メディアグランプリ

自己主張しないと消えてしまう恐怖を味わったあの日の記憶


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記事:小野勝秋さま(ライティング・ゼミ)

「自己主張」

このことを意識し始めたのは小学校の高学年の頃だった。それまではそんなことを全く意識せずに生きてきた。まあ小学生だから普通なのかもしれないけど。

たしか、理科の授業で何かの実験のときだったと思う。数名のグループに分かれて指示通りに進めていくのだが、僕はそのやり方がとても嫌いだった。グループに分かれると必ずその中に仕切りたがる奴がいるからだ。

自分のことは自分でやることを好み、人の指図を受けることが苦痛だった少年の頃の僕は、グループに入ると積極的に行動できなくなってしまうタイプだった。

その日も、グループの中に仕切る奴はいて、その仕切り屋を中心に実験は進められていたので、僕はおもしろくなかったが、だからといって自分がやりたいと主張することはできなかった。

そのとき、事件が起きた。

仕切り屋がミスをして、実験が失敗してしまったのだ。グループのみんなは唖然としていたが、誰も失敗を指摘することもないし、当然のことのように、仕切り屋が自分の失敗を謝罪することもなかった。普段であれば僕も何も言わずに「まあ仕方ないか」で済ませるところなのだが、その日に限ってなぜか口に出してしまったのだ。

「何やってんだよ! 俺にやらせればうまくいったのに」
「……」
一瞬、空気が凍りついた。言った本人がいちばん驚いた。
仕切り屋は、戸惑いながらも強気で反撃してきた。
「そんなこと言うなら、お前やってみろよ」

もう引くに引けない状況だった。おそらく普通の状況であれば、何も難しくないことだったんだと思う。けどそのときの変な緊張した空気の中、平常心で行動できるほど僕の心は強くはなかった。結果は仕切り屋と同じ失敗だった。

仕切り屋の勝ち誇ったような視線と、他のメンバーのあわれむような視線が、僕の体に容赦なく突き刺さった。僕は言い訳することも、謝罪することもできなかった。ただ呆然とその場に俯いたまま、立ち尽くすことしかできなかった。

そのとき、僕は心に誓った。
「自己主張なんて、してはいけないんだ」と。

 

中学、高校と僕はその誓いを守り続けた。何かクラスで行事を行うときに、自分から進んで行動することは一切しなかった。反対に人から何かをすすめられたりしたときは、断ることもしなかった。できるだけ自分の意思を表に出さないように、それだけを意識していた。

そんな自分の行動に満足していたわけではなかったが、別に困ることもあまりなかった。

 

19歳のとき、僕は東京の学校に通うことになった。親元を離れ親戚の家に居候した。

学校のクラスには、知っている人は一人もいなかった。クラスメートとは一緒に昼食に行ったり喫茶店で時間をつぶしたりしていたのだが、自己主張しない僕はいつもなんとなく孤立していた。孤独感を初めて感じるようになった。

そして不安になった。
「なんとかして自己主張しないと存在が消えてしまう!」

とはいっても、これまで長年染み付いてきた自分のスタンスを変えることは、そんなに簡単なことではない。無理に自分をアピールしようとすると、変な空気になってしまうことが、たびたびあった。

「オレが通ってた高校に“教授”って呼ばれる同級生がいてさ、頭悪いんだけど“教授”なの。なぜかというと顔が篠沢教授に似てるから」
「……」
「篠沢教授に3000点! ハハハ!」
「……」

このままだと、ますます孤立していく、そんな危機的な状況だった。

 

入学してから2週間ほど経った週末、久しぶりに高校の同級生と会う機会があった。新宿歌舞伎町の居酒屋で飲んで、ミラノボウルで2ゲーム投げて、飲み直しということで、友人が馴染みのパブに行くことになった。

いまでこそカラオケするときは、カラオケボックスに行くのが当たり前だが、当時はカラオケボックスはまだ存在しておらず、パブやスナックで歌うことが普通だった。当然知らない客の前で歌うことになる。

僕は歌は嫌いではなかったが、初対面の人の前で歌うのは気が進まなかった。ましてや、友人が馴染みのそのパブでは、カラオケ用の小さなステージがあり、そこで歌うことを半強制されるのだった。

店に入ったとき既に、僕たちの他に3組の客がいた。隣のボックスに座っていた男性2人組は、常連客らしく交互にそれぞれのレパートリーを歌っていた。カラオケ慣れしているのだろうか、歌はそれほど上手ではなかったが、ところどころ入れるフリがとてもコミカルで、他の客や店員にバカウケしていた。僕の目は2人の歌うステージに釘付けになった。

「これだ!」
背中に電流が流れた。
「このワザを使えば話さなくてもアピールできるじゃないか!」

僕は2人の歌とフリのタイミングを、しっかりと脳に焼き付けた。

 

ワザを試すチャンスはすぐに訪れた。金曜日の夜、クラスの気の合う仲間たちの飲み会が開催されることになった。居酒屋での一次会のあと「”花金”なんで」ということで、二次会はパブに行くことになった。

はやる気持ちを抑えながら、僕はリクエストカードに氏名と曲名とコード番号を書いた。他の客が2人歌ったあと、僕のリクエストした曲がかかった。司会役の店員が僕の名前をコールする「それでは小野様お待たせしました。曲は『献身』です」ど演歌である。

出だしから途中までは普通に歌い、いよいよサビでフリを付ける。メロディに合わせて拳を握りガッツポーズのような動作を繰り返す。ただそれだけの単純なフリだったが、店内は異常に盛り上がった。
「やったぜ!」
調子に乗った僕は、3回目のサビのときに、
「みなさま、ごいっしょに〜!」
と声をかけた。
店内に異様な一体感が生まれた。
完全勝利であった。

この勝利で味をしめた僕は、レパートリーをどんどん増やしていき、カラオケキングになった。
社会人になってからもこのワザで、取引先の人たちとの友好関係を築いていった。

カラオケさえあれば、誰にも負けない自信があった。
僕にとってカラオケは『ポパイのほうれん草』だったんだ。

 

 

あれから約30年、当時通ったパブはいま1軒も残っていない。

そしてマイクをペンに持ち替えた僕は、書くことで「自己主張」をする術を学んでいる。

 

 

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2016-09-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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