メディアグランプリ

8ミリカメラのこちら側に確かに父はいた。


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記事:阿哉(ライティング・ゼミ)

「おめでとうございます! ○○似の元気な△△ですよ!」

○○には、「お母さん」または「お父さん」が入る。△△には、「女の子」または「男の子」が入る。出産の瞬間に必ず医師か助産師が出産を終えた母親や付き添う父親に告げるお決まりの言葉。この世の中の親になる人のたぶん全てが、自分たちの子どもが健康かどうかのみならず、どちらにより似ているのか、男か女か、をまず気にするからだろう。

生物としてのヒトである私たちは、母と父の遺伝子をそれぞれ受け継いでできた。だから、まず顔が両親とどこか同じようなパーツでできている。受け継いだ遺伝子の組み合わせで、男性か女性になる。

でも、この前読んだ本には、遺伝子でどんな人間になるか決まる割合はたった2割程度と言われているとあった。私たちが親から受け継ぐのは遺伝子だけじゃない。というか、遺伝子以上のものがもっと大きかったりする。

多くの子どもは、生まれてから長い時間を、両親と過ごす。同じ物を食べたり、同じ物を見たりしながら、同じ感情や思いを抱いたりすることで、自分はこの人と似ているな、とか違うなと知っていく。小さな頃は親と共に過ごすことを求めて、親に少しでも多くの点で似ていることを求めるのに、思春期を迎えると、似ていることに嫌悪感を感じ親に反発したり、違う生き方をしてやる! といきがってみたりもする。それがさらに年齢を経ると親に似ている自分も違っている自分も受け入れられるようになったりする。

長い時間、両親と共に同じ時間を過ごすからこそ「自分はこの親から生まれたんだな」と実感したり、親から色んなものを受け取ることができる。それは、誕生日とかクリスマスとか決まった日に渡されるプレゼントとは違って、なんとなく、ジワジワと「受け取ったな」感じるようになったり、ある日突然「あ、これが親からもらったものだったんだ!」と気がついたりするようなものなのだろうと思う。

私には、父親がもう30年以上いない。8歳のとき、小学校から帰宅すると、もう父はこの世からいなくなっていた。何の前触れもなく私の父は突然消えてしまった。

そんなわけで、私には父と過ごした記憶はほとんどない。もともと自営業で両親ともに忙しく働いていて、私は両親よりも祖母と一緒に過ごす時間が長かったということもある。父を物語るものは母や祖母などの話と、写真、父が使っていた時計などの遺品。私の父の記憶は、そういう断片をつなぎあわせて作られたパッチワークみたいなものだ。縫い止められて動かない、静かに止まったままの記憶だ。

大学生のある日のこと。実家の物置を整理していたら、父親が撮影した数本の8ミリフィルムを見つけた。やはり物置から掘り出した映写機でフィルムを部屋の白い壁に映してみた。色褪せていながらもカラーだ。映っていたのは家族旅行と、父親が商店街の組合で行ったアメリカのロサンゼルス旅行の記録。父の姿を認めることができるのは、アメリカ旅行のフィルムのみ。家族旅行は、父が撮影者だからもちろん姿は見えない。映っているのは、まだ30代の若い母とワンピースを着せられた幼児の私、生まれて日の浅いポッチャリ顔の妹。

今の時代のデジタルカメラではない。古い8ミリカメラで、音声は一切記録されていない。記録されている時間もあまりに短かった。父親の声の記憶も持たない私は少し残念に思った。それでも父がこの世からいなくなって初めて、生き生きと動いている父親の姿をフィルムのなかに見られたことが心から嬉しかった。たぶんロスのディズニーランドだ。旅先で楽しそうに笑う若い父の表情が新鮮だった。

私の記憶のなかの父はいつも穏やかな表情か、笑顔だけだ。

私がよく見る父の写真では、父はいつも色のついた眼鏡をかけている。だから眼鏡の奥の父の眼差しについて、一切記憶がない。父の喜怒哀楽の表情を知らない。父は何を見て喜び、どんなときに怒り悲しんだのだろうか。まったく見当がつかない。父だって一人の人間として、ダークサイドがあっただろう。穏やかに笑っているばかりでなく、泣いたり、怒り狂ったり、誰かを罵ったりもしたかもしれない。でも、まったくその姿を想像できない。

ルークが父親であるダースベーダーと対峙して強くなっていったように、私も成長のうえで乗り越えるべき父親が必要だったのではないか、と思うことがこれまで何度もあった。父親の不在というものが、自分のなかの大きく欠落している部分だと思って悩んだりしたこともあった。

母と父とそれぞれから遺伝子を受け継ぎ、その後同じ時間を過ごすことでそれぞれからそれ以上のものを受け継げるはずなのに、その片方がない。父親に怒られたり、厳しく教え諭されたり、それに反発しながら大人になっていたら、自分はもっと豊かな人間になれたのでは……と。私は普通の人より「足りない」人間なのでは、と思うこともあった。

ある年の3月、私は父が亡くなった年齢プラス1歳の誕生日を迎えた。それは「中年」という人生の段階を意識し始めるような年頃。自分の限界というものを意識するような時でもある。誕生日の日、父よりも長く生きてしまった、という不思議な感情がこみ上げてきた。数少ない父親の記憶を反芻してみた。もちろん現実の世界では何かの映画みたいに、亡くなった父親の若かりし映像が出てきて「頑張れよ」とかも言ってはくれない。

前と変わらない量の父の記憶。でも、私の受け止め方が変わったことに気づいた。父の不在を自分の欠落だと嘆くことがずっと少なくなった自分に気がついた。

あの8ミリフィルムのうち家族旅行の動画には父は映ってない。でも、映っている幼い私や妹、母にカメラを向けるこちら側に父は確かにいたのだ。こちらからの視線に自分を重ねてみると、父親の温かな眼差しが見える気がした。見えないからこそ、私は父の存在を強く感じることができるし、父が私に残した数少ない記憶の断片からより深い意味を感じとることができたのかもしれない。父から受け継ぐはずだった遺伝子以上のものは、あまりに少ない。けれど、数少ない記憶の断片のひとつひとつは、私が年を重ねるごとに重みを増しているのだ、とこの頃思ったりする。

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2016-12-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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