メディアグランプリ

たかがキャベツのせん切り、されどキャベツのせん切り


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:果椰kaya (ライティング・ゼミ)

リズム感はありますよ。
トントントンッと響く音がぜんぜんリズムに乗っていない、ということがわかるくらいには。
 
ノリが悪いんだよね、強弱もバラバラ、せめて一定のリズムでサクッとできない?

もう、うるさいなぁ。
リズムが問題? 今、一番大事なのは時間内に指定された「分量」を終わらせるってことだけだよ。

不規則なリズムを出しているのは、まな板の上の包丁。
不必要に飛び散るキャベツのカケラをしり目に、黙々と、ただひたすらに包丁を動かしているわたしの頭の中で、飛び交っている妄想トーク。無視したいのだけど、ひとりで向き合っているとつい脳内会話が始まってしまう、キャベツとわたし。

ここは居酒屋の厨房。
福岡のローカル地域の中で人気のある西新(にしじん)は、リーズナブルで美味しい庶民的なお店が数多くある。その中でも老舗的存在のこの店は、創業からかれこれ40年は経つという。そういえば学生の頃、何度か来た覚えがある。当時の女将さんは一線を退き、娘さん夫婦が切り盛りしている。

仕込みのアルバイトに来てもらえないか? というお誘いを受け、行けるときだけシフト入るという条件で行くことになった。飲食店に人手が足りていないのはどこでも同じ。少しでも人助けになれば、と思う ……のだが、役に立っているのかどうなのか、このキャベツのせん切りの出来ぐあいを見ると自信をなくす。

仕込みは午前中の2~3時間で終わるが、仕込み作業にモタモタしていたら、営業時間までの彼らの貴重な睡眠時間を奪ってしまうので、タイムリミットは正午。
玉ねぎの切込みが終わったら、キャベツのせん切り、つまり今ここね。これが終わったら小葱の小口切りが待っている。お出汁をとり、お米も洗っておく。ほんとはもっと仕事があるのだけれど、わたしが任される仕事量はまだこれくらい。

仕込みの作業に毎回必ず登場するキャベツは、和洋中華いずれの食材としても重宝するし、とても美味しくて大好きな野菜なのだけど、大きな緑の球体のあなたを細く切るのは大の苦手。
決まってせん切りの太さはバラバラで、その上、シンクや床にまで散らばるカケラ。
まぁ、つまり、それは下手くそだからってことだけど……。
好きなんだけどなぁ。上達にはほど遠い。

キャベツに限らず、食べることが大好き。厨房の雰囲気は何とも言えない心地良さがある。ここから美味しいひと皿が出来上がり、お客様に運ばれていく。振り返ればいつだって「食」に関わる仕事に直接的・間接的に関わってきた。これはもう、わたしが「嘉代(かよ)」と命名されたときにはすでに運命づけられていたことだったんだよね。

文化の日に生まれたわたしは、文化に触れ、たくさんの本を読み、賢い子になるようにという想いを込められ、「文恵(ふみえ)」と名乗るはずだった ……が、親戚に「文」がつく名前のおばさんがいたことに気がついた両親は、慌てて新しい名前を探し、「嘉代」に変更した(らしい)。

「嘉」という文字には「豊作」という意味もあり、食べ物がたくさんのせられたお皿を下から支えている様子をあらわす。「嘉肴(かこう/美味しい料理の意味)」という言葉もあるくらいだ。

そのせいなのかどうか、「文恵」ではないわたしは、文章を書くことが大好きにもかかわらず下手の横好きで止まっている。
美味しいものをただ素直に「美味しいよ!」と伝えたくて、美味しいものを作っている人たちのことを誰かに紹介したくて、書ける人になれはしないものか、と、文章を学べるという本屋のゼミに飛び込んだ。
文章を書くことにも技術が要る、ということを知ったのは、その時だ。
自己流を改め、基本に忠実に、数をこなしていけば、誰にだってひと様に読んでもらえる文章が書けるようになる、という。

まさか、この居酒屋の仕込みバイトで同じことを耳にすることになるとはね。

大好きな相手・キャベツと格闘するわたしに、ちょっとしたコツなんですよ、と従業員のアツオさんは言う。
アルバイトに行き始めてしばらくの間、一緒についてもらい、いろいろと教わった。
キャベツのせん切りや小葱をカットする際の、ちょっとした技術も教えてくれた。それはほんとうにちょっとしたこと、だった。ちょっとしたコツ、ちょっとした理論。なにごとにも理論があるんだな、と知った。
包丁が握れる人なら誰にだって「できること」だけど、どう切ったって一緒、なのではない。自己流をちょっと横に置いといて、フォームを整え、基本をおさえたら、あとは数をこなすだけ。

「慣れたら大丈夫ですよ、そのうち慣れますよ」と、慰めだか励ましだか、優しい言葉をかけてもらったが、多少は期待を込められていると思いたい。

わたしはお客様に「美味しく食べてもらう」ために、するべきことをするだけ。
キャベツのせん切りなんて、メインのお皿のつけ合わせか、生野菜サラダに混ぜられる程度だが、切った姿そのままでお皿の上に登場する脇役だ。
人間は「目で食べている」というくらい、視覚を使って味わう生き物。
人さまに提供するひと皿が、価値のないものでは意味がない。

たかがキャベツのせん切り。
されどキャベツのせん切り、なのだ。

理論となるコツはわかった。
頭で理解したそれを体感できるようになるには、数をこなしていくしかない。

書きたいことを書きたいように書くにも、数をこなすしかない。
今のわたしの腕前の、キャベツのせん切りレベルくらいの、リズムもまとまりもまるでない、言葉が散乱するだけの原稿を見て、きっとキャベツは言う。

仕方ないじゃない? 下手くそなんだから。凡人が焦っても、目も当てられないものになるだけよ、数をこなすのみ、慣れるのみ! 一定のリズムでサクッとこなせるようになってごらんなさいな、……ってね。

もう、うるさいなぁ、とわたしは言う。

リズム感はあると思う。
トントントンッと響くリズムが心地良いかどうか、わかるくらいには。

トントントンッが少しずつ長くなって、トントントントンッと2小節になり、4小節になり、そのうち軽快な行進曲になっていくんだから。

そのうちサクサクッと和える音がしたり、クツクツと煮込む音がして、どんなひと皿を味あわせてくれるんだろう? って、ワクワクさせることだってできるんだから。

続けてみるね、時間をかけて。
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2017-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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