格闘技ファンじゃない私が『リングサイド』に震えた夜
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田 光(ライティング・ゼミ9月)
それがリアルな暴力じゃなくて格闘技と呼ばれるものであったとしても、つまりボクシングであってもムエタイであっても、人が殴り合うのを見るのは好きじゃない。
だから私は、自分の人生で格闘技に関わるものに自ら手を伸ばすなんてことは、起きるはずがないと思っていた。
この本を知るまでは。
『リングサイド』は台湾の若手作家、林育德氏のデビュー作だ。
興味を持ったきっかけは、ウェブ媒体で目にした書評だった。
「台湾文学の隠し玉、日本初上陸」、「台湾新世代作家が届ける、中華圏初のプロレス小説」といった、台湾の新進作家の勢いあふれるエネルギーをそのまま紹介文にしたような数々の文面のなかにはかならず、「二代目タイガーマスク・三沢光晴」という記述があった。
プロレスをほとんど見たことのない私だって、さすがにタイガーマスクは知っている。
だが、「プロレスラー・三沢光晴」は知らなかった。
なぜ台湾の小説家が、わざわざ日本のプロレスラーのことを小説にしたんだろう。
台湾でプロレスはメジャーなんだろうか。
中国語翻訳という仕事柄、台湾の本にはとても興味がある。
書評を読む限り、プロレスそのものを描いた作品ではなく、プロレスをめぐるさまざまな人間模様を描いた連作短編集のようだから、痛そうなシーンもあまりないんじゃないか、だったら読めるかもしれない、いや、読んでみたいと思ったのだ。
10編の短編作の一つが、「ばあちゃんのエメラルド」だ。
主人公の「俺」は「ばあちゃん」とほぼ二人暮らしだ。
父親はいるにはいるが、遠洋漁業の漁師だからめったに家に帰らない。母親は彼が中学生のころに家を出て行った。
そのあたりの家庭の事情は当時の台湾の漁村がたどっていた運命と相まって、実はものすごく重いものがあるのだが、それがごく淡々と描かれている。
だがそれだからこそ「世の中自分の思いどおりにいかないことなんて、はいて捨てるほどあるよな」とでも言いたげな、「俺」のある種達観したような雰囲気が伝わってくる。
そんな「俺」とばあちゃんの楽しみが、日本プロレス専門チャンネルで観る、三沢の試合だった。
「俺」はテレビの向こうの三沢の試合にしびれ、熱狂し、ばあちゃんと一緒に歓声を上げる。
プロレス専門掲示板にプロレスを揶揄する「荒らし」が出れば、わがことのように憤慨しながらも、プロレスにはシナリオがあるとも思っていて、ある日「俺」はばあちゃんに「プロレスはぜんぶ芝居だって知ってる?」と疑問を投げかける。
だが、そんな「俺」にばあちゃんが言った言葉が振るっている。
多分、目の前で行われていることが芝居だろうがそうでなかろうが、そんなことは見る側には関係ないってことを、ばあちゃんは言いたかったんじゃないだろうか。
感動とは、情報の送り手が精いっぱい発したものを、見る側もまた自主的に何かをそこから選んで受け取った「結果」だからだ。
受け取り手に準備ができていなければ、何をどう発しようともそれは相手に届かない。
そんなある日、あることを知ってしまった「俺」は、それをばあちゃんに告げるべきかで悩み、試合観戦からも遠ざかった。
不審におもったばあちゃんにわけを聞かれた「俺」は答えに窮し、ついにそれを告げてしまう。
ああ、言ってしまうのか! と正直思った。
できるなら私も、そのことをばあちゃんに知ってほしくなかったのだ。
だが……。
リングの上ではその日に試合を迎えたレスラーたちが熱い戦いを繰り広げていて、その周囲には必ず声援を送る観客がいる。
私たちもときに、それぞれのリングに上って一世一代の勝負に出ることがある。
もちろん観客として、リングに立つ大切な人に精一杯のエールを送ることもある。
わたしはやっぱり、格闘技は苦手だ。
だけど、三沢やほかのプロレスラーたちがそれぞれのリングの上で戦う姿に、最大限の敬意を示したい(勇気を振り絞って動画を見たのだ)。
それは私個人の好悪とはまったく別次元のことだ。
「本気」で何かに挑む人の姿を、否定する理由なんてどこにもないのだから。
***
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