メディアグランプリ

いい子だから親孝行するんじゃないからね


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記事:吉田裕子(ライティング・ゼミ)

「よっしゃぁぁぁぁぁっ!!」

8月6日午前10時1分。

スマホを握りしめた私は、雄たけびに似た歓声を上げていた。

数ヶ月前からこのときを待ち構えていた。決してその時を逃さないよう、9時55分にタイマーもかけておいた。その甲斐あって、無事、目的を達成できた。

一呼吸ついてから、改めて確認すると、10時3分には既に手遅れになっていた。

勝利。

私は戦いに勝利したのだ。

大相撲九月場所の初日、枡席のチケットを取る、という戦いに。

もともと相撲は好きで、これまでも何度か見に行った。そのときは、いつもイス席。国技館はそれほど広くないから、イスの後ろの方でも十分よく見える。枡席は1人1万円かかるし(後方のイス席なら3800円)、座り心地だって、イスの方が良いのではないかと思う。でも、今回はどうしても枡席のチケットを取りたかった。

なぜなら。

「どうせ相撲見に行くなら、あの、枡席ってやつで見たいかな~」
と母が言ったからである。

両親は三重に住んでいて、私は東京。58歳の父はまだ忙しく働いているし、私の方も、休みはそう多くない。気軽に会える状況ではないけれど、近年は、何かしら理由を作って、数ヶ月に1度は会っているように思う。

私が実家に帰省したり、親が上京してきたり。今回は相撲を見に行くけれど、お芝居を見に行くこともある。スカイツリーにものぼったし、伊豆や河口湖に現地集合して遊んだこともある。この春は、大阪まで出かけて、評判の歌舞伎版『ONE PIECE』を見た。その後、道頓堀のかに道楽でカニのフルコースをおいしく食べたのも、楽しい思い出だ。

そういうときは、全額でなくても、できるだけ私が出すようにしている。なかなかの出費になるときもあるけれど、両親が喜んでくれれば、悔いはない。

両親を喜ばせたい、と思う。

ただ、その行為を、
「親孝行だねぇ~」
と言われると、違う気がする。

自分のやっていることは、そんな立派な言葉にはそぐわない気がする。

善行をしているように言われると、何だか気持ち悪い。むずがゆいのだ。

そして、これは照れや謙遜の問題ではない気がする。

というのも、自分が両親に何かをするとき、「両親のために〇〇してあげよう」という感覚はあまりないのだ。善いことをしようという気持ちでやっている感じはない。

喜んでもらえても、「あー、今回善いことしたな~!」とは思えない。

そういう達成感というよりは、解放感。ホッとするような感覚を味わっている。

それは、私の20代の過ごし方に原因があるかもしれない。

例えば大学4年の春、就活の時期。母は、大手都市銀行など、社会的評価が高く、安定した大企業への就職を期待していた。私はそれに共感できず、アルバイトをしていた学習塾にそのまま社員として就職することを選んだ。電話で話すうちにケンカになることもあり、しばらく親の携帯や実家の電話を着信拒否にしていたこともある。

さらに私は、27歳の頃、フリーランスになった。フリーランスといえば、多少聞こえはいいが、「非正規雇用ということだよね?」「フリーターと何が違うの?」と言われたら、なかなか答えにくい。まあ、東京の若い人なら、フリーランスとか起業とかいう言葉になじんでいると思うが、田舎で暮らす両親にとってはどうだろうか。

まして、父は、割と大きい会社に新卒で入社し、そのまま勤め上げているのだ。父や、その父を見てきた母に、この働き方を理解しろというのは難しい。「裕子は大丈夫なの?」とずいぶん心配したことであろう。

しかも、20代前半には、当時お付き合いをしていた方とあれこれあったので、その点でも心配させた。

そのまま独身で30歳をむかえた点についても、かなり気を揉んでいたように思う。

こんな風に私は、20代の間、両親にさんざん心配(ときどき迷惑)をかけてきた。

その痛切な自覚が、私を今、親孝行(的な行為)に駆り立てているように思うのである。

言うなれば、この親孝行は、借金の返済である。

募金のように、善意から何かプラスのことをする、という感覚ではない。
私は、ひどくマイナスの状態だ。このマイナスの現状から、少しでもプラスマイナスゼロの状態に近づけようと足掻いているのである。

借金なのだから、やはり、取り立てられている感覚がある。
親が何かを言ってくるわけではないけれど、「何かしなくては」という焦りから行動に出ている感覚がある。

少しくらい返したって、「まだいくら残っている……」という絶望感の方が大きいから、達成感はない。

私は早くこの借りを返さなければ、社会的にまともな人間とは言えないのではないか、とさえ思う。

いい子だから親孝行をしているんじゃない。
ずっと悪い子だったから、そのマイナスを何とかしたくてあがいているのだ。

いつか、この借金、返し終えたと思える日は来るだろうか?

罪を償う感覚でなく、純粋に、両親のためを思って、善いことができる日が来るだろうか?

そのとき、私は、今とは違う幸せを味わえるのだろうか?

そんな興味もあるけれど、とりあえず今は、動機は何であれ、結果として、両親がほんの少しでも喜んでくれていたら良いかな、なんて考えている。

とりあえずは、大相撲九月場所が楽しみだ。
 
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-08-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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