きっとあなたを包み込んでくれるに違いない《ふるさとグランプリ》
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記事:芽れんげ(ライティング・ゼミ)
低い軒。
クリーム色のようなグレーのような、微妙な色合いの壁。
足元にはモザイクのように色とりどりに貼られたタイル。
切れ込みを入れたようにくり抜かれた壁には、少し奥まったところに木枠の窓がはめられ、その窓からこぼれるオレンジ色の明かりは、「この中の空気は外とは違うよ」というサインを送っている。
入り口の横には、店名を刻んだ木彫りのプレート。そしてそれをやさしく照らすランタン。
どう説明すれば想像できるだろう。
あ、そうだ。
ハリーポッターの中で魔法使いたちがお買いものする町「ダイアゴン横丁」にありそうな建物、といえば思い浮かべることができるだろうか。
ちょっとイマドキからは取り残されたような佇まい。
そんな雰囲気の建物が、京都の街中、それも一番の繁華街を少し入ったところにあるのだ。
周りの景色からは数段も浮いている。
いや、実際には、落ち着きすぎている外観だから、数段沈んでいると言ったほうがしっくりくるかもしれない。
そんな外観を前に、私は木製の扉を開けるのを少し躊躇していた。
まあ、これまでも何度も来たことがあるわけだから、躊躇するまでもなく開ければ良いとは思う。
しかし、この建物の中に充満しているだろう空気に振動を与えることが憚られる気がして、しばらくの間、扉の前で立ち止まっていた。
意を決して、扉に手を添える。
息を止めて、ゆっくりそっと扉を開ける。
そっと、そうっと。
それなのに……。ああ、何てことだろう。
古い建物に建てつけられた扉は、ギイイイィ……と容赦ない音をたててしまう。
空気を揺らしてしまったことへの後悔の溜息と一緒に、そっと一歩中に入ると、もうそこは今までの景色とは隔離された空間になっていた。
暗い照明。
低い天井。
目の前には西部劇に出てきそうなスィングドア。
二人ほど入ればもう一杯、というような、ピロティというには狭すぎる空間に、早く次のドアを開けろと急かされる。
もう、前に進むしかない。
スウィングドアを開けると、時が遡った。
扉ひとつ開けるごとに、濃密になった空気。
外の音は何一つ聞こえなくなり、部屋中に響くクラシックの音色に全身が包まれる。
薄暗く部屋を照らすアンティークな電燈。
どこかで見たことがあるような柱時計と暖炉。
カウンターに置かれた蓄音機。
赤葡萄酒色のベルベットが張られた椅子。背もたれには重厚な彫り物が施されている。
それらすべてを包み込む、凹凸と濃淡のある濃いクリーム色の壁。
歩くとギシギシ軋む二階への階段。
一気に、大正レトロ。
そこに、心地よいコーヒーの香りが漂う。
京都一の繁華街、河原町通りを少しばかり入ったところに、その店はある。
「 T 」
昭和九年に創業した、古き良き喫茶店。
建物自体は大正時代のものであるらしい。
私がこの店を知ったのは、大学生の頃だった。
当時はもちろん、スターバックスやタリーズといったようなカフェなどはなかったが、飲み会の後などは、帰路につく前に美味しいコーヒーで一息つきたいとずっと思っていた。
そんなとき、ちょっとお洒落な友達から、この店を教わったのだ。
「帰りにコーヒー飲んできた」
そう言って帰宅した大学生の私に、コーヒー好きの父が尋ねた。
「どこで飲んできたんや?」
私が「 T 」と答えると、すかさず言った。
「ウィンナー珈琲、飲んできたか?」
「 T 」でコーヒーと言えば、ウィンナー珈琲のことを言う。
ふんわりとやわらかい、でも甘くはないホイップが乗っかった、カップにたっぷりいれられたそのコーヒーは、メニューの一番上にも掲げられている「 T 」の名物だ。
「何で知ってるん?」
と尋ねる私に、父は、学生時代にウィンナー珈琲を味わいに「 T 」に通っていたのだ、と白状した。
昭和二十年代後半に学生だった父が、こんなところに出入りしていたとは。
私が知らなかっただけで、父って結構「オシャレ」で「ハイカラ」な人だったんだなあと思い、大学生姿の父を想像して、ちょっと笑った。
そして、父と同じ大学に進み、父が通った喫茶店に同じように出入りするようになった自分のことも、ちょっと笑った。
「帰りにお茶行ってきた」
そう言って娘が帰宅した。
「どこで?」
「 T 。 コーヒーじゃなくて紅茶だけどね」
コーヒーの飲めない娘も、「 T 」はお気に入りの場所であるらしい。
父が愛し、私も娘もお気に入りな店、「 T 」。
この店に出会ってから三十年以上にもなるが、今も初めて足を踏み入れた時と同じ空気をたたえている。
いや、創業した当時からの空気を伝え続けているに違いない。
玄関の色とりどりのモザイクタイルも、
窓にはめ込まれたステンドグラスも、
結構大音量なクラシックも、
そこにある全てが、訪れる人の年齢には関係なく、昔の空気そのままに迎えてくれる。
やさしい空気が、ひととき、毎日のざわざわした空気から解放してくれる。
そういう場所であるからこそ、私たちは三代にわたって通ってしまうのだ。
疲れたときは、京都の「 T 」へ。
私たちが実際には体験したことのない大正レトロな時間と、
とろけるホイップの乗ったウィンナー珈琲。
それらをひっくるめた優しい空間が、きっと、あなたを包み込んでくれるに違いない。
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