プロフェッショナル・ゼミ

日本は肉系男子で滅びる、というこれだけの理由《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:西部直樹(ライティング・ゼミプロフェッショナル)

「どうしてなんだろう」
彼は、遠い目をして呟いた。
「どうして、うまくいかないんだろうねえ」
わたしも彼に同調して、哀しく呟き返す。
(どうしてって、それは、ブレーキばかり踏んでいるからだろう!)と、心の中でわたしは思っていたけれど、口にはしなかった。
彼なりに頑張ったのだろう。彼にしてみれば、渾身の一撃、必死の突撃だったのだろう。
でも、それは、はたから見れば「がんばり」とはほど遠い、微かな身震い程度のことでしかなかった。

昨日の夜、彼はわたしに向かってこう言ったのだ。
「明日はやりますよ、ガツンと! 一気に詰めます!」
わたしは少し胸が熱くなった。
彼が遂に立ち向かっていくというのだ。
友人として、それは嬉しいことだった。
彼のモヤモヤが、彼を見ていると感じるモヤモヤが吹き払われるかもしれない。

だから、今日、彼のために席を用意した。
主催者の特権を行使して、彼には特別の席を用意したのだ。

夕刻、都内の居酒屋に本が好きな者たちが集まった。読書会である。
わたしが主催している。
十名余の参加者、その中に友人ももちろんいる。
そして、そしてだ。
彼が思いを寄せる亜紀さんもいる。
わたしは主催者として、混乱を避けるためと称して、座席表を配り各自が座る場所を指定した。
わたしの向かいに亜紀さん、その隣に友人というように。
隣同士のほうが話しやすいだろうと思ってのことだ。
わたしの隣には、亜紀さんとも仲のよい優美香さんが座った。

読書会が始まり、好きな本を紹介したり、作家のことを話したり、会は盛り上がっていく。
しかし、しかしだ。
肝心の友人は、あろうことか折角隣の席にいる亜紀さんではなく、反対に座る陽子さんと話し込んでいる。
なにをやっているのだ。

のちほど彼はこう述懐した。
いつになく頑張ったと。
例えば、彼女の前で好きなタレントの名前を挙げたというのだ。
そのタレントはショートヘアの似合う若い女性である。
亜紀さんもショートヘアである。
彼曰く「ショートヘアの女性が好きです。つまり、亜紀さんが好きだ」と告白したようなものだ、という。

また、積極的に誘ったと言い張る。
「僕は、お好み焼きが好きなんですよ。お好み焼きと言えば、月島ですよね。行ってみたいですね」と数名の人たちの前で言ったという。
そのどこが積極的誘ったことになるのだ?

さらに二人の将来についても話したのですよ、としみじみと語るのだ。
曰く、数人で話をしている時
「僕は、絵本が好きなんです」といって、子どもが好きであること、あなたとの子どもにこの絵本を読んで聞かせたい、とアピールしたという。
もう妄想の世界ではないか。

読書会も終わりに近づき、初めて会った人たちはメールアドレスやラインの交換がはじまり、読書会のの中で話題に出たある作家の回顧展に行こうか、という話で盛り上がっていた。
亜紀さんは、
「いいなあ、いこうかなあ」と乗り気になりかけていた。
仲の良い優美香さんも「行こうよ」と誘う。
友人は「今度の日曜ならいけます、車も出せるし」と名乗りを上げた。
回顧展は郊外の駅から少し離れたところで開催される。車があると便利は便利だ。
友人は今までになく積極的だ。
そこだ、そこで押し切れ!
と声にならない声援を送った。
「日曜なら、わたしも大丈夫です」と何人かが手を挙げる。
「じゃあ、日曜の昼に行きましょう、この人数なら車に乗れるね、亜紀さんも大丈夫?」優美香さんがまとめていく。
「ああ、日曜はダメだア。平日は間に合わないし……、行きたかったなあ」
亜紀さんは、手帳を見ながら嘆息する。
ここだ、ここでクサビというか、繋がりというか、助けを出せ! 
とわたしは友人に声にならない合図を送った。
「まだ、期間も長いし、大丈夫ですよ。じゃあ、他の人は日曜日に。ラインのグループを作りましょう」
友人は、にこやかに音頭をとっていく。
友人を中心に人が取り囲み、連絡先の交換がはじまる。
おい、おい、本命はどうするんだ。なにやっているんだ。
わたしがやきもきしていると、少し離れたところに追いやられていた亜紀さんが
「来週の土曜日ならいけるんですが、どうですか」と話しかけてきた。
おいおい、友人に目配せを送るが、彼は気がつかない。
亜紀さんは私に気があるわけではない、というのは承知している。わたしには妻子がいるし、年もかなり離れている。
来週の土曜日は空いている。
ここは友人のためにも受けることにしよう。
「ええ、いいですよ、楽しみですね。あの作家の本は読みました?」
亜紀さんは心持ち上気した頬で読んだ本を挙げはじめるのだった。

読書会を終え、わたしは友人と近くのカフェで反省会である。
コーヒーを飲みながら、呟いたのが冒頭のひと言である。

「うまくいかないなあ。どうしてなんだろう」
彼は萎れるふうもなく言うのである。
一気に詰めると言っていたのに、あの体たらくである。
そして、彼はどれだけ、積極的に、果敢に、勇猛に、攻めていったかを話すのである。
好きなタレントの名前を挙げ、お好み焼きが好きだとアピールをし、絵本も読むと将来設計まで語ったというのだ。
わたしと彼とでは、「攻める」という定義が違っているのだろう。
「それで、日曜日に行こうって話が盛り上がっていたけど、彼女は来週土曜日に行くってさ」
わたしは次の一手を授けることにした。
「そうなんですか」
彼は心持ち怪訝な顔をする。
「一緒に行こうと誘ってきたんだ。だから、行くことにした」
「え、彼女と行くんですか? いいなあ」
友人は、いささか脳天気だ。
「オレが彼女といってどうするんだよ。そこでだ。今度の日曜日にみんなと行くだろう。良かったア、ということで、来週の土曜日も行くことにするんだ。三人で行って、途中でオレが抜けるから、あとは頑張れ」
「なるほど、それはいいですね。って、でも来週は、土日にかけて大阪に出張なんですよ」
私たちは、深く溜息をついた……。

彼の恋はその後どうなったのか。
彼は相変わらず読書会に出てくる。わたしはいつものように彼の近くに亜紀さんを座らせるのだが……。

そう、先日のある作家の回顧展に亜紀さんといった時、さりげなく彼のことを聞いてみた。
すると彼女はこういったのだ。
「えっと、それは誰ですか?」

このことは、友人には告げてはいない。告げられない。

恋愛に消極的な男子を草食系と名付けられたのが2008年頃のこと。
それから10年。草食系は進化して、肉系になってしまった。
肉系男子は日本を滅ぼすのだ。

日本の婚姻数は下がり続けている。
なぜなのか、さまざまな分析があるが、その一つは男性が結婚、その前の恋愛に消極的になってしまった。というのがあるだろう。
2016年の第15回出生動向基本調査では、彼女がいない男性の割合は7割に達するという。
これでは、結婚は望むべくもない。
わたしの周りを見渡しても、そろそろ生涯未婚にカウントされる年齢(50歳以上で結婚経験がない)の知り合いも、うんざりするほどいるのである。
この草食的男子の生態を見ていると、温和しく生きている、というよりも、待ち構えている、待ちが基本ではないかと思う。

自分のことをさりげなくアピールし、それで女性から誘ってくるのを待っているのである。
肉食女子の食べられるのを待っているのだ。
いや、しかし、肉食係女子は絶対数が少ない、たぶん。
このような待ちの体勢の男子を「肉系男子」という。
食べられるのを待つから、肉なのだ。
肉なので、草食のように動くこともしない。
ひたすら待つ。
でも、誰も食べない。
友人のような喜劇、いや悲劇になるのである。
やれやれ。

肉も元は、草食か雑食か肉食動物だったはずだ。それなら元に戻って動き出せ、といいたい。
肉系ばかりだと、婚姻率はさらに下がり、結婚しないのであれば、子供は生まれず、少子高齢化になり、そして……

さようなら、肉系男子たちよ、世界は、少なくとも日本は君たちによって滅びる!
そうならないためにも、せめて、息子には雑食系になるように教育しなければ。
そして、娘にはいい肉を見つける術を授けるとしよう。
いい「肉」があるとしてだけど。まったくもう。

***

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