メディアグランプリ

ボートの行き着く先に何が見える?(降ってわいた舞台化に突っ走ったひと月半のこと)


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あかり愛子(ライティング・ゼミ)

「何か、短編あるんだよね? それここで演劇にしません?」

写真イベント真っ最中の書店で突然言われた言葉の、意味はまったくわからなかった。
時刻は午前3時。
深夜に行われる女性限定イベントだったので、書店内のあちこちに、寝落ちした女たちが横たわっている。
――演劇? ここで?
発言主は、この書店の店主だった。
言われた私は、同じくこの書店が主催する『小説家養成ゼミ』の受講生であり、当然作家ではない。
しかも、店主の彼は私の書いたその短編についても、あまりよく知らないようだった。

「一度演劇にしてみることで、もとの話にも厚みが出るんですよ。だから小説書く人には絶対プラスになる。あと、ずっと思ってたこともあって。演劇の素人でも、読む、書く、を死ぬほどやってる人は、読解力がすごいから、脚本を読み込む力が半端ないんだよね。だから、その人たちが本気で演劇やれば、演劇だけの人にも勝てるっていう仮説があって……」

店主の口からこぼれる言葉を聞きながら、私にも、ぼんやりと話の輪郭が見え始めていた。

――これは、実験なんだな。

だから、思いついた仮説を実証するために使われる物語は、おそらく何でもいいのだろう。
講座内で書かれた短編であり、ある程度の水準に達したと講師の先生が認めたもので、演劇に適した内容であれば。
つまり、私がここで手を挙げないのであれば、この権利はほかの誰かにスライドするだけだということだ。

――それは、絶対イヤだな。

演劇なんて、ほとんど見たこともなかったし、そもそも話に対する自信もたいしてなかった。
だけど、この話を良いと言った講師の先生をとりあえず信じて、今、目の前を通り過ぎようとしているボートに飛び乗ってみよう。
他の誰かが乗ってたどり着いた景色をのこのこ見せてもらいに行くくらいなら、行けるところまで自分でその景色に近づいてみよう。

「やります」

勢いで、手を挙げた、それがたったひと月半前の話だ。
この日「青空どろぼう」という、博多を舞台にした短編の舞台化が決まった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「脚本も書いてね。え、書き方知らない? 大丈夫大丈夫、小説かけたら脚本楽勝だから!」
「いやー、楽しいと思うよ。だって、自分が書いた通りの行動が、目の前に再現されるんだよ」

半ばわかってはいたけれど、やはりパワフル店主の言葉は凡人にはあてにならなかった。
小説と脚本は全然違った。
たとえば、会話以外の部分、つまり地の文に書いた心理描写や説明は、基本的に会話に直さなければ、観ている人に伝わらない。
けれどそれを全て会話に入れ込むと、説明セリフばかりが増えていく。
会話っぽくすると、1人のセリフがどんどん長くなっていく。
書き始める時の私は、そんなことも知らなかった。
わからないなりに、頭の中で舞台を想像しながら書いていく。
出来上がった脚本は、どこかぎこちなく、窮屈な顔をしていた。

しかし苦心して書いたそれも、公演ひと月前の演者の決定を受けて、さらに大幅に変わっていった。
ただし、今度は明らかに良い方向に、である。

今回、最大の武器となったのは、演者のほとんどが天狼院の利用者だったという点だろう。
本が好きで、書くことが好き。
小説家養成ゼミの受講生も数名、とばっちりのように巻き込まれている。
私は、初回の脚本読み合わせの場で、いきなりその利点の大きさをびりびりと肌に感じることができた。
『読み込む力と妄想力が半端ない』。
たとえば最初に小説を書いたときの私の意図まで、脚本から正確に見抜いている。
その上で、矛盾点やわかりづらい点をピンポイントで指摘してくる。
「この子はきっと、ここではこう思ったはずだけど、このセリフでは伝わりにくい」
「ここからここまでのこの子の気持ちの動きは、こうですよね?」
「この場合、この性格のキャラならこんなことするかしら?」
「この旦那の就職先ってどこやったんやろーね? 夫婦のなれそめって何だったんだ?」
次々出てくる声を聞き、脚本に書き込むべく赤ペンを走らせながら、私は興奮しっぱなしだった。
全員が、脚本の奥にある物語をきちんと理解してくれている。
さらに、その物語を狂いなく人に伝えるために出てくるアイディアが、いちいち腑に落ちる。

目の前で、みるみるうちにキャラクターたちが立体的になっていくのがわかった。
色を持ち、厚みを増し、体温を得て、声色を手に入れていく。

――これは……お金を出してもなかなかできない、ものすごい機会なんじゃないか?

その後も公演当日まで、細かな変更は加わり続けた。
よりわかりやすく、物語を観客に届けるために。
より面白く、物語の世界に入ってもらうために。
そのたびに、登場人物の体温は上がり続けた。
そして演者がキャラクターになりきっていくにつれて、この企画で私ができることは少なくなっていった。
脚本の出番は終わり、あとは演劇の舞台を完成させる作業がほとんど毎日続いた。

そこに、それほど不安はなかった。
なにしろ主役を演じたのが、9月から福岡天狼院の店長になったばかりの「川代紗生」さんであり(天狼院の利用者なら、ほぼ100%川代紗生の記事を読んでいるだろう)、書店主催のライティングゼミ・プロフェッショナルを受講している「田中望美」さんの2人なのだ。

読むことと書くことについては、鬼みたいな2人。
努力の才能と根性にも溢れ、主役を演じるにあたっては、最強の2人。

もちろん、慣れない店長業務で死ぬほど忙しい中、劇団の運営まで任されてしまった川代さんと、11月後半にも劇団天狼院福岡公演に主演が決まっている田中さんに、内容の8割が主役2人の会話だという「青空どろぼう」を演じてもらうことは、単純に楽観視できるものではないとわかっていたが、それでも他の誰かがやるなんてことは考えられなかった。

そしてキャスト決定からひと月。
11月12日に、「舞台 青空どろぼう」は計2回の公演を終えた。

私の手元には、劇団内で練りに練られて体温を持った、各キャラクターの人物ファイルが残った。毎日の練習で覚えるほど耳にした彼らの声を、もう目の前で聞くことはないけれど、私の中には、彼らの人生がくっきりと入りこんでいる。

――完全に生きてる。
――だからもう、殺せない。

私だけのものだった小さな物語が、ずっしりと重みを増したのだ。
そして、私の作業はここからが本番になる。

公演終了後の深夜、発端となった女性限定写真イベントの場で店主に礼を言った。
演劇化は、とても貴重な機会でしたと。
店主は「は?」という表情で、応えた。
「なに、お礼なんて言ってんの? ここがスタートなんだってば。こっから書かなきゃ意味ないからね」
――まあ、そりゃそうですけれどね。
――ひとまず今日はひと区切りではないですか。

心の中で返しながら、店主は本当に礼なんて望んでいないのだと感じた。
ここから私がすることは、とにかく書くことしかない。
この経験を経て、一度書いた物語をまずは書き直していく。
それで別に書けなくても店主には何のダメージもない。
『いけるかと思ったけど、ダメだったね』くらいの一言はあるかもしれないが。
(もしくはそれさえないかもしれない)

小説を演劇化して、再び小説に生かす。
この仕組みはキツいけれど、とてもよく効く可能性があるのだと思う。
それを、受講生実験体の1人として、実証できるのかどうか。

ただ結局、それよりも自分が景色を見るため、なのだ。

私が飛び乗ったボートは、既にもとの景色が見えないところまで進んでいる。
2日前の、舞台の高揚も、早くも後ろに流れて行ってしまった。
ボートからの新しい景色を見続けるためには、書くしかない。
そこから降りるのは自由だけれど、さすがにそんなつもりもない。
それがもう一度、目の前に流れてくる保証なんて、どこにもないのだから。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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2016-11-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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