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メディアグランプリ

メイクアップ講座で体感した、幾度目かの思春期


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記事:石村 英美子(ライティング・ゼミ)

 

 

「どのような思いで、ご参加下さったんですか?」

 

ショートヘアでキリッとした顔立ちの先生は、私に椅子を勧めながら、にこやかにこう尋ねた。

 

書店で催されるメイクアップ講座の、キックオフの会に来ていた。テーブルには鏡やメイクブラシ等、それらしき設えがしてあった。私は特に決まった考えもなく来てしまっていたが、口からは咄嗟にもっともらしい事がついて出た。

 

「演劇をやっているので、人様のメイクをすることがあって。でもきちんと勉強したことがないから」

 

嘘じゃない。嘘はついていない。演劇のためのメイクで呼んで頂くことがあるし、もっと上手かったらな、と思うのは事実だ。でも言いながら自分自身しっくりこなかった。

 

向かいの席にはもう一人、姿勢の良い清楚な女性が座っていた。彼女も同様のことを尋ねられていた。彼女はこう言った。

 

「私は綺麗になりたい。そして良いことはお友達にも教えてあげて綺麗にしてあげたい」

 

要約するとこんな事だった。素直でまっとうな発言である。なるほど素晴らしい。でも私がフックしたのはそこよりも、彼女自体だった。

 

かわいい。

 

彼女はIさんと言った。大きな瞳で真っ直ぐに相手を見てハキハキと受け答えをし、終始にこやかだった。レスポンスの早さと、会話の押し引きのわきまえ方から、頭の回転の早い人だな、と思った。

 

憧れる。こう言う女の人に憧れる。カウンセリング中、褒められたら素直に「本当ですか? 今日来てよかった!」と喜び、ここが難点よねと言われると「そうなんです! どうしたらいいですか?」と笑顔で質問する。

 

かわいい。素直でかわいい。

 

誰が何と言おうとかわいい。ともすれば意地悪なお局さまに舌打ちされそうでもあるが、かわいいだけじゃなく仕事もできると思われるので、きっとお局が付け入る隙はない。そしてやっぱりかわいい。

 

あぁ! なぜ私はこう言う風に生まれなかった、または育たなかった!環境のせいか、オカンのせいか、はたまた自分のせいか! ま、たぶん全部だ。

 

かわいいIさんは、何の前触れもなく私の「オレこんなオレいやだ」スイッチを押してしまった。そしてすぐ、彼女がスイッチを押した、もう一つ理由にも思い当たった。知っている人物に、似ているのだ。

 

 

まだ20代の頃。

 

その頃も「オレこんなオレいやだ」と思っていた。全く成長がない自分に嫌気がさすのは一旦置いといて、この時なぜかこんな計画を立てた。

 

「違うキャラになってみよう」

 

たまたま転職の合間、3週間ほどの単発の仕事を引き受けた。お歳暮発送の伝票処理の仕事だった。ずっとは無理でも期間限定なら、違うキャラになってしまえるのでは? と思い付き、本来の自分とは真逆とも言える人物になる事にしたのだ。設定はこうだ。

 

明るく、よく笑い、口数が多く、返事が早く、一生懸命頑張る、人懐こい後輩キャラ「石村ちゃん」

 

けっこう綿密にやった。なるべく明るい色の服を着て、きつく見えないようにメイクにも気をつけた。なるべく自分から話しかけ、本性のダークな自分を徹底的に排除した。そして本当に「石村ちゃん」と呼んでもらえた。

 

やってみると、意外なほどにうまくいった。

普段、頭の中だけで思っている事を、キャラに従った言い方で笑顔で口に出せばいいのだ。

 

(その伝票待ちなんですけど)⇒「それ、終わったら私に下さいねっ」

(定時までに終わるわけないだろ)⇒「頑張りますけど、出来なかったらゴメンなさい」

 

当時の友人からニホンゴスコシと揶揄われた私が、石村ちゃんになるとよく喋った。輪になって雑談しているところへ「何の話ですか?」と割って入る事もできた。パソコンが出来ないことも、九九が怪しい事も欠点ではなくおいしい話のネタだった。

 

期間限定ではあるが、なりたい私、いや、見られたい私になった。思考フル稼動で疲労もする為、ぐっすり眠られて健康的だった。

 

さすがにちょっと疲れてきた頃、バイトの最終日を迎えた。

 

終業前、ふた回りほど年上の主婦のN野さんから手招きされた。

なんだろう? 給湯室でシメられるのかな。石村ちゃんはそれさえ口に出した。「なんすかぁ? 体育館裏に呼び出しですかぁ?」N野さんはちょっと笑ってくれて、こう言った。

 

「あのね、石村ちゃん。大丈夫。あなたはどこに行っても大丈夫。真面目だしいい子だし。私が保証する。仕事もすぐ見つかると思うよ。パソコンなんかすぐ出来るって! 自信持って、頑張ってね。一緒に働けて良かった。ありがとう」

 

そして綺麗な青いリボンのついた包みをくれた。半分透明だったので中身が見えた。「青が好きだと思って」N野さんはそう言った。クッキーと青いハンカチと、テディベアのキーホルダーが入っていた。

 

石村ちゃんはその時、きちんとお礼が言えたかどうか覚えていない。ただ、家に帰って包みを開いた途端、悲しくなってしまった事は覚えている。

 

N野さん。はい、青が好きです。でもあなたが褒めて下さった石村ちゃんはもう居ません。というか、もともと居ません。あれは作り物で、本当はこんな性根の人間です。私は、せっかく頂いた気遣いに値しない、紛い物なんです。ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 

騙しおおせた達成感より、罪悪感の方が大きかった。違う人物になったふりをしても「オレこんなオレいやだ」は、ちっとも解消しなかった。

 

今、目の前に居て快活に話しているIさんは、石村ちゃんに似ている。

 

いや、実際は似ても似つかないのだけれど、石村ちゃんが目指したような素敵な女性だ。石村ちゃんは作り物だったが、彼女は本物だ。だからこんな変なスイッチが作動したのだ。そしてIさんは「私は綺麗になりたい」と真っ直ぐに言う。

 

ああ、そうか。

頭の回転が遅い私は、時間をかけてだんだん分かってきた。

私は「恥ずかしかった」のだ。綺麗になりたいとか思っているのが、恥ずかしかったのだ。メイクアップ講座なんか受けて、年甲斐もなく今更? なんて思われたくない、笑われたくないと思っていたのだ。

 

なんだよ、まるで思春期じゃないか、しかも「オレ、そういうの興味ないから」みたいなニキビ顔の男子のような思春期だ! おい、男子、今なら前髪をいじるキミの気持ちが分かるぞ!

きちんと自分の意思を持ってそこに居るIさんが、(何度目かの)思春期の私にその事を気付かせてくれた。

 

講座終了時。

先生が受講者にお手本メイク施して下さった。希望を訊かれたので「覇気のある感じで」と答えた。メイク後の私は鏡の中で、いつになく自信と余裕がある顔をしていた。見た目に気持ちが引っ張られる感じがした。

 

私はメイクアップや、衣装の力を知っている。舞台の現場で、出来上がった顔を見て声のトーンや、歩き方まで変わる役者を何人も見てきた。でも、それが自分に起こるのを実感したのは初めてだった。

 

 

私は、この講座を連続して受けてみることにした。

「オレこんなオレいやだ」と思っている自分がいやだったら、そうじゃない自分になればいい。だけどそれは嘘をつく事でじゃなくて、自分自身を変えていく事でしか、成し得ない。だから、やれるだけやってみようと思う。

 

それが「メイクアップ講座」を受ける事だなんて、まぁ何というか、少し皮肉なような気もするけれど。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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