虫めがね系OLの足元観察日記~他人と比べて苦しくなったらケーキ屋さんを覗いてみよう!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:木村保絵(ライティング・ゼミ)
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「クリスマスケーキ売り切れました」
11月18日
え、早くない?!
電車の中、爆睡中のおじさんの重さを右肩に感じながら、画面をスクロールしていた手が止まった。
わたしが見ていたのは、高級ホテルや有名パティシエのブログではない。
北国の港街にある、小さなお店のものだ。
わたしはこのブログをお気に入りに登録し、時々開いて見ている。
ここのケーキを食べようと思えば、4時間と数分、新幹線に乗らなければならない。
美味しそうなケーキを眺めているだけでもウットリしあわせな気分になれるというだけなら、
近所の美味しいお店や、移動圏内の有名店を調べて食べに行った方がいいだろう。
わざわざ、遠い街の食べられないケーキをチェックしているのには、理由がある。
それは、このお店のケーキを見ていると、なんだか自分らしさを取り戻せる気がするからだ。
「どうせ自分はだめなんだ……」そんな諦めを捨て去り、自分のあるべき姿を教えてくれる。
*****
水色の外壁が可愛らしい小さなこのお店に出会ったのは、数年前のことだった。
「わ~、かわいい!!」
小さなゆきうさぎのレアチーズケーキは、一目見ただけで釘付けになるほど、可愛らしい表情をしていた。
そんなわたしの様子を見て、嬉しそうに誇らしげに笑うご主人の口から出た言葉は、意外なものだった。
「実はそれ、あまり人気が出過ぎると困るんですよね」
「え、どうしてですか? これ、看板商品じゃないんですか?」
「いやぁ、お客様に喜んでもらいたくて作るんだけどね。売れれば売れるほど、赤字になるんですよ」
えぇ?!
頭をかきながら目尻を下げて笑うご主人が、なんだか眩しく感じた。
――すごいなぁ。自分で作るの止めればそれでいいはずなのに。
損をするってわかっていても、それでも少しでもいいから喜ばせたいって、そんな風に思ったことないなぁ。
「他に、人気のあるケーキは何ですか?」
「そうですね。旬のフルーツを使ったケーキはやっぱり人気ですよ」
これとか、これとか――
そう言ってご主人が示してくれる指先を眺めていると、ショーケースの中がキラキラ輝いて見えてくる。
杏、桃、洋梨、マンゴー、さくらんぼ、プラム……
色とりどりのフルーツがタルトやショートケーキの上で、得意気に微笑んでいる。
「うちはね、時期じゃない時は、イチゴのケーキは作らないんですよ」
え?
言われてみると、確かにそうだ。
チーズケーキの上に赤いラズベリーが乗っているけれど、どこのケーキ屋さんにも必ずあるはずの、
イチゴのショートケーキが、無い。
その理由を聞いてみると、答えは至ってシンプルだった。
「旬の時に、旬の物を食べるのが、一番美味しいから」
確かにそうだ。わたしはご主人に言われるまで、まったく疑問を持ったことはなかった。
ケーキ屋さんに行けば、必ずイチゴのショートケーキがあるものだと思っていた。
だけど、イチゴだって農産物だ。
必ず旬がある。一番美味しい、今食べて! という時期が、必ずある。
「小さなお子さんにはね、泣かれちゃったこともあるんですよ。
イチゴが乗っていなきゃいやだ、って。
やっぱりこどもは、イチゴが好きですからね。
でも、美味しいものを丁寧に想いを込めて作っていれば、必ず伝わりますから」
はぁ。
聞けば聞くほど、驚きと感動のため息か漏れてくる。
なんだか段々、ご主人が、ケーキの神様なんじゃないかと思えてきた。
「その代わり、素材にもこだわって、必ず美味しいものを並べています。
だけどそこに甘んじたりしない。見た目も絶対に妥協しません。
どんなに肉体的に金銭的に苦しくても、必ず自信を持ってお出しできるものだけを作っているんです」
ショーケースの中で嬉しそうに微笑むケーキを眺めていると、なんだか視界が滲んでくる。
――よかったねぇ。そんな風に愛されて、しあわせ者だねぇ。
よーく見ていると、それぞれの良さが引き立つように、色んな工夫がされている。
例えば、オフホワイトやベージュに近い淡い色の洋梨は、ショートケーキの上に乗せても派手さはない。
だけど、そんな洋梨を支えるようにモコモコっと生クリームを置き、ケーキの表面もウェーブ状のクリームで動きを出すことで、全体的にやわらかく清楚な印象を引き出している。
地味な色だからといって、主役になれないと諦める必要はない。
白や淡い色だからこそ、純潔さや、安心感、癒やしを引き出すことができる。
さらに地味と言えば、プラムだってそうだ。
梅干しみたいな渋い赤い色をしていて、ケーキに乗せるには少しくすんだ色をしている。
それを、アーモンドクリームと一緒にこんがりふんわり焼き上げて、
濃厚でしっかりとしたそれだけで食べても美味しい土台の上に乗せる。
そしてその上から、はらはらと粉砂糖を落とす。
まるで初雪のように、ちょっぴり切なく儚いその見た目は、思わず中身を想像してキュンとしてしまうほどだ。
どんな味がするんだろう。甘いのかな、酸っぱいのかな。
目も心も奪われて、どんどんその中身を知りたくなってしまう。
他のお店じゃ主役にならなそうなフルーツ達が、みんなキレイにお化粧されて、自分らしく凛々しくそこに並んでいる。
もちろん、桃やマンゴーや、見た目だけで惹きつけられるフルーツは、これでもか! と言うほどに大胆にゴロゴロとカットし、ふんだんに盛り付けられている。
悪いところを隠そうとしたり、諦めたりするのではなく、良いところを最大限に引き出していく。
「え、色が地味? いやいや、こんなにも美しくて美味しいんだから、色なんてどうでもいいよ」
「ん? キラキラ感がない? そんなの求めてないよ。これが好きなんだから、それでいいんだよ」
「いやー、ここまで強調されると気持ちがいいね! 変に遠慮したら、返ってよくないね。良さは最大限に引き出してこそ魅力だ!」
ついつい、そんな風に思ってしまう。
見た目で惹きつけられ、一口食べたら夢中になってしまう。
ケーキの神様からの贈り物には、不思議な魔法がたくさん詰まっている。
数を売れない看板商品を作っていても、
誰もが置いてあるだろうと期待しているイチゴのショートケーキがなくても、
そのお店にはいつもその味と想いの虜になった人達が足を運び、早い時間にショーケースはからっぽになってしまう。
わざわざ新幹線や飛行機に乗って、やってくるファンもいるほどだ。
そして遂に、オープンしてから5年。
ケーキ屋さんの一番いそがしい、一番売れるクリスマスケーキ。
それが、予約受付初日で完売になってしまったそうだ。
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「クリスマスケーキ売り切れました」
11月18日
え、早くない?!
電車の中、爆睡中のおじさんの重さを右肩に感じながら、画面をスクロールしていた手が止まった。
そのブログの記事を読み、わたしは驚くと同時に、嬉しくなった。
自分が良いと思うものを信じ、誰かに心から喜んでもらうために努力をし続けていれば、
必ずその想いは届く。
人と比べて光る何かがないと思えても、必ず自分にしか出せない輝きがある。
それを見つけ、自分らしく生きていくには、とにかく諦めないことだ。
そんなことが、自分の心に突き刺さってくる。
人と何かを比べ出したら、ついつい落ち込んでしまう。
スタイルも良くないし、笑顔が可愛くもないし、懐は浅いし、視野も狭い。
考えすぎて思っていることを上手く言えないのに、余計なことばかり言ってしまう。
だけど。
自信がなくて下ばかり向いているからこそ、足元に落ちている宝物に気がつくことができる。
視野が狭いからこそ、目の前のものを虫めがねで覗き込むように、じっくりじっくり観察できる。
井の中の蛙大海を知らず
されど、
空の青さを知る
中国から伝わってきた荘子の言葉に、誰かが後付けしたらしい。
それでもいい。
欠点も、前向きに捉えられたら、
それが自信になって笑顔で進むことができるなら、それで充分だ。
そう思えたら、ふわっと肩が軽くなった。
わたしの右肩で爆睡していたおじさんが、よろよろと立ち上がり、電車を降りていった。
あー、写真をずっと眺めていたら、遠い北の街の、iPhoneの画面の向こうのケーキを食べたくてたまらない。
だけど、仕方がない。
そんな日が来るまでは、近所でお気に入りのお店を探してみよう。
きっと思わぬところに、見えていなかった足元に、出会いや発見が待っているはずだ。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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