいた。

個人的に、1組目のストーリーがお気に入りだ。その1組目の物語を読んだ後、パソコンを立ち上げて書き始めた。

が、しかし、書き始めていきなりつまずいた。

過去に戻るためには、たくさんのめんどくさい条件をクリアしなければならない。その条件はネタバレになるのでここでは書かないが、一つだけどうしてもクリアしておきたい条件があった。それは、自分自身もそうだが、過去に戻って会いたい人も、この「フニクリフニクラ」を1度は訪れていなければならない、ということだった。私が5組目の主人公として過去に行くには、やはり舞台は「フニクリフニクラ」でなければならない。
しかし、当たり前だが、私も彼も「フニクリフニクラ」に行ったことはない。

なんとかいい方法はないか……。

私も彼も「あの喫茶店」に行ったことはないけど……、まてよ……、思い出した! たった一度切りだったけど、彼と一緒に喫茶店に行ったことがあった。通っていた高校から徒歩8分ぐらいの場所にある、今思うと、「ザ・昭和」の雰囲気満載の喫茶店だ。確かその頃流行っていたインベーダーゲームがテーブルに組み込まれていて、そのテーブルには、レストランや喫茶店でよく見かけた、自分の星座の箇所に100円入れると、ルーレットがブィーンと回っておみくじがコロンと出てくる「ルーレット式おみくじ機」が置かれていたのだけ覚えている。
実際には彼を含めた4人で行ったのだが、なぜか店に入ってから、二組に分かれて違うテーブルに座ったのだ。そして私は彼と同じテーブルに座って、その時間をおしゃべりでふざけあっていた。時系列でいうと、この喫茶店に来たのは3年生の夏だったから、告白したときより前になるのだけれど、この際時系列は大目に見てもらって、舞台設定の為だけに場所をお借りしようと思う。

よし、あの喫茶店を「フニクリフニクラ」に見立てて書こう。舞台が決まった。

カラ~~ン、コロ~~ン……。

喫茶店の入り口に吊り下げてある呼び鈴の音にハッとすると、自分をまとっていた湯気のようなものが晴れていき、ゆがんで見えていた周りの様子がはっきりしてきた。

「私、あの頃に戻れたかな?」

そう思って見渡すと、一緒にこの喫茶店に来た友達二人が、右手の窓側の席でインベーダーゲームをしていた。そして、視線を自分が座っているテーブルに移すと、「ルーレット式おみくじ機」に目がいき、私の前にはコーヒーが置かれていた。

「お前、コーヒー飲めなかったんじゃなかったっけ?」

その言葉にハッとすると、目の前に彼が座っていて、怪訝そうな顔をしてこっちを見ていた。

「え? あぁ、コーヒーね……。そ、そうだね、確かに好んで飲まないけど、ま、たまにはいいかなって思って……。アハハハハ……」確かにコーヒーは苦手なのだが、過去に戻るためには必須アイテムなのだ。そして彼の前には、飲みかけのソーダフロートが置いてあった。確かあの時、私も同じソーダフロートを注文したはずだから、コーヒーが目の前にあるってことは……、

「よっしゃぁ~~~! 私、あの頃に戻っている!! 成功したんだ!」

そして、私は慌ててコーヒーを両手で包んでみた。

「ぬ、ぬるいかも……」私は焦った。それは、過去にいられる時間がそう長くないことを意味していた。

「あのね……」私は急に話を切り出した。

「え? うん」

「ほんとうはさ、私、あの後デートできたらいいな、て思ってたんだよ。もし、行くとしたらどんなところに遊びにいくのかなぁ、て。映画かな? それとも電車に乗って、ちょっと遠出とかするかな? なんてね」

「え? あ、そうか……、ごめん」

「ううん、あ、気にしてないから。私こそごめん」

あ~~~、これでは車で送ってもらったときと同じような会話じゃないの!! もっと伝えたいことをストレートに伝えなきゃ!何のためにこの喫茶店に来たの? がんばれ!! と自分を鼓舞した。

「えと、未来のこととか気にせずに、デートに誘ってくれてもよかったと思うよ。楽しい思い出が、一つ増えるだけのことだったんじゃないかな?」と言ってみた。

「そうだよな。でも……、大切にしたいと思うことほど慎重になるやろ」

「え?」背中の奥の方が反応した。

「ほんと、お前といるといつも笑ってて、面白くて、ふざけがいがあんのよ。学校に来て、お前の顔みてふざけあってると、嫌なことも、なんか知らんうちに忘れてた」

「だから……軽はずみなことはしたくなかってっていうか……大切だったから」

自分自身の様子がなんだかおかしい……。物語を書いているだけのはずなのに、「コーヒーが冷めないうちに」のすべての登場人物たちが過去に戻る時に起こる現象みたいに、自分の部屋の様子がゆがみ始めて、湯気に包まれていくような感覚がし始めた。でも、キーボードをとにかく打ち続けた。

「大切だったから」という彼の言葉に、私は「あの頃」に置き去りにしてきた何かとても大事なことを思い出そうとしていた。私のことを彼は大切に思ってくれていたんだ。それなのに私はどうなの? 私は、彼のこと大切に思っていた?

もう一度、慌てて目の前のコーヒーを両手で包んでみると、もうほとんど温かさを感じない。

「やばい! もう時間だ」そう思って、残り半分のコーヒーを目を閉じて一気に飲み干した。

湯気が揺らめく向こう側の彼が、少し恥ずかしそうに言った。

「実は……デートに行くとしたら、場所は決めてたんよ。高2の夏にキャンプに行ったあの渓谷までドライブかなぁって……」

自分の意識も揺らいでいく中で、私はあの頃に置き去りにしていたことを彼に伝えたかった。まだ私の声が彼に届くだろうか?

「ありがとう。最高に楽しい高校生活だったよ。ありがとう! 出会ってくれて、ありがとう!」

もう、湯気が立ち込めてしまい、ほとんど見えなくなっていく彼からの言葉も小さくなっていた。でも、確かに彼の言葉を聞き取った!

「俺も、ありがとな」

キーボードを打つ手の甲が、さっきからポタポタと落ちてくる涙を受け止めていた。ここで自作の物語は終わって現実に戻ってきているはずなのに、まだ私は湯気に包まれて、部屋の観葉植物もゆらゆら揺らいで見えていた。

あのキャンプ、彼にとっても思い出だったんだ! 私にとっても彼にとっても共通の楽しい思い出だったんだ!

なんてことだろう! 私はものすごくシンプルで大切なことを忘れていた。彼の存在のおかげで、あんなに楽しい高校生活を送れていたのに。夜中のロミオとジュリエットとか、授業中の悪ふざけとか、今思えば、少女漫画のワンシーンみたいな経験じゃない! 彼から与えられた楽しかったことは、山のようにあるのに、私は彼のたった一言、「女として見れなかった」という言葉だけにずっとしがみついていたんだ。
その後の恋愛がうまくいかなことを、あんなにたくさんの幸せをくれた彼の一言のせいにし続けていたなんて……なんてことだ!!
私なんかより、彼の方がずっとずっと私たちのことを真剣に考えてくれていたんだ。それゆえの彼の決断だったんだ!

この瞬間、長年上書き保存されていたものが、うそのようにあっけなく削除された。

過去に戻って過去を変えるなんてことはできない。でも、起きたことに対しての自分のとらえ方や解釈を変えることはできる。そうすることによって「現在」が変化し、「未来」が大きく変わっていくのだ。
もう一つだけネタばれを許されるなら、「コーヒーが冷めないうちに」の過去に戻る条件として、「過去に戻ってどんなに努力をしても、過去を変えることはできない」のだ。確かに、すべての登場人物で過去を変えた人はいない。でもみんなに共通していることは、自分の過去に向き合って、起きたことに対する自分の解釈を書き換えていたことだ。そして、その後の登場人物の行動に私が感じたことは、「未来への希望」だった。

湯気に包まれていた自分がだんだんはっきりしてきた。ゆがんでいた自分の部屋も元に戻り始めた。5分ほど前まで、私は確かに「フニクリフニクラ」にいて、過去に戻っていたと思う。

彼の声。 

彼の雰囲気。

あの時の空気感。

涙が止まらないほどリアルに感じていたから……。

ピロロ~ンと携帯からメッセージ受信音が鳴った。今付き合っている彼からだった。

「おやすみ~」

私も返信した。「おやすみなさい」

こんな何でもないやり取りが、今までの数倍も愛おしく感じた。未来が変わっていく予兆を感じた瞬間だった。

私に手紙を書くことを勧めてくれた友人に感謝。

私を過去に連れて行ってくれた「コーヒーが冷めないうちに」に感謝。

そして、「コーヒーが冷めないうちに」に出会わせてくれた天狼院書店に感謝。

「書くこと」って、デロリアンよりも……すごい。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-08-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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