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メディアグランプリ

黒いリボンの女とダイヤモンド


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記事:まみむめ もとこさま(ライティング・ゼミ)

その女性は70代。細身で、背筋はピンとしていて姿勢がいい。そして身長が高く、シュッとした顔立ちで、メガネをかけていた。
中でも指はすらっと長く品がある。手の甲にはシワやシミはあるが、血管がクッキリと浮き上がっている。私は、その青々とした血管こそが、彼女の心臓を動かす源だと感じていた。

彼女は私たち親戚の子どもから「病院のおばさん」と呼ばれていた。
病院のおばさんは、本家の長で歯科医師の妻。そして明治生まれの彼女も歯科医師だった。夫婦は揃って歯医者を開業し、町の名士と呼ばれていた。

一族を仕切っているのは、祖父の長兄。親戚の大人からは「大将」と呼ばれていた。そしてことある度に、みんなは本家に出向き相談をし、お伺いを立てていた。総領である大将は大学を出してもらったが、次男の祖父は小学校卒。祖父は早々に分家として外に出された。だからその孫の私も、分家となる。ここで誤解がないように言っておくと、私の生まれたところは東京から車で約二時間。畑もなければ田んぼもない。しかも村長や町長ではなく市長がいて、立派な市役所もある。本家、分家と言うと、犬上家の一族や、旧家をイメージするがそれは違う。ただうちは大将を筆頭に12人の兄弟がいて、そのほとんどが地元に残り、家を構えたため、今でも本家が存在するのだ。

そんな大将は長男坊なので、苦労を知らない。そして目立つこと、人の上に立つことが大好きだった。昔、市議会議員の選挙に立候補したことがあったが、見事に落選した。そもそも医者で、本家の長として君臨している彼が、「お願いします」と市民に頭を下げられるわけがなく、当然の結果だと私は思っている。が、当の本人はしばらく落ち込んでいたらしい。
そんな大将の一番の名誉は、町の消防団員の上に立つ消防団長だ。

一方、病院のおばさんは、婦人会を立ち上げ会長となり、女性参政権の運動をしていた市川房江さんを助けて、婦人運動家としても活躍した。社会的にはそれなりに功績を残してはいるが、大将と病院のおばさんの間には子供ができなかった。
だから本家では肩身が狭かった。大将のお嫁にいかない2人の妹たちに、いつもいじめられていた。でも私は病院のおばさんが好きだった。なぜかと言えばお年玉をいつも弾んでくれるからだ。2人が5000円のところを、病院のおばさんは決まりよく1万円くれた。子供のときはわからなかったが、これも小姑たちへのささやかな反撃なのかも知れない。

そして大将は83歳で死んだ。大往生だった。
私はまだ中学生だったが、母親に連れられ寝ている大将にお線香をあげに行った。が、なんかとっても違和感を覚えた。よく見ると、私は大将の顔ではなく、大きな黒い背中、そしてそのうえに大きな黒いリボンが揺れている、その後ろ姿に向かって手を合わせていたからだ。

その日は割烹着をつけた近所の人たちも大勢集まり、煮物の味が濃いだとか、薄いだとか台所は大騒ぎだ。私と妹は居場所がなく、居間の戸を開けると、すでに病院のおばさんが座っていた。入ってはいけない雰囲気が部屋いっぱいに充満していたため、黙ってすぐにドアを閉めた。すると近所のおばさんたちの大きな声が聞こえてきた。「全くね、秘書と言う名の“お妾さん”が仏さんの前でデンと座っていたら、奥さんも立つ瀬がないわよね……」。必死で聞かないふりをしても、女たちの通る声は耳にすんなり入ってくる。この一言で、私は黒いリボンの女の立ち位置が理解できた。

いよいよ葬儀。
リンを鳴らし、太鼓をたたき、シンバルのような鐘を交代に叩きながら、お坊さんが6人入ってきた。そしてその後に、豪華な袈裟を羽織った年配のお坊さんが入場すると告別式が始まる。
お坊さんが低い声で唸るように読む読経は、耳に心地よく眠気を誘う。うとうとしていると、すすり泣く声が聞こえた。これまた経のリズムにあっていて、子守唄のハーモニーを奏でてくれる。

しかし、しばらくすると様子がかわってきた。
前から泣き声が漏れると、それに負けまいと後ろからさらにしゃくりあげるような声が聞こえてくる。それに応えるように前の席から嗚咽が始まると、後ろの席では号泣に似たすさまじい雄叫びのような声が響いてくる。もちろん後ろの席で泣いているのは黒いリボンの女だ。前と後ろの大合唱は、コントのようであちらこちらから笑いが漏れ始めてきた。
最初は病院のおばさんも頑張ったが、なんせ体が細い。それに比べ黒いリボンの女はがっしりとしている。長期戦となったら、体力のない病院のおばさんは分が悪い。だんだん前の席の音はかすれはじめ、せき込んでしまった。こうなったら、もう病院のおばさんに勝ち目はない。黒いリボンの女は最後に「チーン」と鼻をかみ、勝どきをあげた。
私はふてぶてしい後ろの声が憎かった。

いよいよ出棺。
消防団の制服を着た人が棺を持ち、その後ろを病院のおばさんや、祖父が続く。私は黒いリボンの女が気になり、大きな背中の後ろに隠れて彼女を観察していた。あいかわらず大げさに泣いている。まるでどこかに国にいると言う、泣き女のようだ。
しかし病院のおばさんが、霊きゅう車の助手席に乗る前に一礼した瞬間、泣き女は黙った。そして助手席のドアを閉め、車内から一礼。長いクラクションが鳴っている間、私は目撃してしまった。白木の位牌を大切そうにかかえた彼女は、上にあった右手を静かに下におろし、それと同時に左手を上に持てきた。そのわずかな瞬間、病院のおばさんは窓の外にいる黒いリボンの女に見えるように、血管の浮き上がった左手の甲を外側に向け、すらっと伸びた薬指のダイヤの指輪をかすかに動かした。
それはほんの数秒の出来事。でも窓ガラスに映った病院のおばさんの顔は、それまでのよわよわしさはなく、実に凛としていてキレイだった。
「やった! 勝負あった!」と、私は興奮を押し殺し合掌して大将を送った。
黒いリボンの女は手を合わせることをわすれて空をみていた。

私を大人の女性のしたたかさと、狡さと、怖さが、美しいことをそのとき学んだ。

 

 

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2016-10-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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