降りてはいけない駅にある「何か」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:まつしたひろみ(ライティング・ゼミ)
「降りるんですか! 本当に降りるんですか!!!」
電車内には、車掌さんの壮絶な声が響き渡った。
ビルの屋上から飛び降りようとしている人を全力で止めるように、降りようとしている乗客を止めていた。
走っている電車から飛び降りようとしているわけではない。電車は停車している。それも駅に止まっている。扉も開いている。それなのに降りるのを止める理由はなんだろう?
「いいんですか! 何もないですよ! 本当にいいんですね!!!」
まだ止めようとしている。
そうか、何もないのか。だから降りても仕方ないと、止めようとしているのか。
確かに無人駅だし、周りには何もなさそうだ。降りる人なんているんだろうか。
「本当に何もないですよ! 本当に降りるんですね!!!」
扉も閉まり、発車しているのに車掌さんは叫んでいた。止められなくて無念だった。そんな気持ちも叫ぶ声に現れていた。
車内は失笑。
それにしても、これだけ全力で止められているのに、誰が降りたんだろう?
気になって、ゆっくりと走り出した電車の窓から外を見てみる。
……。
いや、私の見間違いだろう。
さっきまで後ろにいたはず。
……いない。
終点で降りるって言ってなかったっけ?
そこで、1時間くらい過ごすって言ってなかった?
私の聞き間違い? 保津峡って言ってた……ような気もする。
いや、でも、車掌さんが「何もない」って言ってたじゃん。あんなに必死で叫んでたじゃん。
そこで降りてしまうなんて。
私はその日、天狼院書店のイベント「秘トリップ」に参加していた。
京都天狼院を中心に、京都を楽しもうという旅で「旅の中身は参加するまで秘密です」という、天狼院書店の名物でもある「秘本」の旅バージョン。参加して、初めて中身がわかるという旅だ。
「秘トリップ」2日目。嵐山散策の中で、トロッコ電車に乗った。
嵐山には何度か来ているが、トロッコ電車に乗るのは初めてだった。この電車は、電車の中から自然の景色を楽しみましょうというものらしい。
電車の切符を買うときに、みんなで「どうする?」となった。切符は往復で買うにしても、帰りはすぐの折り返しに乗るか、終点で1時間くらい過ごして戻ってくるか。私は、普通に観光はしたことあるし、天狼院の人たちといた方が面白いかなという思いで、終点で1時間くらい過ごすチームにすることにした。
それなのに、その一緒にいようと思った人たちは、電車から降りるのを全力で止められたのに、終点ではなく、途中の駅で降りてしまっていた。
私は一人で置いていかれたわけではない。秘トリップ参加メンバーの人たちは隣にもいる。
でも、置いてけぼりな思いでいっぱいだった。ガタンガタンと揺られるたびにその思いが膨らんだ。
なんで降りた? そんなすごいものがあるようには思わなかった。降りた人たち、すごい笑顔で電車を見送っていたから、いいものがあるのかな?
何もないところで降りていった人たちが気になり、終点でのんびりするつもりだったが、切符を更に買い足し、すぐに折り返しの電車に飛び乗った。
発車してしまえば、その駅まではたった10分程度の道のりだ。しかし、それが異様に長く感じられた。
駅に降り立った。
車掌さんはもう諦めていたのか、「降りるんですか!」とは言わなかった。
ホームで電車を見送り、周りを見渡す。確かに、なんにもない。
山と川、鉄橋に無人駅。
ま、降りちゃったし、一人じゃないし、ふらっと歩いてのんびりするか。
「ここ、すげーよ!!!」
「めっちゃすごいんですよ!!!」
「光とかヤバいし!!!」
静かなホームとは対照的に、全力で降りるのを止められていた人たちは興奮している。移動もせずに何をしていたんだろう?
よくわかんないんですけど。
そこにいた私以外の4人は、一眼レフのカメラ持っていた。そういえば写真撮るって言ってたっけ。景色がいいからね。自然を撮るにはいいかも。
ぼーっと過ごしながら、写真に夢中になっている人たちを観察していた。
川の流れる音しかしない静かな場所では
「そうそう! こっち向いて!」
「あっちに立ってみて!」
「そう、その表情いい!」
カメラを構えている人たちの声が響く。お互いに撮って撮られてを、繰り返している。
大人たちの夢中になっている後ろ姿を見ていたら、なんだか面白そうだ。iPhoneを手に近付いた。気付いたら、見ているだけのつもりが、私も撮って撮られての輪の中に入っていた。
撮っていた写真を見せてもらったら、ただ人を撮っただけではない、景色も含めて全体でひとつの作品になっていた。
自然が背景となり、無人駅のホームがセットとなり、自然の光が照明となっていた。
人の力で作り出そうとしても、簡単には作れないであろう場所が、そこにあった。
その場所にモデルの人が加わり、カメラを通すことで、更に進化したものとなる。
自分が撮られている写真も、普段なら見たくないものだが、すごくいい写真になっていた。もちろん、カメラと撮る人の腕も確かなものであることは間違いないが、その場所による相乗効果があったと思う。
「何もない」と言われた場所は、「何かある」場所だった。
何もないものは、見方によって価値のあるものへと変化を遂げる。
カメラのモニタに映る作品を見せてもらっていると、すごく羨ましくなってきた。このカメラを手にしたら、私にもこんな写真が撮れるようになるんだろうか。
「カメラ、始めたらどうですか?」
誘惑の言葉がかけられる。
いや、これ以上は勘弁してください。iPhoneで満足しているんだから。
引きずりこまないで……。
大人を夢中にさせる「何か」もこの場所には眠っているようだ。
全力で止めた車掌さんには、もう少し頑張ってもらおう。
他に降り立つ人がいたら、体を張ってでも止めてもらわなくては。
「何もない」素敵な場所の価値を、他の人には知られたくないから。
「ちょっと面白いもの、見ませんか?」
京都天狼院に帰ってきて、ひとりで残ってくつろいでいたら、店主である三浦さんから声を掛けられた。
先ほど撮っていた写真をパソコンに取り込んだらしく、カメラのモニタより大きく映る作品たちを見せてくれた。
写っている場所はどこも素敵で、先ほどまでいた場所が更にキラキラしていたものになっていた。
先ほどまで一緒にいた方々が、素敵な表情をして、そこにいた。
「いやいや、これきっとヤバいですよ」
ニヤリと笑い、何やらテレビの辺りでゴソゴソやっている。
まだ何かあるんだろうか?
パッとテレビに写真が映し出された。
!!!
ヤバい、なんだコレ?
すごい。こんな綺麗に映るもの、見たことない。感動を語る言葉が足りない。
それでも何か言葉に出したくて、次々と映し出される作品に対して「ヤバい!」「すごい!」を連呼していた。
私も気付いたら、あの場所にいた人たちになっていた。
あの駅で、入ってはいけない場所へと、足を踏み入れてしまったのだろうか。
***
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