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子供が産まれても「パパ」「ママ」とは呼び合わないことにした理由。


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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

「じいちゃん、これちょっと見て」
母が台所からチラシを持ってやって来た。何気ない、いつもの光景だ。
ん? と、父が母の手元を覗き込む。抱っこされた娘は体勢を変えられたことが不満らしく、じいじやめてー、と声を上げていた。よしよし、ごめんなぁ、と父は孫の頭を撫でる。
そんな娘を窘めながら、あれ、と気づく。
さっき何だか、とてつもない違和感があったのだけど、何だったのだろう。そう思っていると、チラシを見ながら話す母の声が耳に入った。
「じいちゃんはどう思う?」
その時、気がついた。
母の、父に対する呼び方が変わっていることに。
いつの間に母は、父のことを「じいちゃん」と呼ぶようになったのだろう。
そう思うと、実家から遠く離れた距離と、会えなかった時間を思い知らされた、そんな気分になったのだった。

私が幼い時、我が家のそれぞれの呼び方は子ども目線だった。
母は祖父母のことを「ばあちゃん」「じいちゃん」と呼び、父のことを「お父さん」と呼んだ。父も同様に、母のことを「お母さん」と呼んだ。
小学生の高学年の時、何かの授業で家族間の名前の呼び方について、グループで話し合う機会があった。
自分の家がスタンダードだと信じて疑わなかった私は、堂々と「うちはこうです」と主張した。うちも、という家が多い中、1人の子が「うちは、違うんやけど……」とおずおずと言いにくそうに言った。
「ユミちゃんちは、じゃあどう呼んでるん?」
と訊ねると、
「うちは、お父さんとお母さんは名前で呼び合ってるんや」
と言った。
「ええー、カッコいいな! なんか、ドラマみたいやん」
他の子たちが口々にそう言う。
ホントやな、ユミちゃんちはオシャレやな、そう言いながらふと疑問に思う。
じゃあなんでうちは、名前では呼び合わないんだろう?

そもそも、父と母は結婚する前、いや、私たちが産まれる前はどうやって呼び合っていたのだろう。
そう思うと好奇心が湧いてきて、私は家に帰るなり母に尋ねた。
「お父さんとお母さんは、私たちが産まれる前はなんて呼び合ってたん?」
母は料理の手を止めず、一瞬振り返ってうーん、と考えた後、ぽつりと言った。
「忘れちゃった」
忘れちゃった? そんな事ってあるのか、そう思いながら今日の学校での出来事を話す。それでな、ユミちゃんちはな、お父さんとお母さんが名前で呼び合ってるんやって、というあたりで「まだご飯できんから、あっちで宿題してなさい」と遮られた。つまんないの、そう思いながら私はしぶしぶ台所を後にした。

そして結局、何度か聞いたものの有耶無耶にされ、父と母は2人きりの時になんと呼び合っているのかは分からずじまいだった。
しかし、電話の向こうから聞こえる会話であっても、「お父さん」と言っていたので、どうやら普段から互いにそう呼び合っているようだった。
私も妹も嫁いで実家から離れたため、今は夫婦2人で暮らしている。2人きりに戻ったのだから、違う呼び方すればいいんじゃないの、という私の提案に母はうん、とも、ううん、とも言えないような返事をした。

というやり取りがあったのが、数日前のこと。
確かに呼び方の変更を提案したのは私なのだが、今度は孫に合わせて「じいちゃん」になっていたとは。そっちじゃないんだけどなぁ、と思いながら、私は2人の会話を聞いていたのだった。

「俺は奥さんのこと、明日香さんって呼んでますよ」
同僚である水澤さんがグラスを傾けながら言った。
週末の飲みの席。居酒屋の一角で、私と数人の同僚はテーブルを囲んでいた。
「ラブラブじゃないの、水澤くんのうちは」
と他の同僚が言うと、水澤さんはんー、と考えて答えた。
「そういうわけじゃないんですけどね、パパ、ママって呼び合うのが俺は嫌で。だって、奥さんは別に俺のママじゃないですからね」
なるほどねー、まあ、若いから俺たちとは世代も違うからなー。うちはもう名前で呼んでたことなんて忘れちゃったよ、と年配の同僚が笑った。
私はその話を聞いた時、ちょうど結婚を控えていた。水澤さんの話に、そういう考えもあるのか、と納得する。
もしこの先、子どもができたらうちはどうしようか。
ぼんやり考えながら、ビールの泡がしぼんでいくのを私は眺めていた。

夕飯が終わり、コーヒーを淹れていると突然夫が話し始めたので、私はそちらに耳を傾けた。
「うちも産まれたら、お互いにパパ、ママって呼びあった方がいいのかな」
私は妊娠しており、あと数日で里帰りする、といったタイミングだった。少し考えて返事をする。
「うーん、嫌だ」
彼は断られるとは思ってもみなかったようで、驚いてこっちを見た。
「えっ、嫌なの?」
「やだよ、大体私、ママってタイプじゃないじゃん。どー見てもかーちゃん、とかって呼ばれる方が似合うでしょう。
だからうちはお母さん、って呼ばせようと思うから」
それまでにも散々、母親教室で「ママ」と呼ばれるたびに「いや、ママってキャラじゃないだろう」と心の中で突っ込んでいた私は、どうしてもママ呼びには慣れなかった。なので、産まれてくる子どもに「ママ〜」と呼ばれても笑顔で返事ができる気がしなかったのだった。
「いや、そこじゃなくて」
と、夫は冷静に突っ込みを入れると、話を続けた。
「お互いを今、名前で呼び合ってるでしょう。でも、産まれたら子ども目線からの呼び方にした方が、子どもが混乱しないかなと思って」
確かに、夫のいうことも一理ある。現に私の実家がそうだったし、日本はそういう家庭が多いようにも思う。子どもから見たら、その方が分かりやすいし、自然なのかもしれない。
けれど、私の出した答えは「嫌だ」だった。
なんで、と聞かれて考える。なんで私は嫌なんだろう。別に呼び方の1つくらい、いいじゃないか。そう思う自分がいる一方で、自分の中の大多数は反対! と旗を振っているのだった。
水澤さんの言っていたことがふと、頭をよぎる。
「奥さんは別に俺のママじゃないから」
それもあるのだ。私は、夫の妻であり「ママ」ではない。
けれど、それだけではなくて、他に何か……。
考えながら淹れたコーヒーをカップに注ぎ、テーブルに運ぶ。ソファにゆったりと沈み込むようにして座る。お腹が大きいとすぐに疲れてしまう。
モヤモヤするだけで答えは得られそうになかったので、私は水澤さんの話を引き合いに出した。夫はとりあえずそれで納得し、ひとまずお互いの呼び方は子どもが産まれてもそのままで、ということになったのだった。

それから数年が経った。
2人目も産まれ、私は家事に育児に明け暮れていた。はじめのうちは昼も夜もなく忙しくしていたが、夜中に起きる回数も段々と減り、子どもが寝た後に夫婦で過ごす時間も僅かながら取れるようになってきた。
どちらからともなくコーヒーを淹れる。コーヒー好きの私たちの習慣だった。カップに注ぎ、コーヒーテーブルに運ぶ。
「はいこれ、ゆかりの」
「ありがとう」
お礼を言って、差し出されたカップを受け取る。なんとも言えない、いい香りを楽しんで口に運ぶ。ほどよい苦味が広がる。
「美味しい」
私にとって、深夜のコーヒータイムは日々の中で唯一、ホッとできる時間だった。子どもが寝て、1日がやっと終わる。何もしなくていい、ゆっくりできる時間はその僅かな時だけだった。
「あ」
その時、ようやくわかった。私がパパ、ママと呼び合うことが嫌だった理由が。
私は、ずっと「ママ」でいることが嫌だったのだ。もちろん、子どもが産まれたのだから24時間365日、ママであることは間違いない。
けれど、子どもが寝た後、ほんの僅かな時間でいいから、夫と2人でゆっくりできる時間が欲しかった。そしてその間だけは、「ママ」であることから解放されたかった。今は見るテレビはNHKばかり、車内の音楽だってアンパンマンだけど、その時だけはドラマやback numberや星野源が好きな「私」に戻りたかった。
けれど、その僅かな時間にも「ママ」と夫に呼ばれてしまうと、もう2人で過ごす時間も「私」に戻れない、そんな気がしたのだ。
だから嫌だったんだよ、と意気込んで話す私に、単なる呼び方1つじゃないか、と呆れて夫は笑った。
そう言われてしまうとそれまでなのだ。けれど、口に出して言うことは、思っているだけよりもずっと意識に作用する、そんな話も聞いたことがある私としてはやはり、呼び方は大きな問題なのだった。

「じいちゃん、じゃなくて別の呼び方にしてみたら?」
車の中で母にそれとなく提案をしてみる。
すると母は、
「そしたら、おい、とかになるだけや」
と言った。
「新婚時代を思い出して、名前で呼んだら新しい発見があるかもわからんやん」
そう私が言うと母は遠くを見て、いまさらねえ……と呟いた。
父と母の2人きりの時間はまだまだこれからだ。そう思うと、まだチャンスはある。
いつの日か、お互いを名前で呼び合う2人の姿が見られるかもしれない。そう思うと、父と母としての2人ではなく、夫婦である2人の姿が見られることにワクワクした。
遠くに沈んでいく夕陽が、明るく母の横顔を照らした。

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2016-12-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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