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メディアグランプリ

私が血眼になって探したのは1970年の太陽の塔への入り口だった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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記事:かのこ(ライティング・ゼミ)

その日、私は夜の池袋を走っていた。
チラチラと腕時計を確認しながら、池袋駅の西武口を出て真っ直ぐ右に直進する。大きなカラオケボックスの角を曲がって辿り着いた先は……いつものお蕎麦屋さんの2階にある、隠れ家的書店ではない。煌々と光が漏れてくる閉店20分前のジュンク堂書店だった。

本が売れなくなって久しいと聞く。
家から徒歩で行ける本屋はどんどん潰れていくし、何冊かの著書を出している知り合いは、最近は本が売れたお金で次の本を作るので、1冊コケると中々次が出せないんだと嘆いていた。
そんな時代だ。出版社は本を売りたがっている。幸い職場の周りには書店が何店も軒を連ねているし、乗り換えの新宿駅にだって夜遅くまで開いている書店がいくつもある。
それがダメならAmazonだ。それにその気になれば電子書籍のKindleだってあるし、まさかたかだか1冊の本を求めて書店を何軒もはしごしたり、仕事の休憩時間に電話を掛けるとは、予想だにしていなかった。

始まりは私の好きなとある小説家のSNSからだった。
何でも、ある有名作家と一緒に大阪の万博記念公園の中にある、太陽の塔の内部を巡った時のことを記事として書いたらしい。好きな作家2人のコラボだ。これは面白くないわけがない。よし、明日は仕事始めだ。終わったら、いつもの本屋に足を運んでみよう。新年からこれは幸先がいいぞ……と思いながら、私は床に着くことにした。

三省堂書店神保町本店。私は大学生の頃から、本の事で困ったらココ、というくらいこの書店に絶大な信頼を寄せている。本のレイアウトも見やすいし、とにかく書店員さんが親切だ。雑誌のコーナーを探してみるが、それらしき商品がなかったので、レジに検索結果のレシートを持って行った。

「あのーこの雑誌って、もう売り切れちゃいましたか?」
少々お待ちください、とレジのお姉さんに言われて、その場で待っているとしばらくしてベテラン風のお姉さんが申し訳なさそうに近づいてきた。
「この冊子は、当店では取り扱っていないんですよ。もしかしたら、丸善とか、紀伊國屋さんならあるかもしれませんが……本当に申し訳ございません。」
丁寧に謝られるので、いえいえ調べてくれてありがとうございます、とかえって恐縮してしまった。

そのまま通り沿いの書泉グランデ、続いて1本通りを入った東京堂書店に足を運んだが、どちらも数冊は入荷したものの、すぐになくなってしまったらしい。
そしてその時に教えて貰ったのだが、どうやらこの雑誌は商品ではなく、配布しているものらしい。だから、書店員さんたちも在庫数がいまいち分からなかったのだ。
発売日は12月29日。まだ1週間もたっていない。本の街神保町、は当たり前だが本好きが多い。しかも人気作家の対談が載っている号だ。年末年始とはいえ僅か2~3日でなくなってしまうのも頷けた。

仕事始めで疲れていたし、ゼミの通信受講もあったので仕方ない、とこの日は諦めて帰ることした。もう、この際少し高くてもアマゾンしようかな……そんな考えが頭をよぎり、Amazonで検索してみると早速1件ヒットした。しかし、無料の冊子になんと千円の値が付けられている。メロスのように激怒はしないが、ここでアマゾンしたところで、出品した人の懐が温まるだけで(なんせ元はタダなんだから)作者には1円も入らないのだと思うと何だか負けたような気がして、ボタンを押すことが出来なかった。

でも、読めないかもしれないと思うと余計に読みたくなるのが人情だ。
次の日、私はご飯を食べる時間も惜しんで無心に電話を掛けていた。
三省堂の店員さんの言葉を手掛かりに、思いつく限りの大型書店に電話を掛けていく。

何軒かに電話を掛け、ようやく在庫のある店を発見した。
あったー! と喜びに打ちひしがれるも、すぐに谷底に突き落とされる。
「あの、それって取り置きとかできますか?」
「お配りしているものなので、それは出来かねますね……申し訳ございません。お店に直接来て頂いて、その時あればお渡しできる、といった形です」

そうなのだ。ここで無料の落とし穴があったのだ。たとえ100円でも値が付いていれば、取り置きとか予約をお願いできたかもしれない。もともと買うつもりで楽しみにしていたものだ。何ならお金を払うから、取っておいてくれと言いたい気分だった。
そのお店の閉店時間は夜21時。ダメだ、今日は仕事が22時まである。間に合わない。電話を切って他の書店にまた掛け始める。そうしているうちに仕事に戻らなければいけなくなり、半ば私は諦めはじめていた。

そうして再びパソコンに向かっている最中、まてよ、池袋に大きい書店がひとつあるじゃないか――と、ふと思い立った。仕事の合間を縫って電話を掛けてみると、少しだけどあるという返事が貰えた。しかし、ここでもやはり何冊あるかは教えて貰えなかった。勿論、取り置きもしては貰えないだろう。

ジュンク堂の閉店時間は23時――。
私は持っている最大限の力で仕事をこなし、22時ぴったりに職場を出ると、一目散に地下鉄の駅に向かった。

「すみません! こちらに本の旅人という冊子は置いてありますか!」
少々お待ちください、と言って後ろの戸棚を開いた店員さんの手には、私が探し求めていた1冊の本があった。
念願の薄紫色の表紙の冊子を手にゆっくりと歩きながら、池袋の空を眺める。
何でもないいつもの景色が、急に色鮮やかに見えてきた。
昨日、通信じゃなくてお店にゼミを受けに行っていれば簡単に手に入ったのかもしれないな……。メーテルリンクの青い鳥のように、探し物は意外と近くにあったのだ。

1981年にあの村上春樹と村上龍が対談集を出したことがある。
今となっては何と贅沢な組み合わせだろうかと思う。現在では絶版となっており、Amazonでは3000円以上の値が付いている。
私はわりかし最近になってからこの本を手に入れ読んだのだが、驚いたことにこの時代は、村上龍さんの方が圧倒的に言葉にキレがある。彼の代表作の一つとも言えるコインロッカーベイビーズが出版されてすぐ。正に、時代の寵児という感じだ。W村上ファンには、それだけでも楽しめる1冊だと思うが、何と言っても2人の時代を牽引してきた作家の、1960年代~70年代という時代への眼差しが見て取れるのがこの本の一番の魅力だと思う。

作家の対談集の面白さは、そこに時代が如実に現れていることだ。
私たちは歴史の教科書をめくるよりも、ずっと現実に近い当時の声を聞くことが出来る。それも一流と言われる人々の。
太陽の塔も、耐震のためにすでに昨年末に改修工事が始まってしまった。
この冊子に載っているような、彼らが見た塔の内部の姿を自分の目で観ることは、未来永劫ないのだ。新しく当時の様子が見事に再現された姿だって、それはそれで魅力的かもしれないけれど。

おかげで年始早々都内を走りまわることになったが、こんな冊子が無料で手に入るということが驚きであり、喜びであった。出版不況と言われる現代においても、良質な作品を世の中に届けたい、という出版社の思いが感じられたからだ。
おそらく大分品薄になっているとは思うが、もし、近くの本屋さんで見かけた暁には是非手に取って頂きたいと思う。
私も、読んでいるうちに何だか大阪に行きたくなってしまった。
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2017-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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