プロフェッショナル・ゼミ

闇夜に浮かんだのは満月じゃなくて私の丸々としたお腹だった《プロフェッショナル・ゼミ》


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名前:朝のカフー(プロフェッショナル・ゼミ)

「こら! もう起きなさい! 朝ごはん冷めちゃってるわよ」
「あ、ごめん。昨日も夜中まで起きててさ、つい寝過ごしちゃった」
「全く、文章を書くってのも素敵なことだけど、やり過ぎはダメよ! もう子どもも起きてるわよ」
「はいはい、わかりましたー」
——そもそも、私が仕事人間になったのは貴女のせいなんだけどね。
まだ自分の体温が残った布団をゆっくりたたみながら私は小さくそう呟いた。

「おめでとうございます、今、六週目に入りました」
そう言って、産婦人科の池田先生が慣れた手つきでエコー写真を渡してきた。この微笑みも二回目か。私はまるで授賞式かのようにエコー写真を両手で受け取り、診察室を出て待合室へと戻った。
白黒のエコー写真には、ほんの数ミリ、袋のようなものが写っている。
よく「妊娠した」と言われてイメージするのは、小さい赤ちゃん(胎児)がすでにお腹にいて、今にも心臓の音とか聞こえてきそうな様を想像するのだが、実は「妊娠」と診断されるのはもっと前段階で、胎児が育つ「袋」が子宮内でできた時点で妊娠確定となるのだ。なので、私たちがイメージするよりも「妊娠」の判明はやや早い。私は、まじまじとまだ赤ちゃんが写っていない、袋だけのエコー写真を見つめ、まずは実家の母に報告のメールを入れた。

誰よりも私の気持ちを分かってくれる母。
その母からの言葉をもらわないと、きっと私の本音は、周囲の祝福ムードで陰に隠れてしまうことが分かっていたから、私は救いを求めるような気分で携帯の送信ボタンを押した。
すると数分後、すぐにメールは返ってきた。
『おめでとう! だけど仕事は調整できるの? まぁ、自分で決めたことだと開き直ってやるしかないわね』
——はい、正解です。私は仕事のことで頭がいっぱいで、今まさに不安に押しつぶされそうだったのでメールいたしました、ありがとうございます。
私は思わずスマートフォンに向かって頭を下げた。

最近まで、ライターを含め幾つかの仕事をこなしていた私は、とにかく毎日予定が詰まっていて、常にバタバタしていた。あれが来たら次はこれ、と次々迫り来るタスクをこなしつつ、合間では小説家になるために本を読んだり情報収集をしたり、プロットと呼ばれる小説の設計図を作る時間に当てていたのでほぼゆっくりしている時間がなかった。(とはいえ猛烈な忙しさなのか、と言われればそうではなく、全てがスムーズに行けばどうにか24時間でやりくりはできる位のタスクだったが、特に小説のプロット作りに関しては作業はなかなか上手く進まないもので、書いては消し書いては消しを繰り返していたのが現状だ。)

とにかく時間が足りない、そう思っている最中での妊娠だった。将来的なことを考え逆算してからの計画的妊娠とはいえ、今、夢に向かっている最中の自分が二人目育児に向き合えるかどうか、書く時間が確保できるのかという想いが自分の心の内に確かにあり、いざとなると不安だった。
それを知ってか、知らないでか、母がまず私の状況を心配してくれたことが大変ありがたかった。

母はキャリアウーマンだった。
建築会社に勤めていた母は、とにかくなんでも仕事が最優先で、私を産んで二週間で職場復帰をし、育児はほとんど祖母に任せていた。仕事で呼ばれればたとえ一人でも世界のあらゆるところに出かけ、気がついたらエジプトにいた……と言うような状況がよくあった。それもこれも父の給料が低いからだと愚痴のような言い訳をよく母から聞いていたが、父のせいではなく、単に母の好奇心が強いせいだと子供ながらに分かっていたので、私も弟も父を咎めることはしなかった。そして私は、そんな母を他の誰にも似ていない、特別な存在に感じて、同じ女性として憧れを持っていた。

そんな私の実家には、一枚の大きなパネルが飾られている。白黒の、30代の頃の母の顔写真だ。これは私と弟が家にいるときに寂しがらないようにと祖母が飾ったものだった。白い肌に大きな眼、厚めの唇がモノクロ写真でも良く映えていて、母の優しさと力強さ、何より生のエネルギーが溢れている一枚に、私はよく感嘆の声をあげていたものだ。そしていつかこの母に近づきたい。そう思いながら私は毎日を過ごしていた。そう、恥ずかしながら私は完全にマザコンだ。それは昔も今も変わらない。

大きくなっていくお腹を抱えて、私は母のことを思った。
母は、不安じゃなかったのだろうか。
二人目が出来て更に自分の行動が制限されるとは考え無かったのだろうか。

携帯のメールをもう一度見直す。
『まぁ、自分で決めたことだと開き直ってやるしかないわね』
何十年前、母も同じことを思って弟を産んだのだろうか。

そうして迷いの中でも時間は刻々と過ぎていった。つわりも終わり、少しずつ膨らんでいくお腹に喜びを感じつつもまだ二人の母になる自覚が湧き出ていない自分がそこにいた。気づけばもう、妊娠八ヶ月になっていたと言うのに、私は未だ不安の中にいた。

そんな中だった。天狼院の三浦さんから「マタニティ写真を撮ろうよ」と提案されたのは。

天狼院書店には裏フォト部という、女性限定の写真撮影会が月に一度、開催される。そこでは多くの女性が集い、時にはセクシーに、時にはアーティスティックにお互いの姿をメンバー同士で撮影しあう。被写体もカメラマンも皆、女性だから、とにかく観察眼が鋭くて自身が気がつかない魅力を十分に引き出してから最高の一枚をカメラに収めるので、深夜にも関わらず多くの参加者で賑わうイベントだ。
私も時折カメラマンとして参加していていたのだが、被写体になった時のモデルの表情の変化にはその都度驚かせられ、撮影した後はしばらく眠れないくらい興奮したものだった。

とはいいつつも、被写体になる勇気は私には無かった。なぜならば、写真を撮られるということがとにかく昔から嫌いなのだ。まず写真写りが悪い。表情を作るのがとにかく下手なので、いつも強張った顔をしてしまって「はい! いかにも写真撮られてます!」という感じで写真に写っている場合がほとんど。あとはだいたい半目。チーズと言われてからポーズを決めるタイミングがどうやらあってないらしい。自分ではキメ顔にしたつもりなのに、いざ写真を見ると半開きになった小さい眼でニカリと笑う姿が写っていることがよくあった。なので被写体になることだけはなるべく避けて生きてきたのだ。それは裏フォト部でも然りだった。

けれど、今回だけは違った。
「マタニティフォト撮らない?」
三浦さんにそう言われた瞬間、
脳裏に母の白黒の顔写真が浮かんだ。

毎日見上げていたあの写真。
今なら、あの写真に近づけるかもしれない。
母の信念と優しさが詰まった写真。
あの写真に、近づけるのであれば、撮ってみたい。

女性の魅力をとことん引き出す裏フォト部。
このメンバーに囲まれて撮れるのであれば、きっといいものが残せるはず。
そしてその一枚はきっと、私自身を強くしてくれるだろう。

ふっくらとしたお腹が心なしか動いた。
あれだけ苦手だったはずなのに、決意するのにはそう、時間はかからなかった。

そして撮影当日。時間はすでに深夜12時を回っていた。
とても寒い日だったが、Facebookで事前に宣言していたこともあり、スタジオはすでに暖房で温められていて、三浦さんと常連メンバーが残って待っていてくれていた。
私は慌てて着替えを済ませ、白いチューブトップとスカートでお腹だけがあらわになった状態で皆の前に恐る恐る出て行く。恥ずかしくてあまり記憶に残っていないが「わぁ……」と店長の川代さんが驚いていたような気がする。なんだか落ち着かなくて顔を下に向けていたら、そんな私の緊張を察してか、すぐさまメンバーの一人が声をかけてくれた。
「じゃあ、メイク始めましょ!」
そう言って、私を席に促し、アイロンで髪を丁寧に巻き、私の肌に合うグロスやチークを優しく肌にのせてくれた。
「この化粧品おすすめだよー」
「プロの化粧道具ってだいたい黒いパッケージですよねー」
と雑談を交わしていたら、いつの間にかだんだんと肩の力が抜け始めて、ようやく自然に笑えるようになってきた。
そうしてメンバーによるヘアメイクのお陰で私は完全に妊婦の姿に変身した。

カーテンを開けて、奥のスタジオへと入る。そこには三浦さん含めて4、5人のカメラマンが待ち受けていた。
「うわぁ……」
という声が漏れる。
「初めて妊婦のお腹を見た」
「こんな感じかー」
「お腹だけ出るんだーすごい」
そこに居た全員からまじまじと体を見つめられる。
けれど不思議だ。ちっとも恥ずかしくない。
なぜならメンバー全員の顔がとても輝いていたから。
好奇心の目ではない、まるで神々しいものを見ているかのような目で見てくれていたから、全然恥ずかしくなかった。

「よし! じゃあ撮るよー! こっち向いてくれるかな?」
三浦さんの元気な声がスタジオに響く。何度も何度も切られるシャッター。その瞬間、周囲の人たちもカメラを構えひたすら撮影していく。
「いいね! いいね! うん、今の表情いい!」
「どれも使えるよ! よし! どんどんポーズ撮っていこう!」
「きれい、きれい! こちらにもカメラ目線お願いしまーす!」
「どんどん表情良くなってますよー」
声をかけられるたびに体温が上昇していくことが分かる。
でもそれは羞恥心から来るものではなかった。
母になることに不安があった私。
けれど今、写真を撮ることでようやく全てを受け入れようとしているその瞬間に、仲間がいる。そんな気がして、私は嬉しかったのだ。

パシャパシャとシャッター音が鳴り続ける。
ふと、カメラではなく、横にある照明に顔を向けた。
そこには、丸い照明が煌々と私の顔と丸々としたお腹を照らしていた。
それは満月の光のように、眩しいほどに光を放っていた。

——大丈夫、きっと、大丈夫。光はずっとそこにあるはず。

そんなことを思いながら私はまたカメラを見つめ直して微笑んだ。
カメラマンも微笑む。その後ろに、あの、小さい時からずっと見ていた母の笑顔がなぜか浮かんで見えた。

翌日、裏フォト部のFacebookページに撮影写真がアップロードされた。メンバー限定だが私のマタニティ写真もしっかりアップされていた。あまりの完成度の高さに驚き、本当に自分なのかと一瞬目を疑う。正直言うとそこら辺の写真スタジオよりクオリティが高い。何より自分の表情がとても柔らかかったのにびっくりした。

当日参加していないメンバーからもダイレクトメッセージを頂いた。
「神々しくてびっくりしました!」
「神秘的でしたね! 撮影されて大正解ですよ」等、お褒めの言葉がたくさん書かれてあった。天狼院の山本さんもあれから会うたびに「感激しました」と言ってくれる。

予想以上の反響に私は驚いた。自己満足になるだろうと思っていたことが他のひとの琴線に触れたことが何だか嬉しかった。

さて、私はこれからどんな道を歩むのだろうか。
お腹はムズムズ動いているが、出産後、どんな状況に陥るのかはまださっぱり分からない。

けれど思う。
不安な気持ちで作る道は、少しの段差をも気になり、歩むことすら嫌になるだろう。けれど自信を持って作る道なら、どんなでこぼこ道でも軽快に渡るのだろう。
すべては自分の心持ち次第だ。
そして自分の心を開いて行けば、補いあう人が必ず出てくるのだと。
闇夜に浮かんだのは満月じゃなくて、私の丸々としたお腹……でもない。
闇夜の向こう側に浮かんだのは、そこに居た全員の、輝かしい未来だった。

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