メディアグランプリ

注文の多い両親


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ナギハネ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
※この記事はフィクションです。
 
放課後のチャイムが鳴ると、キョウコはランドセルをすばやく背負って廊下に走り出た。
 
「キョウコちゃん、まっすぐお家に帰るのよ」
教壇からセリナ先生の声がする。キョウコはセリナ先生が苦手だった。
日本海に浮かぶ小さな島の、小さな小学校。全学年あわせても50人に満たない生徒数だったから、先生と生徒との関係性は近くなるのは当然だろう。とはいえ、セリナ先生はいつもキョウコだけに声をかける。おはよう、今日は遅刻しなかったのね、えらいわ。給食はちゃんと残さず食べた? プリントはちゃんとお父さんに見せるのよ。低学年の時には感じなかった、先生の声色。6年生になったキョウコには、その声色にどこか違和感を覚えるようになった。とりわけ、“お父さん”という言葉に艶めいたものを幼心に感じていたからである。
 
「キョウコちゃん、さようなら」
セリナ先生の声を無言のまま背中で跳ね返し、キョウコは図書館に向かった。廊下はひんやりと冷たく、冬の気配を感じさせる寒さだったが、窓から注ぐ西日は秋の豊かさを含んだ光で、廊下をたっぷり赤く染めている。眩しさに目を細めながらキョウコは図書館の扉を開いた。部屋の一番奥にある棚の前で、見上げるように本の背に書かれたタイトルをたどりはじめた。
『注文の多い料理店』
目当ての本を見つけると、背伸びをして取り出した。窓辺の席に座り、そっとページをめくっていった。
 
―吹雪の中、狩猟のために山奥を訪れた2人の紳士。腹を空かせた2人は森の中で西洋料理店を見つけ、中に入る。店内は扉で仕切られた廊下が続く不思議な造り。扉には2人に対する注文が記されていた。『当軒は注文の多い料理店です』
 
キョウコは12年生きてきて、レストランに入ったことはない。だけどレストランでは入った人が注文をするはず。他のお話にはそう書いてある。最初にこの本を読んだ時、まったく逆のことが書かれていた。それがキョウコの興味をかきたてたのだった。
 
―2人は扉に書かれているままに、銃を下ろし、髪を溶かし、泥を払い、身体をきれいにしていく。最後の扉、『塩を身体にもみこんでください』という注文に、ようやく自分たちが“食べられる側”なのだと気づいて逃げ出した。
 
何度も読んで結末は分かっていたが、いつもキョウコは最後の展開に、ぎゅっと胸が締め付けられる。共感とも羨望ともとれる感情だったが、12歳のキョウコには分かるはずもなく、ただただ面白かった、という気持ちで本を閉じるのだった。
 
顔をあげ窓の外を見やると、西日が傾き、太陽が沈もうとしていた。小さくため息をつくと、キョウコは本を棚に戻し、ランドセルを背負いなおして家に帰った。
 
日の射さぬ山道を抜け、海を見下ろす坂道を下っていく。太陽は水平線にほぼ沈み、あたりは青とピンクの不思議な色をまとっていた。
海辺にほど近く、平屋と離れのある建物が見えてきた。離れのそばにある陶芸釜の扉が開いているのを確かめるより早く、離れから父が姿をあらわした。
「風呂に入る」
焼きが終わったのだ。父はそれだけをキョウコに伝えると、再び離れに戻っていった。
 
玄関の扉を開け、土間で靴を脱ぐより早く、居間の奥、母の寝室から声がする。
「水、ちょうだい」
キョウコはランドセルを居間に投げ入れると、台所に向かい冷蔵庫から水を取り出すとコップに注いだ。
寝室で寝込んでいた母は、娘の気配をとらえると、ゆっくり起き上がり、彼女からコップを受け取るとごくごく飲み干した。
「冷蔵庫に豚肉と、あと卵もあるから。ごめんね、お願いね」
キョウコがうなずくよりはやく、母は激しくせき込みながら彼女に背を向けて布団にもぐりこんだ。
 
と、どこからかぽつぽつと水の音が聞こえてきた。ぽつぽつと散らばった音たちはすぐさま寄り集まり、ざあざあと雨になった。
キョウコは慌てて立ち上がり、庭にでると洗濯物を取り込んだ。縁側に散らばった洗濯物をかき集め、畳み終えると、ようやくはーっと息をついた。
 
両足を投げ出し、畳に両手をついて空を見上げた。さっきまで赤く染まっていた空は、どんよりと灰色の雲に覆われ、無数の太い雨水が落ちてくるばかりだ。
 
しばらくキョウコはそのまま空を見ていたが、我に返ると、風呂場に向かいごしごしと湯船を掃除した。湯を張ると、そこでようやく気づき、手を洗ってうがいをした。そして足早に台所げ向かい、母がまだ健康だった頃に使っていたエプロンを身につけた。冷蔵庫をあけて、豚肉と卵を取り出す。すると小さな手から卵が一個、床に落ちた。ぺしゃっと音を立て、卵は割れた。
 
「なんでかなあ?」
キョウコはぽつりとつぶやいた。猟師の2人は逃げ出したけど、私なら逃げ出さないな。注文をいっぱい聞いたら、誰かに食べられて消えちゃえるんなら、そっちの方がいいのにな。
「ほんとに食べられちゃうのかな?」
12歳の少女に、その答えを見つける術はなかった。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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