メディアグランプリ

だから彼女は断ることも受け入れることもしない。


【8月開講/東京・福岡・全国通信対応】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《初回振替講座有》
【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
【関西・通信コース】

【東京/通信】未来を変えるマーケティング教室「天狼院マーケティング・ゼミ」開講!「通信販売」も「集客」も「自社メディア構築」も「PR」も、たったひとつの法則「ABCユニット」で極める!《全国通信受講対応》


記事:西部直樹(ライティングゼミ)

 

 

 

「最近、胸が痛むんだ」

友人は、少し眉間にシワを寄せて、呟いた。

今日は、珍しく普通のハイボールを飲んでいる。

 

「それは、心臓の病気じゃないのか?」

私は、それ相応の歳になった友人のことを思い、数年前に胸を押さえて亡くなった従兄のことを思い出していた。

「筋肉痛でも胸が痛くなるよ」

妖艶な人妻は、レースに包まれた脚を組み替えながら、少しつまらなそうに言う。

今日は、珍しくホワイトホースのロックだ。

「知らないうちに骨が折れていることもありますね」

華奢で可憐な彼女は、鳥の軟骨揚げをつまみながら、小首を傾げる。

 

「いやいや、違う。

病気でも、骨折でもない。分かっているんだ。原因は。

ある女性のことを思うと、キュッと胸が締め付けられるようになるんだ」

 

「彼女に、なにかの呪いでもかけられているの?」

妖艶な人妻がからかう。

 

「恋、だと思う」

アラウンド還暦の友人は、少し厳粛な表情を漂わせ、静かに言った。

 

「鯉? 川に棲んでいる魚?」

妖艶な人妻は、訝しげな表情で問う。

「濃い? 毛深いのか?」

私は、なんのことだかわからないふりをした。

「え~と、故意? わざとなんかしているの?」

少し間を置いて、華奢で可憐な彼女が言う。

「え、いまグーグル先生で検索しただろう?」

友人は、彼女が手に持つ携帯に指を突きつけて、憤然としている。

「だって、さっと思い浮かばなかったんだもの」

彼女は、携帯を振る。

 

「フォーリンラブの恋だ」

友人は、普通のハイボールで顔を赤くしている。

「だれに? まさか、石原さとみ?」

妖艶な人妻の眼がキラキラしている。

「だれに? まさか、深田恭子?」

華奢で可憐な彼女も身を乗り出してきた。

「だれに? まさか、新垣結衣?」

私は笑いを含みながら言った。

 

「なんで、おまえら、俺の好みを知っているんだ?」

「Facebookで、毎日「いいね」を押しているだろう。彼女たちの写真に」

「え、それって、わかるの?」

 

「まあ、いい、そういう芸能人ではない、普通の人だ。よく会う人だ」

友人は、いつもより濃いハイボールをクイと飲み干す。

「それなら、いってくれればいいのに」

なぜか妖艶な人妻は居住まいを正す。

「あら、気がつかなかった、ごめんなさいね」

華奢で可憐な彼女は、友人に向かって微笑んだ。

 

「まあ、君たちでないことは確かだ」

友人は溜息をついた。

「どうしたんだ」

いつもより、元気のない友人が気がかりだ。

 

友人は、お変わりのハイボールに口を付けながら、話しはじめた。

 

少し前に三田完の「俳風三麗花」という小説を読んだときのことだ。

そこに描かれている句会の様子が、とても気になって、俳句を作ってみたいなと思いはじめただんだ。

新聞への投句もいいけど、やっぱり句会に参加してみたいじゃないか。そこで、近くの句会に入ったんだよ。

まあ、俳句の腕前はなかなか上がらないけど、そこに集う人たちが面白くてな、ずるずると参加し続けていたんだ。

一年半前かな、そこに彼女も参加してきたんだ。

その句会は、オレが最年少か、と思えるほど年齢層が高かったんだ。

そこに30にもならない若い女性が参加してきたから、まあ、目立ったな。

 

正直なところ、俺も一目で気に入った。

明るい色の髪、軽やかなショートヘアで、そこに暗い色のフレームの眼鏡が似合うんだな。

そして、話が可笑しいんだ。なんか。

面白いんじゃなくて、可笑しいんだ。

話していると可笑しいのだけど、俳句はうまかった。

俳句の詳しいことは知らないようだったけど、

彼女の読む句は、澄んだ空とか、透明な音楽、涼やかな色合いを感じさせるんだ。

 

その句会は、集まってやるだけじゃなくて、吟行をしたり、俳句とは関係なく飲み会をしたり、

と、なんだかんだと集まるのが好きなんだな。

そういうところに、彼女も足繁く来るんだよ。

 

そんなことを半年も続けていたら、彼女が引っ越をするというんだ。

仕事を変えるから、というのが表向きの理由だけど、

話していると、どうやら長年つきあっていた人と別れたらしい。

 

その話を聞いた時、自分の胸の内がなにかひやりとしたのを覚えている。

付き合っている彼氏がいるのに、毎週のように集まりに参加していた。

俳句を詠み、みんなと飲んだり、遊んだりして、そして、彼氏の元に帰っていたのか。

と思うとな、胸の底がしんと冷えたんだ。

彼女は、彼氏といる時はどんな表情を、仕草を、話をしていたんだろう。

と、ふと思ってしまったんだな。

 

なんだかな、いい歳をして、と自分でも思ったよ。

 

彼女が引っ越しをした頃、入っていた句会が解散になってしまった。

主催の人が高齢で、もう続けられないというんだ。

その人は、潔いというか、執着のない人で、この会は一期一会、終わったら後は、各自自由にするようにとのことだった。

 

これでは、もう彼女と会えなくなってしまうのか。

と思ったら、思わず彼女にLINEをしようと話しかけてた。

俺としたことが、何を血迷ったのかな。

彼女はすんなりとLINEを教えてくれたよ。

 

それから、

それから、

なんだかなんだといい訳をして、彼女と会うようになったんだ。

面白い映画があるよ、とか、

俳句展があるとか、

美味しい店を見つけたとか

前の句会仲間とちょっと飲もう、とかなんとか。

 

彼女も素直に会ってくれるからな、

嬉しくなってな。

 

ある時、元の句会仲間とカラオケに行くことになったんだ。

でも、仲間は俺より年上だからな、風邪ひいたとか、葬式があるとか、膝が痛むのよ、とか、

たまたまだけど、集まったのは俺と彼女だけ。

二人でカラオケに行ったんだ。

彼女と俺は、30歳近く離れている、彼女の父親より俺の方が五つも年上なんだ。

だから、歌の好みも知っている歌も全く違うはずなのに、

彼女は懐かしい、俺もよく知っているような歌を選んで歌うんだ。

母がよく聞いていたから、とかいいながらな。

 

彼女の優しさに、心打たれたね。

参ったなあ、と思った。

 

だから、参っているんだ。

 

 

友人は少し長い独白を終えると、いつもより濃いめのハイボールを飲み干した。

 

「それで、彼女には言ったの?」

妖艶な人妻は、単刀直入だ。

「ああ、毎回言っているよ。好きだって。

彼女は、前の会社でも俺くらいの歳の人から、好きだよ~、って言われていたので慣れてます。って言われた。

あるいは、ありがとうございます。って、それだけだ」

友人は嘆息する。

 

「彼女は聡い人なんですね」

華奢で可憐な彼女が、ぽつりと言う。

「ああ、彼女は賢い、大学は工学系をでているんだ」

「勉強もできるんだ。でも、聡いのは、そういうことじゃなくてね」

妖艶な人妻が続ける。

「彼女は、たぶんあなたのことは嫌いじゃないと思う。生理的に受け付けない人とは、映画や食事には、一回くらいは行ってもその後はないから。

好きと言われて、きっぱりと、「そのようなことを言われても困ります」とか言われたら、

反対に、私も好きです。といわれたら、どうする?」

「どちらにしても、終わりだな。困る相手は誘えないし、お互いに好きとわかったら、その先に進んでしまう。そうしたら、たぶん、大変なことになる」

「だから、彼女は断ることも、受け入れることもしないのよ」

妖艶な人妻が友人に向ける眼差しは優しい。

 

「でもな、辛いんだ。彼女は工学系出身だから、男友達が多いし、俳句と映画以外、同じ趣味はないし。

会えない時、彼女はどうしているんだろう、って思ったら、なんか切なくてな。

ちょっとそんなこと考えて落ち込んでいたら、妻が「どうしたの?」って聞いてくるんだ。

思わず、いま恋しているんだ、と相談しそうになって、慌てたよ、ハハ」

友人の笑いは少し乾いていた。

「相談すればよかったのに、陽子ちゃんなら、相談に乗ってくれたかもしない」

妖艶な人妻は、友人の妻とは親しい。

「夫の恋の相談を受ける妻、ちょっとシュールというか、修羅場でいいかも」

華奢で可憐な彼女も悪のりをする。

 

「それで、どうしたいんだ」

私は友人の肩に手を置く。

「そうだな、彼女のファンになろうと思うんだ」

「ファン?」三人が唱和する。

 

「そうだ、好きだから付き合いたい、ただの茶飲み友達じゃなくて、と思うが、そんなことになれば大変なことになるだろうし、付き合ってもやがて別れるかもしれない。別れることがあるくらいなら、付き合いたくない。

だから、ファンになろうと思う。芸能人のファンと同じだ。

彼女がどうなろうと、いつか結婚しようと、子供を産もうと、離婚して別の人と結婚しようと、ファンなら、彼女のことを好きでいられる。ファンはそういうものだろう」

 

「それでいいなら、いいけど」

妖艶な人妻は、長く止めていたい気を吐き出すように言うのだった。

「ファンは、片思いですね、永遠に」

華奢で可憐な彼女は、友人の方をトントンと叩きながら言うのだった。

 

大人になってからの恋は、面倒だ。いろいろと。

まして、結婚している者は。

 

ファンになると言った、友人の表情は少し晴れやかだった。

 
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

【8月開講/東京・福岡・全国通信対応】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《初回振替講座有》
【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
【関西・通信コース】

【東京/通信】未来を変えるマーケティング教室「天狼院マーケティング・ゼミ」開講!「通信販売」も「集客」も「自社メディア構築」も「PR」も、たったひとつの法則「ABCユニット」で極める!《全国通信受講対応》

【天狼院書店へのお問い合わせ】

TEL:03-6914-3618

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。

【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】

メルマガ購読・解除

【有料メルマガのご登録はこちらから】

バーナーをクリックしてください。

天狼院への行き方詳細はこちら


2016-08-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事