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プロフェッショナル・ゼミ

疑惑の頭髪《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小堺ラム(プロフェッショナル・ライティング)

「この度の異動で営業部部長として赴任いたしました田山でございます。皆さんと一緒に切磋琢磨し、この営業部を盛り上げていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
この部で唯一の女子社員である私を含めた総勢54名の営業部員が揃うフロア。
人間の煩悩と同じ数である108の瞳が、一斉に田山新営業部長を見つめた。

年末の慌ただしい時期にも関わらず、わが社では時期外れの人事異動が行われた。
現営業部長に子会社出向の内示が出たのである。
事実上の左遷だった。
派閥闘争に敗れたらしいと、もっぱらの噂だった。
人望に厚く部下に、特に現場で働く若手に人気があった人だっただけに営業部のスタッフは肩を落としていた。
大々的な送別会が行われ、皆で現部長をたたえ、不本意な異動人事に我がことのように泣いた。
だけど、いつまでたっても感傷に浸ってはいられない。
職場は戦場なのだ。
現実に対応しなければならない。
次に来る田山部長は海外事業部門に長く在籍していたそうで、一体どんな人物なのかシモジモの人間で知る者はおらず、その全容はベールで隠されていた。
上司が変わればフロアの雰囲気もがらっと変わる。
現部長が柔軟かつ豪快で、カラッとした雰囲気だっただけに、新部長の出方が大変気になる。
新部長はどんな性格の方なのか、どのような仕事ぶりなのか。
事前に情報を十分に入手して対応する必要があった。
「よーし、吉野。おまえ、資料管理室に行って来い。嘱託職員の横山さんと仲が良かっただろ。新しい営業部長、どんな人なのか調べてこい」
営業三課長が私に命じのた任務は、退職後嘱託職員として資料管理室の倉庫番をしている横山先輩に取り入って、新営業部長の履歴を調べるという喫緊の命題であった。
職員の経歴と言う完全なる部内の情報だったが、個人情報ということもあり、それぞれの経歴は厳格に人事部が管理していた。
もちろん、情報として端末管理となっており限られた職員しか閲覧することができない。
この資料管理を一手にまかされているのが3年前にわが社を定年退職した横山先輩であった。
横山先輩は経理部門一筋で緻密な仕事ぶりで大変厳しかったが、退職後は優しい顔つきになり、特にご自身に娘さんがいらっしゃったせいか、女子社員には甘かった。
そこで営業部の紅一点の私に白羽の矢がたったのである。
まあ一種の色仕掛けというか……
私は横山先輩が大好きなどら焼きを本社近くの和菓子屋で3つほど購入し、地下にある資料管理室に赴いた。
資料整理をしていた横山先輩にどら焼きを渡して事情を説明した。
「そうか……田山が新営業部長になったか……あの男、変わったからなあ」と横山先輩はつぶやいた後、職員履歴端末をしばらく操作し、さりげなく席を外した。
私は端末の画面を覗き込む。
氏名 田山次郎  
年齢 56歳
昭和57年4月2日入社
入社後営業部に2年所属し、その後は総務部に1年、その後海外事業部に所属となっている。
入社後2年間の営業部所属の際に、新人ながら2年目で成績優秀で社内表彰されていると記されている。
海外事業部では、昨今力をつけているアジア事業部の25年前の創設メンバーとして活躍していると記されている。
営業部から海外事業部への転籍は、国内で発揮するには有り余る力を、国の外で発揮して来いという会社の判断だったんだろう。
そして田山新部長は、会社の期待を十分に打ち返し、有り余る結果を出してきた。
アジア事業部はここのところわが社の屋台骨を支える成績を出している花形部門だ。
この経歴だけ見ると、仕事にはものすごく厳しい方なんだろうなあ……。
大丈夫かなあ。私、やっていけるだろうか。
これから先予想される職場環境の変化に戸惑いを感じながら、端末のマウスをクリックして次のページに進んだ。
2ページ目は、職員の顔写真が搭載されているのだ。
私も、2年に一度、この社員写真更新の為、総務部から写真撮影をされている。
しかし、飛んだページの写真の欄は空欄だった。
「あれ??おかしいな……写真が載ってない……まあ、海外事業部だから、更新する機会がなかったのかなあ。ま、いいか。顔なんて仕事ぶりには関係ないわけだし」
資料管理室を後にして、私は営業部に戻り、営業三課長に閲覧結果を伝えた。
案の定、営業三課長は「そうか……新部長は営業部出身なのか。かなり実務にも口を出されるかもしれないな。今まで以上に気を引き締めないといけないな」と厳しい顔つきになった。
次の新部長はかなりのやり手らしい、営業実務にも詳しいらしいという噂がその日の終業時間までにフロア中に広まった。
新部長赴任の日まで、それぞれが対策を講じながら、フロアにピリリとした空気が漂っていた。

ついに異動発令日となった。
秘書室が回してきた田山新部長のスケジュールは、午前9時の始業開始に合わせ本社の社長室で辞令交付と挨拶を終えた後、概ね午前10時に営業部に到着するとのことだった。
課長たちの指示で、本日の外回りは緊急対応以外、新部長挨拶と指示を終えてからこなすようにとあったため、殆どの部員がフロアに残っていた。
フロア中央の壁に設置されたデジタル時計が「10:00」の表示を示した。
いよいよ新部長がやって来る……
私は緊張のあまりごくりと唾を飲んだ。
「おつかれさまですっ」
営業部入り口に座っている新人の挨拶が聞こえる。
振り向くとそこに、紺色スーツの細身の男性が立っていて、こう言った。
「この度の異動で営業部部長として赴任いたしました田山でございます。皆さんと一緒に切磋琢磨し、この営業部を盛り上げていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
この部で唯一の女子社員である私を含めた総勢54名の営業部員が揃うフロア。
人間の煩悩と同じ数である108の瞳が、一斉に田山新営業部長を見つめた。
108の瞳はただ一点だけを見つめていた。
釘付けになるとは、こういうことを言うんだなあ……
在りし日の軍隊が上官に注目するよりもはるかに研ぎ澄まされた鋭い視線で、私達部員は田山部長の頭部を凝視した。
それは、違和感の極みでしかなかった。
「海外事業を長くやっていましたが、本日古巣の営業部に、そして日本に戻ってこれてカンムリョウです……」
田山部長は柔和な表情でこれからの意気込みを語っていた。
だけども、話の内容はちっとも耳に入ってこなかった。
カンムリョウ?カンムリ??
う~ん、そんなことはどうだって良かった。
形式的な挨拶よりも、心に生じた、すっきりしないこの感じ……
挨拶をしている部長から約10メートルくらい離れた私の席から見える田山部長の頭髪は、なんだか生気を感じなかった。
それが違和感の正体だった。
も、もしやあれは……
し、しかし……私の見解が間違っているかもしれないし……
私は心に湧いてきた違和感と疑問に蓋をしようとした。
長いものには巻かれた方が世の中渡りやすいはずだ。
無かったことにしよう、何もおかしなことはない、そう思おうと決意して視線を戻そうとした。
その時、私は、にこやかに挨拶をしている田山部長の斜め後方に陪席のように立っている営業三課長の視線が、明らかに田山部長の頭頂部に向けられているのをハッキリと見た。

部長挨拶が終わり、控えていた外営業に行ってもよいという指示が出た。
それぞれが上司に行き先を注げてフロアから外に出ていく。
私は今日は、午後からのアポイントだった。
机に重なっていた報告書の類を整理しながら、部長室に呼ばれ、入室していく課長たちの姿を見た。
部長室のドアが閉まる。
私の左隣の席の同僚が「ねえ、吉野ちゃん。今度の部長、ヅラだよね、絶対そうだよね」
とささやくように言ってきた。
「え……、あ、そうかな……」
いたたまれなくなって席を立った。
とりあえずトイレに向かおうとしていると、廊下の途中にある喫煙室から出てきた先輩達が「マヂ、ヅラだぜ、あれ、ヅラだぜ、間違いないぜ」としきりに言っていた。
トイレの個室に入って、私はぼんやりと思った。
あれはやっぱりカツラなのか……でもどうやって、これから部長に接すればいいのか……。
どう考えても部長と自然に接することができなそうだった。
約10メートルの距離からしても不自然さ前回の御髪。
もっと近づいて報告をしたりするシュチュエーションもこれから増えてくる。
一体どうしろというのだ。
私の視線のやり場は?
やれやれ……これから先は長いというのに。
まさかこんなところで躓くとは思いもしなかった。
昨日わざわざ資料管理室に人事資料を観に行った労力も皆無に等しい。
部長が営業部出身だろうが海外事業部でどれだけ優秀な成績を上げようが、それがどれだけ尊敬に値する業績であったとしても、あの不自然な頭髪に目が行かないようにするためのタガにはならない。
気になるものは気になるのだ。
目が行ってしまうのだ。
仕方ないよ、それがサガなんだから!

これから先のことを思案しながら自席に戻ると、部長室に入っていた営業課長たちが出てきて、私を手招きしている。
「おい、吉野。女子社員の意見を聞きたいそうだぞ。職場環境について知りたいらしい」
こころなしか、私に指示している営業1課長の目元が緩んでいる気がした。
鬼の営業1課長も、さすがに目の前で真剣な顔して指示を出している上司の頭髪が浮いているんじゃ、吹き出しそうになったのではないか。
ちょっと、もう、私どんな顔して部長の頭、え、いや、いや、お顔を拝見していればいいのだろうか……
途方にくれながら部長室に入った。
「吉野、入ります」
部長席前に私は立った。
部長の机の横幅わずか80センチメートルだけをあけた間隔で、私は部長の前に立っている。
しかも、椅子に掛けている部長の頭頂部を見下ろす形になった。
「あー、君が吉野君か。今は営業では女性は吉野君独りらしいなあ……」
部長は職場で一人しかいない女子職員である私の職場環境を案じているらしく、勤務形態について細かく尋ねてきた。
なんてありがたい上司なんだろう。
でも今はそんなことはどうでもよかった。
勤務形態より職場環境より、超不自然過ぎる頭髪様の物を身に着けた上司の頭上斜め上に立っているというこの状況がかなり堪えた。
通常なら誰もが持っているはずのつむじが見当たらない。
どことなくもみあげが浮いている。
56歳という年齢にしては毛量が多すぎてベターっと張り付いている。
額の生え際がなんだか、ばんそうこうチックな感じ。
いや、もうこれ、不自然とか違和感とかそんなんじゃない。
自然なカツラです。
不自然な頭髪だけど、カツラだとわかっていれば、カツラとしてみれば自然なの。
「ありがとう。これからよろしくね。仕事頑張ってね」
田山部長はそう言って、私は慌てて踵を返し、部長室から出た。
部長室から出た私を、営業部に残っていた課長や他の部員たちが、どことなく好奇な、どことなく心配した面持ちで眺めていた。

この日はこの後、取引先と外で打ち合わせをし、そのまま外から電話で会社に報告を入れて直帰することにした。
フロアに帰って、また部長と相対するのを何となく避けたかったのかもしれない。
ぼんやりと最寄りの駅まで歩き、すぐにきた快速電車に飛び乗った。
吊革を持ち、揺られていると、ビジネス雑誌の車内広告が目に飛び込んできた。
「イマドキ部下へのはげまし方」
何故か脳裏に田山部長が浮かんだ。

自宅に帰って風呂に入りながら、明日からの自分を案じた。
部長にどうやって接すればいいのか。
実家の父に電話で相談してみようか。
こういう時の男性管理職の心理は、どんなものだろうか。
数々の華々しい結果を叩きだしてきた優秀な幹部のプライドは高いだろう。
真面目に厳しく指示を出しているのに、目の前の部下の頭の中が自分の不自然な頭頂のことでいっぱいだと知ったら激高するのではないか?
そう思うと、神経が高ぶって、その日はいつになく寝つきが悪かった。

翌朝、いつものように午前7時に起きて、いつもの電車に乗り、いつものルートを通って会社に行った。
何故か足取りはわずかに重かった。
部長に相対する際の視線の置き所を、まだ、決めかねていたのである。
ええい、ままよ!
いいさ、出たとこ勝負だ!!
いいか、ここは職場なんだ。
ヅラ上司の頭に気を取られてどうするんだ!!
しっかり仕事をしないと!!
自分に言い聞かせ、営業部のフロアに入った。
メールをチェックし、前日のレポートに目を通し、始業準備をした。
その時だった。
「みんな、おはよう」
田山部長の声がした。
振り返ると、最新のレジスターでも読み取れそうにないデザインの頭髪をした田山部長が立っていた。
「いや~、僕もさすがにこれ以上嘘つけないというか、何か、部下をだましている感じがして申し訳なかったというか。白状すると、昨日はカツラをつけていたんだよ~。職場も変わるし、心機一転、イメージチェンジしようと思ったんだけどね」
疑惑の頭髪。
バレていないと思っているのは本人だけだった。
頭にカツラを被って嘘をついていた部長だが、どうやら心は嘘をつけないらしい。
この部長とはうまくやっていけそうな気がする。
この時、営業部にいた部下全員が、そう思ったはずだ。
さあ、これから仕事頑張るぞ!!

※この物語はフィクションです

***
この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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