メディアグランプリ

まだ一度も会った事のないその少年を、わたしは敬意を込めて「悪党」と呼びたい


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:安達美和(ライティング・プロ)
こんなに切ない脅迫があっていいのか。
ハッとして飲んだ息が、なかなか吐けなくて困った。目頭がどうしようもなく熱くて、思わず下を向く。他人のわたしでさえこんな有様なのに、いま目の前にいる彼女は、その時どんな想いで息子の言葉を聞いたんだろう。必死に涙を落とすまいとわたしが苦心していることにも気付かず、こんな気持ちにさせた当の本人は相変わらずふざけて白目を剥いていた。
「アグー豚のしゃぶしゃぶ、美味しいですね、安達先輩!」
彼女は、白目がうまく剥けません〜とこぼしながら、やたら長い箸でアグー豚をつまみ、笑っていた。
ひょんなことから、一生自分には縁がないと思っていた沖縄へ2度も行くことになったのは、2016年2月と4月のことだ。
わたしは営業の任務を負っているが、勤めている会社が「カタログ通販」という業態を取っていることもあって、お客様と直接会う機会は少ないほうだ。そのため、FBでお客様と友達になって、日々自分の顔を投稿して見せれば日ごろからコミュニケーションが取れるじゃないかと思いついた。しかし、ただ顔を見せるのじゃつまらない。そうだ、変顔をしよう。そうすれば、「ああ、変顔の営業の人ね」とみんな記憶してくれるにちがいない。そう思って、日々自分のただでさえ崩れ気味の顔をさらに大幅に崩し、変顔の投稿に余念がなかった。
一方で、SNSではなぜか沖縄に住む友人の数がうなぎのぼりだった。お客様とつながろうと思って始めたSNSだったが、いざやってみるとなぜかお客様友達よりも沖縄友達の数の方が急速に増えていた。それというのも、最初に友達になった相手が、一部の沖縄県民のあいだで非常に注目度が高く、彼は自分の投稿にちょくちょくわたしをタグ付けしていたので、自然、わたしの変顔が沖縄でウイルスのように広まっていたのだった。ほどなくして、わたしはSNS上で「安達先輩」と呼ばれるようになった。このニックネームが付いた経緯については長くなるので割愛するが、20歳前後の女の子から還暦ちかいおじさままでが、わたしを「安達先輩」と呼ぶようになった。
その中のひとりに、妙子さんという女性がいた。自宅でネイルやアロママッサージを施すサロンを営んでいる方で、ある日FBで友達申請をしてくれた。素直に嬉しかった。友達申請に添えられた彼女のメッセージはこれ以上ないほど友好的で、わたしと仲良くなりたいとストレートに伝えてくれた。ただ、文面でもやたらとテンションが高いことは気になったが。
そんな風に沖縄の友人達とSNSでやり取りをするうちに、いつの間にか沖縄でビジネスセミナーを開催することが決まってしまった。我がことながら目が点だった。セミナー講師などやったことがない。それに、わたしは単に毎朝近所のモスバーガーから変顔を投稿していただけである。己の営業のために。セミナーのテーマは「仕事を楽しむ」に決まった。それから、なんとかかんとか準備をして、2月に沖縄へ飛んだ。セミナーへは妙子さんも来てくれた。彼女は予想に反して静かなひとだった。後から聞いたら、セミナー会場には自分の知り合いがひとりもいなかったから緊張していたらしい。それでも、彼女が「東方神起」のメンバーであるチャンミンという青年が大好きだということだけは、そのキッパリした口調から伝わってきたが。
なんとか無事にセミナーも終わり、これであと20年は沖縄の地を踏むこともあるまいと思っていたら、4月にどうしても出席したいビジネスセミナーが、あろうことか沖縄で開催されることが分かった。悩んだ。また行くのか、わたし、沖縄へ。わたしには、沖縄に対するひとつの思い込みがある。夏生まれで陽気で肩にラジカセを担いでリズムに乗っても正気を保っていられるタイプの人間しか、沖縄へは用がないはずだというものだ。つまり、冬生まれで陰気で肩にラジカセを担いでリズムに乗ったらおそらく発狂するわたしは、沖縄に用がない。どうしたものか。
結局、再び沖縄へ行くことにした。大好きなひとが講師を務めるビジネスセミナーだったし、それに、この機会にまた妙子さんに会いたい。
わたしは、なぜか不思議なほど妙子さんに興味があった。今まで会ってきた人間のなかで、彼女ほど「愛情」にあふれている人はいなかった。大して付き合いも長くないどころか、実際に会ったのはまだ1回きりなのに、そんな風に感じていた。
4月、ビジネスセミナーへ出席する前日、わたしはレンタカーで妙子さんが営むネイルとアロママッサージのサロンまで車を走らせていた。2月に妙子さんがわたしのセミナーへ来てくれたお返しに、マッサージをお願いするつもりだった。沖縄の4月は暑かった。グレーの半袖Tシャツから覗く自分の生白い肌が、陽に灼かれて焦げるのがわかった。サロンへ到着すると、妙子さんが緊張した面持ちで、それでも素晴らしい笑顔で迎えてくれた。わたしは彼女の年齢をよく知らないが、実年齢よりもかなり若く見えるタイプの女性だろうと思った。
サロンは自宅の一部に設えられた格好で、マッサージを行う部屋の扉を開けると、手作りのボードにわたしの変顔を切り抜いた紙が貼り付けられたものがあった。黄色い造花で飾られたそのボードには、「めんそーれ沖縄 熱烈歓迎 安達先輩」と可愛い字で書かれていた。わたしは赤面して卒倒しそうになった。そんなに歓迎してくれなくて良いんですよ、妙子さん……と思った。それだけでなく、部屋のいたるところにわたしへのメッセージを書いて置いてくれている。なんて優しい人だろう……。しかし、気になる点がひとつだけ。部屋のどこへ目を向けても、その気になるものが目に入ってくる。
「妙子さん、勘違いだったらすみません」
「はい、なんでしょうか」
わたしは施術台の近くにある小机の上を指差した。
「このカレンダーに写っているのは?」
「はい、東方神起です」
「このマガジンラックに入っている雑誌は?」
「はい、東方神起のライブのパンフレットです」
「いまかかっている曲は?」
「はい、東方神起です」
ちなみに、わたしへのメッセージが書かれているメッセージカードにも、東方神起と思しき青年がうっすら印刷されていた。
「今日は安達先輩にぜひ東方神起の魅力を分かっていただこうと思いまして」
のんびりした沖縄のイントネーションで、妙子さんは力強く宣言した。わたしはマッサージを受けにきたはずなのだが、どうやら東方神起ファンに改造されて帰される予定のようである。やがてマッサージが始まった。ハーブの香りがする。妙子さんが音楽をかけてくれた。
「あー……この曲、落ち着きますね」
「よかった〜。これ、東方神起の曲のオルゴールバージョンなんですよ」
もう黙ることにした。
ふと目が覚めると、マッサージが終わっていた。はー、とんでもなく気持ちよかった。
「どうでしたか? 安達先輩」
「とっても良かったです、ありがとうございます」
「よかった〜。東方神起の魅力も伝わりましたか?」
「すみません、わたしは枯れ専です」
55歳以上の男性でないとグッとこないのだと伝えると、妙子さんは、あきらめません、と目をきらめかせた。いや、あきらめてくれよ。
その後、妙子さんが夕食に付き合ってくれるというので甘えることにした。アグー豚のしゃぶしゃぶが食べたいというわたしのリクエストに、妙子さんは快く応えてくれた。車で店へ向かった。差し向かいに座ると、やがて出汁を張った鍋と野菜、アグー豚が運ばれてきた。箸を口へ運びながらも、わたし達はよく喋った。妙子さんがしきりとわたしの変顔を誉めてくれるので、調子に乗って上手な白眼の剥き方を伝授した。妙子さんは、できてますか? わたし、白眼、ちゃんとできてますか? としきりとアピールしてきた。完全に黒目が出ていた。
話題は、妙子さんのご家族のことに及んだ。SNSの投稿を見ても知っていたが、彼女にはふたりの息子さんがいる。たしか、上の息子さんである海君はまだ中学生ながら沖縄を離れて、サッカー選手になるため日々練習に明け暮れているはずだ。すごいですね、と素直に口にすると妙子さんは、海君が母親である自分に決意を打ち明けた時の話をしてくれた。
当時、まだ10歳になるやならずの子供が、そんなにはっきり将来の夢を口にできるなんて……静かに感動していると、わたしは海君が当時妙子さんに放ったというある一言に完全に打ちのめされた。彼は、その幼さで、母親に勝負をかけてきたのか。
こんなに切ない脅迫があっていいのか。
下を向いて涙を落とすまいとしているわたしを前に、妙子さんは相変わらず白眼を剥く稽古に余念がなかった。
「アグー豚のしゃぶしゃぶ、美味しいですね、安達先輩!」
そう言って、笑っていた。
天狼院書店のライティング・プロの課題のひとつに、「自分の周りの人のインタビュー記事」というものが掲げられた時、わたしの脳内に真っ先に浮かんだのは妙子さんだった。家族にも何人も面白い人間はいたが、それでも妙子さんが最初に浮かんだのは、やっぱり彼女の息子である海君のあの一言が、ずっと忘れられなかったからに他ならない。妙子さんに、FBメッセでインタビューしたい旨を伝えると、年末の忙しいさなかにも関わらず、すぐにオッケーを出してくれた。優しいひとだ。
質問事項を箇条書きにして送った翌朝、妙子さんから返信があった。一瞬、あれ? と思った。わたしの最初の質問である「生年月日は?」には、妙子さんのそれを教えてほしかったのだが、彼女は海君のそれを答えてくれたのだ。その後のいくつかの質問も、妙子さん自身についてのものだったが、彼女の答えはすべて海君についてのものだった。わたしの質問の仕方が曖昧だったのだなと反省したが、なんだか、笑ってしまった。母親なんだな、と思った。
生まれたての海君を腕に抱く若い妙子さん、産着にくるまれてなぜか渋い表情を決めている海君の画像などが次々送られてきた。妙子さんと旦那さんが、海君に向けて書いた直筆メッセージの画像もあった。
よくぞお父さんとお母さんの子どもとして生まれてきてくれてありがとう。元気で明るい子に育ってね!!
海くん、自分の力で一生けん命頑張ってでてきてくれて本当にありがとう。健康で心の優しい子になって下さい!!
妙子さんと旦那さんの願い通り、海くんは育ったらしい。彼は友達作りの天才で、知らない子にもすぐ話しかけ友達を作っていたという。人見知りをしない子どもだったようだ。そして、海くんが小学校2年生の時、彼はサッカーと出会う。そのわずか2年後、小学校4年生で、彼はサッカーのために家を出たいと妙子さんに直談判した。
妙子さんのメッセにはこうあった。
「その時に沖縄市地区トレセン【選抜みたいなもの】5年生がほとんどの中で小4で選ばれて、北九州の大会に参加させてもらった時に県外は、強い子がたくさんいるという意識がでたと思います。初めて言われた時は、わけもわからず言ってるんだと相手にもしませんでした。たぶん時が過ぎれば忘れるだろうと気にもしませんでしたが、それから何度も中学は、県外に行きたいと言うようになりました。その頃からホントに行っちゃうのかな?どーしようと考えるようになりました。多分5年生の頃に沖縄でサッカーは、出来ないの? と聞いたら、、、」
わたしはメッセを読みながら、備えた。沖縄でアグー豚を前に涙をこらえた時の感覚が蘇った。
妙子さんはこう続けた。
「『お母さんは、僕の夢を知ってるよね?』【彼の夢は、日本代表のゴールキーパー&レアル・マドリードでプレーしたい】
 『はい、知ってます』
 『47都道府県サッカーが1番弱い県どこか知ってる? 沖縄だよ。そこで1番になっても自分の夢を達成するのはムリ。もし、お母さんが内地(県外)へ行かせないと言うなら僕の夢は、今日で終わり』」
お母さんが行かせないと言うなら僕の夢は、今日で終わり。
なんて切実で真剣なセリフだろう。頭で考えて出てくる言葉だとは思えない。自分の夢を必ず叶えるため、この勝負に必ず勝つため、彼の細胞が瞬時にはじき出したベストな答えが、この切ない脅迫なのだと思った。この言葉を聞いた時、海くんが全身全霊で「自分は本気だ」と訴えているように感じた。
子どもが夢を抱く時、まず突破すべき関門は親であることがほとんどだ。ここで、自分の親を敵にしてしまうのか、味方につけることができるのか。最初の大勝負だ。
結局、妙子さんは海くんの夢を応援するため、その後彼の受け入れ先を懸命に探した。彼は、見事に自分の母親を味方につけたのだ。
人によってはまだ幼い息子と離れる寂しさに耐えかねて、様々な理由で彼を自分のそばへつなぎ止めようとする人もいるのではないか。息子と母親は恋人関係によく似ているという。愛情の深さで言うなら、世界中のどんな恋人もかなわない。そんな息子が、自分の元を離れると言う。どんなに早くても、子供と離れて暮らすのは子どもが15歳前後あたりである。それが、更に早くなってしまう。息子の夢ではなく、自分の気持ちを優先してしまう母親も、中にはいるだろう。それが悪いかどうかではなくて。
わたしは妙子さんに尋ねた。
「妙子さんは葛藤はなかった? だって、男の子の自立って、早くても15歳くらいだと思うんだけど、それがずいぶん早く離れ離れになるわけじゃない? 母親として一緒に子供といたい気持ちと海くんの夢を応援したい気持ちで揺れなかった?」
FBメッセの三点リーダーがのんびりしたリズムで弾んでいたかと思うと、すぐ消えた。三点リーダーは浮かんでは消えを何度かくり返した。言葉を選んでいる妙子さんの様子が思い浮かんだ。
「揺れてたよ。最初はね。でも、彼のサッカーに対する情熱を知ってたから、あの言葉を聞いて、本気で県外へ行きたがってるんだと気づいて、じぶんの気持ちよりこの子の純粋な夢を応援しようと気持ち切り替えたよ。とにかく県外で受け入れてくれるところがあるのか? とそれを探すことを一生懸命しました」
妙子さんは海くんを「自分の可愛い息子」である以上に「夢を抱いたひとりの人間」として扱っている。母親なのだなと思った。強い母親なのだな、と。
「海の試合を初めて見たのは、ママ友から送られてきたYoutubeです。知らない土地で知らない子達と一緒に共同生活しながら頑張ってるんだなーと思ったら、目頭熱くなりました。身長が、知らない間に伸びてるので、大きくなったな。とか声が太くなったなとか、外見とかで、成長を感じる感じ。。。わかるかな? 頑張ってる姿に私もこの子のために頑張ろうといつも背中押されるよ」
本当なら、自分の目の前でしっかりと感触を確かめられるはずの子供の成長を、妙子さんは画面越しに見ている。寂しいだろうと思う。でも、息子の懸命な姿に自身も鼓舞されている。夢をもった子供は、親を励ます存在になれるのか。いいな。
ちなみに海くんのポジションはゴールキーパーだそうだ。妙子さんが面白いエピソードを教えてくれた。
「あとね。面白エピソード!! 海がサッカー始めた当時、『稲妻イレブン』というアニメの主人公の影響で、みーんなゴールキーパーになりたかったの。それで、彼は、ポジションまだ、決まってないのに、私に監督がキーパーグローブ買えと言ったと言うのね。えっ? 貴方キーパーなの? と買えと言うならと買い与えたら、それを見た監督が『お前キーパーグローブ買ったのか? ならキーパーしてもいいよ』と念願のキーパーになりました。監督は買えと一言も言ってないしポジションも決まってないのに私に嘘ついてポジションそれになったのよ」
脅迫のみならず、嘘まで! 思わず笑ってしまった。大した悪党である。頼もしい。夢を叶えると決めた人間の行動力はすさまじい。そんな悪党の彼がレアル・マドリードのゴールを守る姿を見るのが、わたしも今から楽しみでならない。

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2017-01-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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