学歴コンプレックスに長年苦しめられた母が過去と決別するまで
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記事:hiromi(ライティング・ゼミ平日コース)
「人生に遅いということはない」
102歳の女性報道写真家、笹本恒子さんの言葉である。
この世に生を受けておよそ1世紀、写真家として歴史的瞬間を撮り続けてきた笹本さんと並べるのはおこがましいが、私の母は50歳を目前に社会保険労務士の資格を取った。勉強を始めてからおよそ4年がかりでの悲願の合格だった。
今はなき民主党・菅直人内閣総理大臣政権下、厚生労働大臣の名が記された証書を手に「これでお父さんの仕事を堂々と手伝えるよ!」と笑顔で話す母の表情は、お世辞ではなくキラキラしていた。
なぜ母が50歳目前に資格を取ろうと思いたったのか。
私の母は女子短期大学の栄養学部を卒業している。料理が上手く、裁縫もできて、子供の頃には私たち姉妹の洋服を色違いで作ってくれた。絵を描くのも得意で、幼稚園の餅つき大会ではトトロの絵が入った看板を作ってくれた。
「ひろみちゃんのお母さんって絵が上手いんだね!」と先生に褒められて、子供心に母を誇らしく思った。
そんな母のことが私は昔も今も大好きだし、いつか自分も親になる時がきたら、母のようになりたいと思っている。
でも、実を言うと私はたびたび母のことが嫌いになった。
また始まった……と思った時にはもう遅いのだ。
「学生時代にもっと勉強しておくんだった。私が無名の短大を出ているから、お義父さん、お義母さんに嫌われるんだ……」
「おじいちゃんは、お母さんのことが嫌いだったの。一度、父の日に電話を入れるのを忘れたことがあって。後日慌てて電話したら、もう二度と顔を見せるなって。私みたいな出来の悪い嫁が来たことがよっぽと気に食わなかったみたいね」
と、涙ながらに語る母を見る時、私は心底うんざりした。
そして、何百、何千回と聞かされた話にひたすら頷き、理解を示さなければならないこちらの身にもなってよ……といつも思っていた。
母は決まって「自分が嫁いだ先に気に入られなかった原因は学歴にある」と結論づけたが、私は「そんなことない!」といつも言い返したかった。
学歴ってそんなに重要?
いつも私の心の支えになっている「音楽」を始めるきっかけを作ってくれたのは母。
音楽教室の友達に影響されて、私立の中高一貫校を目指すようになった私のために中学受験のための塾を探してきてくれたのは母。
勉強や人間関係で苦しい思いをしていた思春期、ストレスがたまってすぐに胃を壊す私のために、いろいろな胃薬を買ってきてくれたのは母。
そして、第一志望の大学に合格した時、私以上に喜んでいた母。
就職試験に落ち続け、大学4年生のゴールデンウイークを過ぎても内定が出なかった私に意表をつくアドバイスをくれたのも母だった。試しにエントリーしたら、その会社からいとも簡単に内定が出た。
もし母がいなかったら、いま私が見る景色はまったく違うものになっていただろう。
娘に価値ある人生を与えてくれた母が、いつまでも過去に縛られ苦しめられなければならないなんて、どう考えたっておかしいのだ。
何とか母の心のしこりを取り除けないだろうか。私は、あらゆる手段を使って、母の意識を過去から遠ざけようとした。自分が行った旅行先の話や仕事のこと、最近出会った人についてなど、さまざまな話をした。一緒に旅行に行こうと誘ったこともあったが、もともとフットワークが軽い方ではない母は乗り気にならず、ついに話は途絶えてしまった。
母が時間をかけて培養したシコリを溶かすことは、容易ではなかった。
そんな母に転機が訪れた。
父が個人事業主としてやってきた仕事を法人化したいという話が出たのだ。
法人にするためには、社長である父の他、資格を持った社員がもう一人どうしても必要になる。頑固な父と馬が合う人を雇うのは難しそうだし、その気のない娘に稼業を継いでくれというのも気が引けると思ったのだろう。
消去法でいけば、隣にいる母が手っ取り早いということになったが、もちろん母は資格保持者ではない。高校からエスカレーター式で短大に入学、卒業後に務めた会社を3年未満で辞め、寿退社した母にとって国家資格の壁はとてつもなく高いだろうと、その場にいた家族全員が思った。
しかし母は、頭を抱える父を後目に思いもよらぬ言葉を発した。
「私、資格取るよ!」
こうして、母にとって人生初の本格的な受験勉強が始まった。
最初の年は、資格の予備校に通って勉強したが結果は散々。
翌年からは塾通いをやめ、カリスマ講師の動画で勉強することになった。
「塾よりもわかりやすい!」と母の感触は良かったのだが、その年も、試験本番で決定的なミスをして不合格。
悔し涙を流しながら3度目の挑戦。この年は前回よりも模試を受ける機会を増やして、本番に備えた。結果は……やはり不合格。この時は本当に惜しかった。あと1問正解していれば合格というところまできていた。悔やんでも悔やみきれない結果を前に、母は自分が情けなくて声を殺して泣いていた。
そしていよいよ4度目。今回は試験当日に持参すべき飲み物から快適な服装まで、試験時対策はばっちり。例年以上にたくさんの模試を受け、何度も見直して万全の態勢で臨んだ。
そして、ついに合格通知を受け取ったのだった。
ああすればよかった、こうしておけばもっと違った人生があったかもしれないという後悔は人生につきものだ。しかし、変えられない過去を嘆くだけの人生なんてあまりにつまらない。
母も、まさか自分が50歳手前で資格試験に挑戦することになるなんて全く予期していなかったと思う。でも、父の会社の話をしている時に閃いたのだろう。「これで先に進めるかもしれない」と。現に、資格は母があらゆる効力に打ち勝っていくための原動力となった。晴れて父の会社の社員になった母は、いま人生の主導権を握っている。
涙ながらに過去を嘆いていた母より、同業者との集まりや最近の勉強会の話をする、いまの母の方がずっといい。コンプレックスを乗り越えた母の第二の人生に、もはや暗い影はない。
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