インド人に日本の教えを説かれた話
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記事:ゆうき(ライティング・ゼミ平日コース)
「ちょっと先にバスで休んでいていいですか」
強い日差し、毎日続く香辛料たっぷりのご飯に、とうとうやられたらしい。
「大丈夫? バスで寝てな」
一緒に行動していた仲間の一人に促され、送迎用のバスへと足を運んだ。
インドにやってきたのは、一ヶ月前。
デリー、コルカタ、バンガロールと、北から南に移動して来た。
そしてここは、インドの中でもクレイジーホットと呼ばれる都市、チェンナイだ。
年間の最高気温は40度を超えるというのだから、肌に感じるこの暑さも頷けた。
この異常な暑さと、長旅の疲れにやられたのだろう。少し休めば良くなる。
自分の体調不良の原因を、単なる疲れだと言い聞かせながら、バスに乗り込むと、一番前の座席をベッドにすると決めて、昨夜買ったペットポトルの水を一口含んだ。
そしてこみ上げる倦怠感を受入れて、バスの中で一人、眠りに落ちた。
それからしばらくの時間が経ったのだと思う。
バスの動く振動と、車内の賑やかな声に起こされた。
体はかったるいままなことに気づき、目を閉じたまま、音で周りの状況を確認しようとするも、バス内は、日本人メンバーとインド人メンバーの他愛もない笑い話と、バスが動く振動しか耳に入ってこなかった。
そこに入っていく元気もなく、寝たふりを決め込もうとしたが、どうも喉が渇いた。
喉の渇きをうるおそうと、ゆっくりと目を開けて、バスの座席横に置いていた今朝買ったペットボトルの水を探した。
あれ……ない。
なくした?
いやいや、そんなはずはない。
バスで眠る前に一口、口に含んだ記憶がある。
それなのに、座席の横にも後ろにも、さっきまでもたれかかっていた座席の臀部にもない。
起き上がり、戸惑いながらきょろきょろとしていると、同行していたインド人のベッタが、私のその様子に気が付いたようで、声をかけてきた。
「ゆうき、起きたの。具合は大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ、それより私の水、知らない?」
すると、心配そうに見つめていたベッタの様子が、いたずらっ子のような顔つきにみるみる変わった。
「ごめん、喉が渇いていたから飲んじゃった」
え……
えええええ……
よりによって、病人の飲み物を、喉が渇いた、という単純な理由で飲むだろうか。
いや、飲まない、私なら絶対飲まない。
しかし、ベッタの様子からは、悪気は全く感じられない。
その証拠に、喉乾いたの? と心配そうに聞いてくる。
ベッタは、私がとても喉が渇いているだけだと思っているようだった。
「もうほんの少ししか残っていないかも、今あそこにあるよ」
ベッタが指を指す方を見ると、さらに驚きの光景があった。
なんと自分のペットボトルがバス内で回し飲みされているではないか。
みんなの談笑の合間に、どんどん中の水が減っていく。
さっきまで、開けて間もなかった1リットルのペットボトルの水が、大口1個分程しか残っていなかった。
楽しそうな彼らとは裏腹に、感情がみるみる沈んでいった。
そんな私の様子に、ただ体調が悪くて喉が渇いているだけではないと、感じ取ったのだろう。
ベッタはそのわずかに残った水を引き寄せ、ごめん、という言葉を添えて、私にペットポトルを寄越した。
いくら文化が違うとはいえ、具合が悪い時に、刺激が強すぎるカルチャーショックだった。
ごめんね、と謝るベッタに僅かに残った優しさを目一杯使い、心なく大丈夫だよ、と返した。
そしてわずかに残った水を、口いっぱいに含んで、そのまま、バスの座席が最大限に倒されたシートに横になった。
それからまたしばらく、バスは走った。
目がさめると、先ほどの田園風景からがらりと変わり、草木のない山々が窓から見えた。
「ゆうき、これから私たちはお寺に行くよ。一緒に行ける?」
気分はだいぶ良くなってきた。
ちょっとくらい、降りてみようか。
水もついでに買えるだろうし。
「うん、行く」
そう返事をして、バスを降りた。
しばらく歩くと、道端にある露店が目に入った。
見ると、水が売られている。
今の私にとって、この世で一番欲しいものだ。
さっさとメンバー達に断りを入れて、水を買って、すぐに口に含んだ。
他のメンバーも水を買うらしく、待ちながらごくごくと水を飲んでいると、ベッタが甘い炭酸飲料を買って、こちらへやってきた。
オレンジ色のパッケージは、見るだけでも気分がスッキリしてくるようだ。
彼女は、ペットボトルに直接口をつけず、唇から少し浮かせて、口の中に注ぎ入れた。
私たちはこの飲み方を、インド飲みと呼んでいた。
彼女は一口、二口ほどインド飲みをすると、キャップを閉めずに私たちにも飲むよう、勧めてきた。
「みんな飲んで、喉乾いたでしょう?」
勧められるがまま、日本人もインド人も、インド飲み、をしてみんなで飲み回しをした。
もちろん私も。
1リットルの炭酸飲料は、15人であっという間になくなった。
ベッタが買った炭酸飲料は、日本でも同じものが売られている。
小さい頃から慣れ親しんできた味だ、何度も味わったことがある。
それなのに、なぜだろう。
少し気の抜けたオレンジの炭酸飲料が、格別においしくもあり、少しだけ苦くも感じた。
先ほど売店で買った、2リットルもの水が入ったペットボトルを、隠したい気持ちでいっぱいになった。
翌日。
相変わらず体調が良くならず、1人ホテルで寝ているところに、仕事を合間をぬってベッタは、天竺牡丹という日本料理屋に連れて行ってくれた。
しかし、ベッタはベジタリアンだ。日本食はほとんど食べることが出来ない。
結局彼女が注文したのは、サラダだけだった。
仕事の休み時間を使ってまで、こんなにたくさん世話をさせてしまった。
自分が具合が悪くなったことで、すごく迷惑をかけてしまっているように感じて、帰りのホテルに向かうオートリキシャの中で、ベッタに謝った。
自分が、ベッタの迷惑になってしまっているのが嫌だと説明すると、彼女は教えてくれた。
「インドではね、人は知らない内に色んな人に迷惑をかけてしまっていると考える。これは仕方のないこと。だからね、困っている人を見つけたら助ける。日本人も一緒だね、日本人は優しいから」
そう、笑いかけるベッタの顔を、直視出来なかった。
自分の器の小ささを感じ、情けなくてたまらなくなったからだ。
昨日、ペットボトルの水を飲まれたのを、私は迷惑を掛けられた、と受け取った。
けれどもベッタは、自分が喉が渇いたなら、友達からもらえばいい、友達が喉が渇けば、水なんて、すぐにそこらで買えばいい。
そういう考えだったのだろう。
自分が困ったときは、遠慮なく助けてもらう。
でも相手が困っていたら、どんどん助けようとする。
インド流の優しさをようやく理解して、たかが水一本で腹を立てた自分が恥ずかしくなった。
困った人がいたら親切にしなさい。
そんなインドの日本の共通の教えを、私は日本流のやり方で、実践していこうと思う。
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