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難聴者の命を救う文字起こし~筆談では伝わらない医師の言葉~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ネナムラ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
耳の聞こえが悪くなる「難聴」。
 
これは、誰にとっても人ごとではありません。
聴力は年齢を重ねるごとに低下していき、75歳にもなれば、ほとんどの人が老年性難聴になるのだそうです。
難聴が進むと、たとえ補聴器をしていても会話が聞き取りにくくなります。
 
難聴者への対応によく用いられるのは、「筆談」です。
日常生活の多くの場面では、これがベストな方法だろうと思います。
事前に準備をせずともペンと紙さえあればでき、特別な技術もいりません。
筆談する側の負担が少ないので、筆談をしてもらう側もあまり気兼ねせずに済みます。
 
医療機関での難聴者対応も、筆談が一般的です。
病状や治療方針の説明では、医師が大きな声でゆっくり話しながら筆談をします。
通常の診察はそれで良いかもしれません。
しかし、重要な局面では……?
筆談では、最悪の場合、患者の命に関わると思うのです。
「文字起こし」が必要なのではないかと。
 
 
私がそう思うようになったのは、数年前の出来事がきっかけです。
 
その日、父と私たち家族は、ある病院で医師からの説明を受けていました。
父は心筋梗塞を起こす一歩手前であり、早々に手術を受けて原因を取り除かなければ命を落とす危険がある、というのです。
 
父は重度の難聴者です。
とはいえ、医師は筆談も使ってくれたので、父にも十分に伝わっただろうと思いました。
しかし、診察室を出た父はこう言ったのです。
 
「あいつは健康な人間を切りたがってる」
 
あの医師は手術実績を増やしたいがために、健康な父にまでメスを入れたがっている。
まるで陰謀論のような解釈を展開する父はふだんと別人のようで、私たちはとても驚きました。
受け入れがたい事実だったのだろう、ということは想像がつきました。
それにしても、あの説明から、こんな解釈になるなんて……。
 
どうにか通院は続けましたが、父の担当医に対する心象は悪化するばかり。
はたから見ていても、関係修復はもう無理というところまで来たとき、家族から病院にお願いして担当医を変更してもらいました。
家族としては、どうにか父自身に現実を受け入れてもらい、その上で手術を受けるかどうかを考えて欲しかったのです。
 
 
医師の変更までした以上、もう失敗はできません。
家族がやれることは何でもやろうと、試してみたのが「文字起こし」でした。
 
新しい担当医の診察は、許可をいただいて録音させてもらいました。
あらためて父の病状と手術が推奨であるという説明を受けましたが、内容は最初の医師からの説明とほぼ同じだったように思います。
 
帰宅後にその録音を聞きながら、パソコンでWordに内容を打ち込みます。
30分ほどの会話を文字起こしするのには3時間ほどかかり、文字起こし原稿はA4用紙15枚を超えました。
文字起こしをするのも手間でしたが、それを読む父も大変だったと思います。
 
しかし、結果的にこれが功を奏します。
時間をかけて文字起こし原稿を読んだ父は、数日にポツリと言いました。
 
「手術を受けることにした」
 
自分の病状に納得して、リスクも考えた上で決心した父。
勇気ある決断に、家族も胸をなで下ろしました。
 
 
父はなぜ、手術を決意できたのか?
その理由は、筆談と文字起こしの違いにあったと思います。
 
私が文字起こしをしているときに気づいたのは、医師の口頭説明は、厳しい現実に直面する患者への配慮にあふれているということでした。
励ましの言葉や、心痛をやわらげようとする言葉。
他にも、いきなりショックなことを伝えずに何かしら前置きをしていたり、緊張が高まったタイミングで違う話を挟んだりと、細かな工夫も感じ取れます。
録音を聞きながら、私は医師に対する感謝の気持ちでいっぱいになり、そうした言葉をもらさず文字起こししました。
 
しかし、そんな医師の気遣いが筆談では省略されてしまいます。
私も父に対して筆談をすることがあるので分かるのですが、口頭でたくさん話していても、筆談では少ししか書きません。
書くのは話すよりも時間がかかるので、要点に絞って簡潔にまとめてしまうからです。
待合室で何人もの患者たちが待つ多忙な医師は、なおのことでしょう。
 
それゆえに筆談では、説明する側と説明を受ける側で、認識に大きなギャップが生じることがあります。
筆談を使って説明する医師は、「客観的事実に基づきながらも配慮して説明し、要点はすべて筆談で伝えた」と認識していると思います。
しかし、口頭での配慮は難聴者に完全には伝わりません。
要点として筆談で書く、いまいましい病名や、おそろしげな手術内容ばかりが明確に伝わります。
 
父は、命にかかわる厳しい現実を、予期せずストレートに突きつけられたのです。
それを受け入れるためには、患者の気持ちに寄り添って話してくれていた医師の言葉が必要だったのだと思います。
難聴者の父に医師の言葉を届けることができるのは、筆談ではなく、文字起こしでした。
私たち家族はそれに気づかず、多忙な医師の筆談だけに頼り、父に回り道をさせてしまいました。
反省とともに得られた気づきです。
 
 
その後、父の手術は無事に成功し、心筋梗塞を回避することができました。
あれから5年たった今、父は趣味を楽しみながら日々を過ごしています。
医師の言葉を文字起こしで父に伝えていなかったら、どうなっていたか分かりません。
 
私も、いつかは思いがけない病気を告げられ、決断を迫られることがあるでしょう。
父のように難聴者として医師の説明を受けることになるかもしれません。
そのときは、私も文字起こしを利用して、医師の言葉をすべて受け取りたいと思っています。
痛いことや怖いことがめっぽう苦手な私には、現実を認めて最善の決断をするための大きな助けになるはずです。
 
あなたの周囲にも難聴の方がいらっしゃいませんか?
もしいらっしゃるなら、文字起こしを活用してみてください。
その方の命を救うことになるかもしれません。
もちろん、あなた自身が難聴になったときにも。
 
幸いにも今では音声認識技術が数年前よりも発達し、スマートフォンの文字起こしアプリの精度が向上しています。
確実な精度を求めるなら今はまだ手作業での文字起こしが必要ですが、それが難しければ、こうしたアプリを利用するだけでも意味があると思います。
 
願わくば、文字起こしアプリの発達とともに、医療機関での難聴者対応のスタンダードが筆談から文字起こしへ変わっていきますように。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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