ふるさとグランプリ

私たちがいつか帰ると約束した、心のふるさと。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

「I’ll be back」
まさか人生で自分がその言葉を言う機会があるとは思ってもみなかった。
そして、そもそもIじゃなくてWeじゃないか、と気がついて私は慌てて言い直した。
OK! と握手をして、彼はぶんぶんと私たちに向かって大きく手を振ってくれた。
彼の姿がすっかり見えなくなるまで、私たちは別れを惜しんで手を振ったのだった。

旅とは、出会いと別れである。
基本的に放浪癖がある私は、1人でふらふらとあちこちに行っていた。最初こそおっかなびっくりだったが、そのうちに慣れると、初めて会った人と会話することも苦ではなくなった。
旅先で偶然出会った人と話すと、いろんな人の人生が垣間見えるようで面白い。女一人旅ということで、さすがに異性には少し注意したが、逆に年上の同性の方には良くしてもらうことが多く、楽しんでいた。

そんな私も、結婚をすることになり、さて新婚旅行はどうするか、という話になった。私は絵画や彫刻が好きなのでヨーロッパに行きたかったのだが、その当時のヨーロッパは治安が悪く、連日ニュースで不穏な事件を取り扱っていたため、やむなく避けることにした。
そこで候補に上がってきたのが、オーストラリアとハワイだった。
オーストラリアについて、カンガルーがいることとエアーズロックがあることしか知らない私は、「自然が豊富だし」と勧める彼に対し「あったかいからハワイがいい」と言った。
しかし、式の用意などでバタバタしており、なかなか旅行代理店に行く時間が取れなかった。そこで、私は式場、彼は旅行代理店、と分担することにした。そうして行かせたところなんと、彼はオーストラリアの見積もりしかもらってこなかったのだった。
当然、私は激怒した。両方の見積もりを出して比較して決めよう、と言ったのに、これでは比較も何もないではないか、と。しかし忙しさに忙殺され、彼に勧められた「るるぶ」を見ているうち、オーストラリアもいいな、と思えてきた。ハワイは後からでも行けるけど、オーストラリアは広いし、1週間くらいあった方がいいから今しか行けないよ。そう言われ、私たちはオーストラリアに行き先を決めたのだった。
ハネムーン用パッケージプランから選ぼうとすると、オペラハウス、エアーズロック、グリーン島などが組み込まれたプランが主流であることがわかった。エアーズロックに行きたい! とは彼の主張だった。一生に一度のことだし、確かに世界遺産をこの目で見てみたい気もする。そう思い、エアーズロック付近でゆったり過ごせるプランを選択することにしたのだった。

「あっつ……」
焼きつくような日差しの下、赤い砂の上を歩く。おかげで履いていた登山用のベージュのパンツは赤く染まり、靴は砂だらけだった。
新婚旅行だというのに、私の格好はどう見ても夏の登山家だった。行きの飛行機からその格好だったため、他のシドニーやケアンズへ旅行に行くカップルからは浮いていた。前に並んだ女の子のかわいいベージュのキュロットとヒールを見ながら、私もこんなかわいい格好で出かけたかったな、と思ったものだった。
紫外線対策に、と日焼け止めをこれでもかというほど重ねて塗った腕が少しベタつく。けれど、風があるためさほど気にならなかった。
目の前には、壮大なエアーズロックーー現地の言葉では「ウルル」と呼ぶらしい、その岩がそびえ立っていた。
(以下、この文章中ではウルルと記載する。現地においてはエアーズロックよりもウルルと呼ぶ方が一般的であったため)
行きの飛行機ではあまり眠れず、フラフラしながら乗り継いだ国内線だったが、窓の外にウルルのその姿が見えてくると、眠気が飛んだ。
何もない赤い大地の真ん中にぽっかりとそびえる大きな岩。その雄大さに、私は息を呑んだ。となりで彼が「すごい」と呟いた。
一瞬で魅入られる、あの感覚を人は崇拝と呼ぶのかもしれない。目にした瞬間から私たちは、すっかりウルルに魅入られてしまった。
そうして、私たちはウルルにほど近い「エアーズロック空港」に降り立ったのだった。

砂を蹴って進み、登り着いた展望台から眺めると、ウルルはそこに静かにあった。アボリジニの方々が敬愛する気持ちがわかるな、と思ったが、いかんせん暑い。私たちがいった季節は乾期で、昼暑く夜は寒いという、気候としては砂漠に近かった。こんな中でも生活していたという人々に恐れ入る。
その時、「はーい、では、そろそろバスに戻ってくださーい」と、ガイドさんの声がした。
私たちは、バスで目的地へ連れて行ってくれ、日本語がわかるガイドさんのついているツアーを選択していた。よって、同じく日本人の方と共に行動していた。
だが、一歩外に出ればそこは海外。バスの運転手さん、お店の店員さんは皆英語でなければ全く通じず、聞くことはできても話すことは中学英語レベルの私と、日本語発音で英語を話す彼ではなかなかに大変だった。
しかし、彼には海外で通じる手段があった。
ボディーランゲージである。
もともと日本人なのに身振り手振りが大きく、リアクションが派手な彼は、やたらと現地の人にウケた。あちこちで知らない人に話しかけられては、「ハイ!」か「ヤー」くらいしか言っていないのに楽しそうだった。そして、会話の中身は分かっていないので「さっきの人、なんて言ってた?」と後で私に聞くという、コミュニケーション力が高いのか低いのかよくわからないスタンスを取っていた。
ぞろぞろと連れ立ってバスに戻ると、外で運転手さんが一服していた。運転手さんを見ると、彼は「ハーイ! サム!」と気軽に声をかけた。すると運転手さんは「Oh!」と手を挙げ、英語で何か彼と話していた。
バスの運転手であるサムも、なぜか彼と仲良くなった1人だった。ある時から急に声を掛け合うようになり、「何かしたの?」と聞くと、何も心当たりはない、という。一体彼には何のフェロモンが出ているか謎だったが、楽しそうなのでまあいいか、と私も半ば面白がって見ていた。

あっという間に数日が過ぎ、私たちもウルルを後にする時が来た。ずっと見ていても飽きず、美しいウルルとの別れは悲しかった。私以上に彼は本気で悲しみ、帰らないと言いそうな雰囲気を醸し出していたが、やはり日本の米が食べたいという理由で移動することを選択した。
空港まで向かうバスに乗ろうとすると、ヘイ! と聞き覚えのある声で呼び止められた。
サムだった。
ハーイ! と旦那は話しかけ、サムとの別れを惜しんでいた。サムは英語で、「またいつかウルルに戻ってこいよ、待ってるから」という内容の事を話した。他にも何か話していたようだが、早口で私には聞き取れなかった。
彼は「アイルビーバック!」と答えるかと思いきや、ひたすら「センキュー」を繰り返していた。なので、私が代わりに「We’ll be back」と答え、会話をした。
後で聞いたところ、彼はサムが何を言っているか全く分かっていなかったらしい。人がせっかく話しかけてくれているのになんてもったいない事をするんだ、と愕然とした私は、もし次回海外に行くなら私が英会話を学ばねば、と心に誓ったのだった。
彼はサムと豪快にハグをし、手を振った。大柄なサムの姿はどんどん小さくなり、ついには赤土の向こうに見えなくなった。

離陸の合図がアナウンスで流れると、私たちは窓の向こうのウルルとの別れを惜しんだ。
彼は涙ぐみ、私もしんみりした気持ちになった。側から見れば怪しい2人組だが、そのくらいウルルの存在感は大きかった。
明けても暮れてもそこにあり、表情を次々と変える、大きな一枚岩。その雄大な自然のありように、私たちは惹かれ、魅せられた。
大昔から続く営みに少し触れただけで、ずっと昔からそこにいたかのような錯覚を覚えるほどに。それは、どこか懐かしいふるさとのようであった。
「さよなら、サム、ウルル。またいつか、ずっと先になっても戻ってくるから」
そう言って彼は窓から写真を撮った。ウルルが見えなくなるまで。
ウルルでは、小石1つ持って帰ってはいけない、と言われていた。持って帰ってしまうとその石が帰りたがって、具合が悪くなったり悪いことが起きるよ、と。実際に持って帰ったものの、ツアー会社に手紙で送り返してきた人もいるとの事だった。
なので、私たちが残せるのは写真のみだった。たくさんのウルルをカメラに収め、私たちはノーザンテリトリーを後にした。

「あー、また行きたいな、ウルル。サムは元気かな」
テレビでオーストラリア特集をやる度、彼はそう呟いていた。
またお金を貯めて行くぞ! と息巻いていた彼だが、それは老後の夢となった。帰宅した私たちにはその後、すぐに新しい生命がやって来てくれたからだった。
「4人で行くのはキツイなー。でも行きたいから、みんなそれぞれお金を貯めて行こう」と最近は呟いている。
私も、ふとした瞬間に思い出す。あの暑さ、赤い土、壮大なウルルの姿、そして最後に握手をしたサムの大きな手の暖かさを。
私たち夫婦のはじまりの時は、あの場所だった。だから、ウルルは私たち夫婦の「ふるさと」とも言えるかもしれない。
そんなことを思いながら、笑みがこぼれる。あの旅行から随分と遠くまで来たようでも、まだほんの数年しか経っていないのだから、おかしな話だ。まだまだ、老後まで先は長そうだ。
けれど、またいつか、私は訪れようと思う。
私たちの、心のふるさとを。

***

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