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バレンタインは、本当は、悲しい女の子のためにあるのかもしれない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:長谷川 賀子(ライティング・ゼミ)
※このお話はフィクションです

「わたし、チョコレートなんてきらいよ」

おてんばな女の子が、どこかの映画のセリフをまねたみたいに言いました。全然馴染んでいなくて、お母さんのヒールにいたずらしているみたいです。

「どうして? だっていつもおやつで、おいしそうに食べてたじゃない」
お母さんが屈んで、女の子の顔を覗きこみます。女の子は買ったばかりのランドセルを重たそうに背負い直して、口をきゅっと結びました。
「きらいだもん・・・・・・」
「そっかあ」
ははは、とお母さんは笑って、女の子の頭を撫でました。
「もうすぐバレンタインだから、可愛いチョコレート、買ってあげようと思ったのにな」
お母さんはいたずらっぽく言いました。お母さんは、この女の子が、本当は、チョコレートが大好きなことを知っていたからです。だから時々チョコレートの話をして、小さな娘の小さな反抗を見守ってやることにしていました。

女の子は、「可愛いチョコレート」と聞いて、うっかり口を緩めてしまいました。頭の中に、綺麗な箱の中に入った、ハート型のチョコレートが浮かびます。
ほしいな。
女の子は思います。簡単です。お母さんを見上げて、にこっと笑えばいいのです。そうすれば、お母さんはデパートに連れて行ってくれて、女の子にチョコレートを買ってくれるのです。簡単なことなのです。

でも、女の子は、きゅっと口を結び直しました。うっかり水に顔を突っ込んだ猫みたいに、頭の中のチョコレートを振り払いました。これで大丈夫です。優しいお母さんには惑わされません。

わたしにだって、意地ってものがあるわ。

女の子は、今度は心の中で、この小さな女の子には似合わない言葉を言いました。

でも、これは、本当でした。女の子はある日から、自分で守らなくてはいけない決まり事があったのです。女の子は、ちいさいなりに自分で決めた約束ごとを守ろうとしていたのです。

それは、去年のバレンタインのことでした。

女の子のおやつはいつもチョコレートでした。その時、女の子はまだ、幼稚園でした。お母さんと一緒に手を繋いでお家に帰って、きちんと手洗いうがいをして、着替えをして、園服をたたむと、お母さんがおやつを持ってきてくれます。チロルチョコの日もあれば、チョコボールの日もありました。女の子にはよくわからない名前のチョコレートの日もありました。ともあれ、幼稚園の子が食べてもいいくらいの可愛い量のチョコレートを、お母さんが用意をしてくれて、女の子はそれを幸せそうに食べていました。

でも、あの日だけは違ったのです。昨年のバレンタインのことでした。

その日は、幼稚園はお休みでした。
だから、女の子はお家で遊んでいました。ここまでは、いいのです。

この日はお母さんがお家にいなくて、女の子は一人でした。
お母さんはお昼過ぎまで、ちょっと用事がありました。

お母さんは、棚の中にいつものお菓子が入っているから、おやつに食べてねと言って出かけていきました。

女の子はいい子にしていました。お人形やおままごとをして遊んでいました。
そして、おやつも、きちんと10時まで、待っていました。

短い針が10を向いて、長い針もきっかり12を指しました。
女の子はチョコレートが食べれると、とっても嬉しくなっています。棚を開けます。そこにはお母さんの言ったように、いつものお菓子が入っていました。いろんなチョコレートが入っている中から、女の子は3つ、ちいさな手のひらに取りました。おやつのチョコレートは3つまでと決まっていたからです。女の子は素直でいい子でした。

でも、棚を閉めようとしたとき、女の子は中の様子がいつもと違うことに気が付きました。いつものお菓子の横に、何やら可愛らしい箱が入っています。水色のきらきらした箱に、ふわふわしたリボンが付いていました。

女の子は気になりました。でも、勝手に触ってはいけないことも、わかっていました。お母さんはいつものお菓子といっていました。女の子は棚の中から、そのお菓子だけを取り出せばいいのです。

だけど、小さい女の子の好奇心は、うずうずしてしまいます。
あの中には、何が入っているんだろう? うさぎさんのかたちの消しゴムかしら? それともおもちゃのネックレスかな? もしかしたら、お手紙に貼るみたいなきれいなシールが入っているのかもしれない。

女の子は、棚の中にある綺麗な箱を小さな手で、取りだしました。そして、どきどきしながら、まるで宝箱を開けるみたいに、そっと蓋を外しました。

わあ・・・・・・!

箱の中には、まるで宝石みたいなチョコレートが、いっぱい並んでいました。
女の子は目をきらきらさせました。
いい香りが、女の子のマシュマロみたいな鼻をくすぐります。

おいしそうな、チョコレート・・・・・・!

見たこともないチョコレートたちに、女の子は我を忘れました。無理もありません。たった幼稚園の女の子なのですから。そんな高価なチョコレートは見たことがありませんし、これがバレンタインのチョコレートなことも、知りませんでした。

ただ、宝石みたいなチョコレートが目の前にある。それだけでした。

女の子は、どうしてもこのチョコレートを口のなかに入れてみたくなりました。甘い香りたちが、食べちゃえよと、誘ってきます。
この時女の子の頭の中には、お母さんが言った「いつものお菓子」の言葉はありませんでした。

さっきとった3つのチョコレートを棚に戻して、箱の中から3つのチョコレートを、取り出しました。

女の子はどきどきしながら、宝石を口に入れました。チョコレートはいつものより大きくて、やっとの思いで噛みます。すると、どうでしょう。甘酸っぱいとろとろしたものが口いっぱいに、広がりました。

おいしい・・・・・・!

女の子は、これ以上ないくらい、幸せな気持ちになりました。

それから、残りの2つも大事に食べて、箱を棚に戻しました。

「ただいま~」
時計の短い針が1時を指したころ、お母さんが戻ってきました。

「いい子にしてた?」
お母さんが笑います。
「うん! してたよ!」
女の子も笑いました。

けれど、悲しい出来事が起こってしまうのです。

その日の夜のことです。女の子は途中で目が覚めてしまいました。トイレに行きたくなってしまいました。眠たい目をこすりながら廊下を歩いていると、ドアの隙間からお父さんとお母さんがお話しているのが、見えました。それから、あのチョコレートの箱も、見えました。

「おかしいわねえ」
お母さんがなにやら困った顔をしています。
「ちゃんとしまっておいたはずなんだけど、開いちゃってるわね」
「いいよ。ありがとう」
「ごめんなさいね」
お父さんはにこにこしていました。お母さんはちょっぴり寂しそうでした。お父さんもそれにつられて少しだけ、心配そうでした。
「バレンタインなんて、もうそんな年じゃないのに、ありがとうね、母さん」

あれは、お父さんへのプレゼントだったんだ。
女の子はこの時、知りました。
きっと、今日は、子供にはよくわからないバレンなんとかという日で、お母さんはあのチョコレートを大事にしまっていたんだ。

女の子はとっても悲しくなりました。
食べてしまったチョコレートをおなかの中から取り出せたら、どんなにいいかと思いました。
でも、それはもうできません。だって、食べてしまったのですから。

女の子のおなかからチョコレートが出てくるかわりに、涙がぽろぽろ溢れてきました。
悲しくて、悲しくて、仕方ありません。

女の子は目をこすりながら、泣いているのを、お父さんとお母さんに気が付かれないように、静かに布団に戻りました。

そして、暗い部屋の中で、もう、わたしはチョコレートを食べちゃいけないんだと、誓いました。
小さい女の子は、小さいなりに、自分の過ちに制裁を科そうとしたのです。

だから、その日から、女の子は「チョコレートなんて、きらい」と答えるようにしたのです。

でも、それはとても悲しいことでした。だって、大好きなものが食べられないのですから。なにより、チョコレートと聞く度に、お母さんの悲しそうな顔が浮かびます。そのたびに、小さい女の子の胸は、きゅっと、苦しくなります。それから、なんにも言わずに隠し事をしている自分が悲しくなります。

女の子はどうしたらいいか、考えました。
ごめんなさいを言っても、あのチョコレートは戻ってきません。大切なプレゼントだったのに。きっとお母さんは、いいよと言ってくれます。お母さんはやさしいから。でも、お母さんの悲しさは、無くなるのでしょうか。

女の子は、とっても寂しくなりました。
だから今日も、「チョコレートはきらい」と答えるのです。

そうして、大好きなチョコレートとさよならして、女の子は小学校も4年生になりました。おませさんになり始めた女の子たちのいる2月の教室は、騒がしい。友達にあげるだの、好きな男の子にあげるだの、がやがやしていました。

女の子はもうちょっぴり大人になっていました。バレンタインというものも、もうバレンなんとかではありませんでした。ちゃんとバレンタインというものを、知っていました。

それから、あの時の間違いも、あそこまで泣きじゃくるものでもなかったし、素直に謝れば絶対にチョコレートを食べないなんていう、くだらない意地を見せる必要もなかったことは何となく、わかっていました。

でも、やっぱり悲しいのです。
お母さんの顔を思い出すたびに、あの横顔があの時見たものより、もっと寂しそうに思えるのです。

わたしも大人になったんだ。

女の子は、思いました。今年はちゃんと、謝ろう。

女の子は、大事にためてきたおこずかいをもって、小さなチョコレートを買いに行きました。あの時食べてしまったような豪華な物は買うことができませんでしたが、せめてもと思い、お母さんにプレゼントしたかったのです。

お家に帰って、ご飯をつくっているお母さんに話しかけます。

「おかあさん?」
「なあに?」
おかあさんの肉じゃがみたいにやさしい声が返ってきます。
「これね、おかあさんに、あげる」
女の子は、ちいさなチョコレートをさしだしました。
「まあ、ありがとう!」
お母さんは、とっても嬉しそうでした。

「それから、ごめんなさい」

「どうしたの? 急に?」
お母さんは、笑っています。
「小さい頃、お母さんがお父さんにあげるチョコレート、食べちゃって」
お母さんは、もっと笑います。
「そんなに小さい時のこと、覚えていたのね。それに、見てたの! あらまあ」
お母さんはなんだか、楽しそうです。
「いい子に育ってくれて、よかったわ。それより、大好きなチョコレート、我慢なんかして」

お母さんはエプロンのポッケから、可愛い箱を取り出しました。
「これね、お母さんから」

てのひらにのったチョコレートは、なぜだかほっこり、あたたかく感じました。
お母さんと女の子は、こたつに入って、一緒にチョコレートを食べました。どんなチョコレートよりも、おいしい気がしました。

それから女の子は思いました。

お母さんがお父さんに送ったあの日のチョコレートみたいに、優しい気持ちを込めて、自分も誰かにあげてみたい、そう思いました。

***

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2017-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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