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メディアグランプリ

ギムレット一杯分の……


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記事:西部直樹(ライティング・ゼミ)

私がライティングゼミを受けるようになってから、友人たちは寡黙になった。

過日、友人と飲みに行った時のことだ、
「あ、これ面白い方法があるんだ」と友人が小鼻を膨らませ、話しはじめた。
なにやらあることに関する秘技を持っているらしいのだ。
「それで?」私も前のめりになって、話を促す。
「それで……、話すのヤーメタ! だって、話すと書くでしょ」
「ハイ、書きます」
「だから話さない」

と、話をしてくれないのだ。
私がライティングゼミを受けるようになってから、友人たちは面白い話をしてくれなくなった。

毎週、記事をアップするのは、正直なところ大変だ。
昔のこと、家族のこと、親戚縁者、友人知人のこと、自分のこと、身の回りのことはある程度書いてしまった。
新たな記事のネタを求めてはじめる。

日常の中で、常にネタにならないかと考えている。

今日食べた定食屋の食事がとてつもなく不味かった。
ふざけているな定食屋、とか、シリーズにできないか。

街を歩いていたら、女子高生の話が聞こえてきた。
隠語だらけで、なにを話しているのかわからなかった。
女子高生の日本語は外国語だったわけ、とかコンテンツになるかな。

健康診断の結果を話したら、友人が「なによそれ」と怒りだした話、とか。
あれは、これは、何とかならないのか。

そんな日々である。

街を歩いていても、電車の中でも、寛ぐためのカフェでも、キョロキョロとネタを探し回っている。
なかでも、電車やカフェで漏れ聞こえてくる見知らぬ人たちの会話は、ヒントに満ちている。
なんだ、それは? とツッコミを入れたくなるようなこともある。
おっと、そのツッコミ、ネタになるなあ、と。

お陰で、カフェや飲み屋に入っても、隣の人の声に耳を傾ける、怪しげなおじさんになってしまった。

静かに耳を傾けていると、こんな話を聞くこともある。

「ギムレットを」
バーのカウンターに向かい、中年のバーテンダーに頼む。
蝶ネクタイを締めたバーテンダーは静かにシェーカーを振りはじめる。

会社を出たら、結構な時間になっていた。
少し息を抜きたい。
ふらりと入ったバーは、カウンターだけのこていな店だった。そして、静かにジャズを流していた。

ギムレットを少し口に含みながら、今日の仕事を振り返る。
明日の仕事の段取りを考える。
スマートフォンのカレンダーを見て、予定を確認する。
ふと、顔を上げると、少々疲れた顔の男が見返していた。
カウンターの向こうの壁は鏡張りになっていたのだ。
酒瓶とグラスの間に私が映っていた。
ふう。

扉に付けられた古風なカウベルがなる。
二人連れが入ってきた。
席をひとつ置いて、二人は腰をかける。
20代後半か、若い女性たちだ。
奥に座ったのは、中背で肩までの髪をオカッパというのか切りそろえている。
細い眼にきつめの化粧がやり手の感じを与えている。
モデルの山口小夜子の感じがしないわけでもない。
もう一人は、小柄だ。
明るい髪色のショートヘア、黒い縁の眼鏡が整った顔にアクセントを与えている。
小動物のようになんだか可愛げだ。

二人を鏡越しに見ながら、どんな関係なのか、妄想がわき起こる。
人を見ると、いろいろと妄想を巡らせてしまうのは、ライティング・ゼミの副作用でもある。

友達同士、会社の同僚、あるいは恋人同士、どれもありふれている。
旦那の不倫相手とその妻が、なんだか仲良くなって一緒に飲みに行くようになって、そして、二人は……。妄想が暴走してしまう。

二人は、カルーア・ミルクとルジェカシス・ミルクを頼んでいた。
酒には強くないのかな。

スマートフォンをのぞき込みながら、二人の会話を聞くとはなしに、いや聴く気を満々に耳を傾けた。

「カンパーイ!」
「お疲れ、一息ついたね」
「これで、先方の脂ぎった担当ともお別れかと思うと、ホッとするよ」
山口似がカルーア・ミルクを半分ほど飲み干す。
「でも、向こうはミドリのことを気に入っていたみたいだよ。何かというとミドリさんは、ミドリさんは、って。それは私が担当です、といってもミドリさんの意見も聞きたいんだよね、と強引だった」
ショートヘアが楽しそうに言う。

「ホントに、あのアブラの娘は私より年上なんだよ。何を考えているんだか。でも、一回くらい寿司でもおごらせたら良かったかな」
「二人きりで」
「ああ~、やっぱりダメ。仕事でなかったら、お茶もしなかったかも。父親より年上の人とは、どうもね」
「お父さんより上なのか、どう思うと」

「って、あんたはまたそのお父さんより上のお友達と映画にいったんだって」
「ああ、面白かったよ「ペット」、ミドリも観たら」
「よく、行くよね、おじさんと」
「若いのといくより気楽だよ、既婚だし、彼の娘さんと友達になりたい、高校生で可愛いの」
「なんで、娘のことまで知っているの」
「その人の家で、飲み会があって、その時に……」
「え、自宅まで行ったの?」
「みんなでね」

「ふ~ん、可愛い顔して、何を考えているんだか。
ところでさ、あの大島君がサオリにスキスキ光線出していたの気がつかなかった?」
「え、そうなの、ゼンゼン気がつかなかった。普通に話していただけだったし。打ち上げでも、近くにも来なかったじゃない」
「でも、わたしには何となく相談されたよ。サオリさんは、どんな人が好きなのかなあ、って遠回しに」
「まったく、肉系男子は、わざわざ食いには行かないっていうの!」

「うちのプロジェクトチーフの、相沢さんも、わたしに折角のプロジェクトチームだから、このあとも、何とか言ってラインのグループ作りたがっていた。狙いはサオリだってバレバレなんだけどね」
「相沢さんは、結婚しているんじゃなかったっけ?」
「リッパな独身、腹出ています男だよ。40ちょっと過ぎかな」
「ああ、もう、わたしの気がつかないところで、こそこそされるのはイヤなの。正々堂々と振られに来いって!」

「その年上の人は振らないの? 好きとか言ってくるでしょう」
「うん、会う度に言われる。だから、ありがとうって」
「なにそれ、ありがとうって、どういうこと?」
二人とも酒には弱いのか、体が揺れている。

「好きって言ってくれるんだから、嬉しいじゃない。だから、感謝しているの」
「何それ! 好きなの?」
「好きよ、ああ、そういう意味じゃなくて、人として」
「でも、向こうはそういう意味で好きなんでしょ?」
「だから、手を出したら、二度と会わないっていってある」
「なんか、ひどいような、すごいような……」
「堂々と誘ってくるのは、彼だけだし。俳句もやっているしね」
「あんたも渋い趣味よね、俳句が好きなんて。で、そいつ、俳句はうまいの?」
「ハハ、下手、ド下手ね。

手をのべて とどかぬ先の 冬の月

とか。なんだかわかんない句ばかり」
「ふ~ん、わたしは良し悪しはわかないけど、彼の句を覚えているのね」
「……あまりに下手なんで、ちょっと忘れられなかったのよ」
「ふ~ん、まあ、いいけど。ねえ、お代わりちょうだい。あ、ちょっといってくる」

山口似のミドリは、スツールを降りて化粧室へ行ってしまった。
一人残されたサオリも、お代わりを頼む。
「ねえ、聞いていた?」サオリは、空いたグラス差し出しながらバーテンダーに話しかける。
「すこしだけ。私も「ペット」を娘と観ました。面白かったですね」
彼は、静かに応える。
「娘さんは、本当の?」
「ハハ、小学5年生ですよ」
「なんだあ、でも、モテるでしょ」
「ただのおじさんですから……」
「おじさんは、若いのに弱いよね。すぐになんだかんだと奢ってくれるし……」
「おじさんは、若者に優しいのです」
「ふふ、ホント、簡単なんだから……」

私はサオリの顔を鏡越しに覗き見た。
鏡の中のサオリと目が合いそうになった。
彼女は、鏡の中で目を伏せた。

その後、戻ってきたミドリとサオリは、終わった仕事の話をはじめた。
無能だけどそのことに気がついていない上司への厳しい評価。
仕事が遅い同僚への辛辣なアドバイス。
可愛い後輩女子の仕事のやり方についての後ろ向きな感想
過大な要求をしてくるクライアントとの上手なつきあい方、あるいは要求への巧みなかわし方、などなど。

彼女たちの辛辣な言葉を一通り聴き終え、ギムレットを飲み干すと、そのバーをあとにした。

帰りの道、ふと見上げた空に、月が朧にかかっていた。

月を見ながら、思った。
サオリの彼? が詠んだあの下手くそな句は、
いつもいるのに、手は届かない、それがもどかしい、
ということか。

おじさんは、何を考えているんだか……
その彼女も……

まあ、とにかく
私はギムレット一杯分の酔いにまかせて
心の中でエールを送った。
ミドリさんも
サオリさんも、
そして、名も知らぬおじさんも
頑張れ!
と。

ギムレット一杯分の会話をありがとう。
いいネタになりました。

 
***

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2016-08-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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