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メディアグランプリ

昔の恋の回想は、人妻の魅力を左右させる。


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南のくまさん(ライティング・ゼミ)

私は本当に影響されやすい人間だ。そして同時に盲目的な恋をしやすい。
好きな人が好んでシンプルなモノトーンコーデをしていれば、自分もそういった系統の服を着てみたり、好きな人が聴いている音楽、読んでいる本、普段見ているというテレビ番組など、情報が入ればそれに沿った行動を自分もやってしまうタイプだ。軽くストーカーチックだが。まだガラケーだった学生時代、好きな人とメールをしては「センター問い合わせ」をして、返信はまだかまだかと一晩中携帯を握りしめたりもしていた。

 高校生の時、部活のひとつ上の先輩が好きだった。背が高くて、寡黙で勉強も出来た彼は常に成績は上位。そしてピアノが上手で、毎年文化祭でやる合唱コンクールでは必ずピアノ伴奏をやっていて、私は観客席からぽーっと先輩の演奏する横顔に釘付けだった記憶がある。まさに彼は才色兼備だった。すらっと長くて細い指、美しい手だった。
先輩はプライベートな事は後輩である私たちには一切話さなかったので、そのミステリアスさは私を始めとする、先輩の「崇拝者」らのあらゆる妄想を掻き立てた。頭がいいから記憶力抜群で、家では1時間しか勉強しないらしいとか、モテるけども本当は女嫌いだとか。先輩女子と仲良さげに2人で話している所を誰かが見掛けようならば、「あの2人は付き合っている」という噂がすぐに出回ってそのたびに私は肝を冷やした。
 

同級生とよく先輩の話をした。「今日のあの仕草見た?」「今日すれ違ったとき、柔軟剤のいい匂いがした~」「今日眠そうだったよね。寝不足?」
私はあくまで「崇拝者の1人」を演じ、ほぼ叶わぬ恋であるため本気で好きであることはひた隠しにしていたが、唯一、信頼できる親友のB君にだけ本当のことを打ち明けていた。
先輩は後輩のB君には気さくにいろいろ話をするらしく、B君はいろんな先輩に関する情報を話してくれた。そして私は仕入れたその話を女子に言いふらし、「へぇー!」と驚く女子を見て優越感に浸るという、非常に性格の悪い女であった。
先輩の事を好きになってから、私は「先輩に後輩の中でも一目置かれたい」という不純な動機で一所懸命に部活に取り組んだ。部活中は自然と先輩を目で追い、時々ふと顔をあげて先輩と目が合おうものならその日1日は幸福感で溢れていた。ピンとしわのない清潔感のある真っ白なワイシャツ。その袖を七分袖にまでたくし上げた少しサラリーマン的な姿がかっこよすぎて悶絶していた。
しかし、B君は私が先輩を好きであることにあまりいい顔をしなかった。B君と話すときは、いつも先輩の話ばかりしていたため、最初は「あー鬱陶しがられているなぁ」とか思っていたがそういうわけではなかったらしい。その理由はすぐにわかった。
私が、思い切って先輩のアドレスを聞き出すという偉業を成し遂げた頃、いつものようにB君とたわいのないメールのやり取りをしていると、ぽつりと「やめてたほうがいいよ」と言ってきたのである。
「え、なんで?」
「さぁね」
もともと寡黙で何を考えているかわからない男である。肝心な事はいつも何も言わない。
「彼女いるのかな」
「彼女はいないよ、たぶん」
「じゃあなんで」
「さぁね」
 面倒くさいな、と思っていた。私のこともしかして好きなんじゃないのー? とも思っていた。それよりも先輩とメールできる事が嬉しくてしょうがなくて、私は毎日勉強そっちのけで先輩とのメール交換に明け暮れた。好きな音楽の話、どうやったら先輩みたいに勉強ができるのかとか、普段家で何をしているのかとか……。先輩は絵文字を全く使わない、シンプルな文面でそこも好きだった。こんなに私にメールしてくれているじゃない! と、B君の忠告はすぐに頭から消え去っていった。
 しかし、少し「ん?」と思い始めたのは、先輩とメールし始めて2週間ほどたった頃で、先輩の送ってくるメールがだんだんとナルシストじみてきた事に私は気づいた。要は、「今日の俺どうだった?」的なメールが毎日くる。そして私は健気にも「かっこよかったです」という内容を返す。毎日この繰り返しだ。本当はそこで「嫌やわ、こんな人」となるのが普通であるのだが、恋は盲目。私はあの時どんな事があっても先輩のすべてが好きで好きでしょうがなかった。おそらく爪の垢も煎じて飲めたくらいに。
 先輩のナルシストメールはさらに加速していった。そして次第に私の好きな人を探るようになり、それはまるで私が自分の事を好きである事を気づいていて、早く私から告白させたいようだった。
「好きな人いるの?」
「いや……いますけど……」
「へー、だれ?」
「いや……教えられません」
「同じ部―?」
「えーと、はい」
 こんな感じに趣味の悪い男である。この段階でも向こうも自分の事が好きかもしれないから、好きだと早く言わせたいんだ! と謎の自意識過剰っぷりを発揮する。
 しかし、この盲目的な恋はあっけなく終わりを迎える。しびれをきらしたのは当然私のほうだった。ある日、会話の流れで「好きな人は先輩です!」とメールを送ってしまったのである。今思えば、あれほど雑な告白はない。まずメールだし、仕方なく言った感じあるし、○○だから好きだとかもない。
 先輩は「どこが好きなの?」と聞き、自分の好きな所をいくつか聞き出した後、さらりと
「でも、付き合えないなぁ」と言ってきた。理由は先輩後輩の関係だからとか。
 しかし、のちに私は先輩と私の友人が付き合っている事を知るのである。B君の忠告をふと思い出して後悔したのもその頃だった。
 一瞬でも先輩やB君が自分の事を好きなんじゃ……など思った自分が恥ずかしかった。

最近のことである。
久しぶりに、お風呂上りに体重計に乗ってみたのだが、そこで人生最大値を叩き出してしまった。そういえば、顔は最近丸くなってきているし、背中の肉もやすやすと掴むことが出来るし、下腹部の肉はすんなりズボンの淵に乗ることが出来るようになっている。昨年の結婚式から約1年、あまりにも増量しすぎたその値に私は絶句した。
 私はリビングでごろ寝している旦那に嘆いた。
「あ~太った~痩せないと……」
「前からじゃん」
 冷たい! 昔(といっても、三年前)は「太ってないよ」とか「今のくらいがいいよ」とか言ってくれていたじゃないか! すぐ終わりを迎える私のダイエットにも「しょうがないなぁ」と苦笑しながら付き合ってくれていたのに。
 もうひとつある。蒸し暑い日の事。ヘアバンドで髪を上げて家事をしていたら、どこかのタイミングで外したのであろう、ヘアバンドが頭から消えていた。私は家中を歩き回って探すが、どこにもない。ここはリビングでごろ寝している旦那に聞くしかなかろう。
「ねぇー、ヘアバンドが無くなったー。見なかったー?」
 旦那は眠そうにこちらをちらりと見た後、すぐにテレビに視線を戻して言った。
「……その首からかけているのはなに」
「あっ」
 

 盲目になるのは恋だけだと思っていた。しかし、盲目的な恋をしやすかった私は結婚後も相変わらずだったわけだ。
日々好きなだけいろんなものを食べ、人生最大に重くなっている自分にも気づかず、ぼーっと毎日を過ごし、自分の首に掛けたヘアバンドさえも気づかなくなっていた。これでは旦那も気の毒だ……。
思い立ったが吉日。今度こそは盲目にならずに真実と向き合うのだ。結婚し、夫婦という約束された関係に甘え、怠け、丸々と肥えてしまった自分と。そして結婚前の魅力あった自分を取り戻すのだ。
 

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-09-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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