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プロフェッショナル・ゼミ

私がなりたくてもなれなかった、その立場にいる彼女へ《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:櫻井 るみ(プロフェッショナル・ゼミ)

ブルブルブル。

「うわっ」

思わず声が出てしまった。
パンツのポケットに入れていたスマホが震えた。
スマホのバイブレーションはポケットの中の位置によっては、ダイレクトに私の体にその震えを伝えてくる。
突然のその震えがくすぐったくて、声が出てしまったのだ。

震えは1回で治まった。だから電話ではない。
メールかメッセーンジャーかLINEか……。
普段自分から連絡をしない筆不精な私に連絡をしてくる人間は限られている。
夫からのメールか購読しているメルマガか、もしくはFacebookの友達からのメッセージか、大体その3つに絞られる。
LINEは職場の連絡用に入れているだけなので、ほとんど活用することはない。

こっりと画面を確認すると、地元の友達のミチヨからだった。
ミチヨとは小学校からの付き合いで、現在リアルに顔を合わせる友達の中でもいちばん付き合いの長い友達だ。
半年ほど前に子供が産まれ、男の子だと報告があった。
そのうち出産祝いを持って会いに行こうと思っていたのだが、忙しい日々に追われ、すっかり忘れていた。

生まれてから半年くらい経ったので、少しは余裕が出来たのだろうか。
そろそろ遊びに行っても大丈夫か聞いてみようかな……。
そう思いながら、メールを開いた。

半年振りのメールは子育てをしない旦那さんについての愚痴だった。
いや、子育てをしない旦那というよりは、子供にやきもちを焼いて当たるようなことをする旦那、だった。
ため息をついて、私はメールを閉じた。

旦那さん、年下だっけか……。
スポーツクラブで知り合った4つ年下の人、と言っていたような気がする。
でも、私達の年齢からしたら4つ年下といっても、30代半ばの立派な大人の男性だ。
最後に会った時、「早く子供が欲しいって、なんかデキ婚狙われてそうで怖いんだよね~」と、言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で言っていたのを覚えている。
彼の念願が叶ったのか、神様のイタズラか、結局ミチヨは子供を授かり、彼と結婚した。
それがここ2年くらいの話である。

相手が好きで子供作って結婚したのに、こうなるもんなのかね……。
正直、私にはその辺りのことは分からない。
子供はいないし、夫は家事にも協力的だからだ。

「……仕事しよ」

時刻は午後4時。
とりあえずミチヨへの返信は後回しにして、今日の仕事を片付けることにした。
正直、私にとっては非常にどうでもいいメールに、少々うんざりしながら……。

小学校・中学校と一緒に育ってきた友達とも成長すれば、それぞれの道をいくことになる。
高校・大学・就職……、様々な分かれ道があり、それを選択していった結果、今現在の自分達があるのだけれども、女性の場合は、いちばんはっきりと分かれる道がある。

それは『子供を産んでいるかいないか』だ。

『独身』か『既婚』かだと思うでしょう?
実は結婚しているか、していないかはあまり関係ない。
結婚相手にもよると思うけれど、私のように既婚者でありながら独身と間違われるくらい好きに生きている人間もいるのだ。

既婚者であっても子供がいなければ、フルタイムで働くこともできるし、イベントやライブ等に遊びに行くこともできる、職場や友達との飲み会にも参加できる。
さすがに合コンは無理だけど、恋愛の絡まない飲み会なら男性と飲むこともできる。

でも多分、子供がいたらこうはいかなかったと思う。

子供がいたら、きっと私は専業主婦になっていたと思う。
いや、私は専業主婦になりたかった。

私の家は共働きだった。
だから、学校から帰ったらお母さんがいて、おやつを出してくれて……というようなホームドラマ的なことは一度もなかった。
もちろん、幼い子供が家で一人きりというわけではなく、家には祖母がいた。
幼稚園の送り迎えや小学校から帰ったときの出迎えはいつも祖母だった。
その祖母が小学校5年生の時に亡くなり、私は家の鍵を持たされるようになった。
私が子供の頃はフルタイムで『働くお母さん』はまだ少なかったと思う。
だから当時、家の鍵を持たされることはある意味ステータスであり、帰っても家に誰もいないという『自由さ』を表していて、友達に羨ましがられることもあった。

そんな状態が常だったので、たまに友達の家に遊びに行くと、いろいろと世話を焼いてくれる友達のお母さんが新鮮に映った。

そうか、普通はお母さんは家にいて、こういうふうにおやつだしてくれたり、ジュースだしてくれたりするんだ……。

自分の家がおかしいとは思わなかったが、お母さんが家にいるのが『普通』なんだと、その時思った。
その頃くらいから、私は大人になって結婚したら専業主婦になりたいと思うようになった。
『働くお母さん』を間近で見ていたせいもある。
祖母が亡くなってから、仕事と家事の両立をしなければならなくなった母は明らかに大変そうだった。
疲れて私や姉に八つ当たりすることもしばしばあった。

反抗期だったこともあり、私は母のようになるくらいなら無理に働きたくない! 
結婚したら家にいたい! と思うようになった。
母が嫌いなわけではなかったが、母とは違う生き方に憧れた。
『普通』に結婚して、『普通』に子供を産んで、『普通』に育てて……。
専業主婦がいちばんイイじゃない!

そう思うようになっていった。

ところが……、何の因果か、結婚した相手は『子供は作らない』という相手だった。
せめてもの救いは、それをプロポーズの前に言ってくれたことだろう。
彼は私に選択権を与えてくれた。
子供を作らない自分と結婚するか、それとも、別れて他の男性を見つけるか……。
ショックがなかったと言ったら嘘になる。
この人と結婚して、子供を産んで育てて……という、ぼんやりとではあったけれども、未来想像図のようなものを描いていたのだから。

だけど私は、『子供が欲しいから(あるいは孫の顔を見せたいから)、他の男性を探す』という発想ができなかった。
できなかったというより、ピンと来なかった。
欲しいのは彼の子供だ。
他の誰かの子供じゃない。
当時27歳。
もしかしたらこの先、他の男性と出逢えるかどうかもわからない……。だったら、今結婚しておきたい……、という打算的な考えがなかったとは言わない。
だけど、将来の子供と今の彼をはかりにかけたとき、失いたくなかったのは今の彼だった。

夫は本当に子供が出来ないように気を付けていたし、そうして年月を過ごしていって、先日ついに私は40歳になった。
正直、もうこの年になったら子供を産みたいという気持ちは当時の8割もない。
地元の友達や同じくらいの世代のひとの『子供が産まれました!』という噂に、ちょっと胸がチクチクするくらいだ。

こうして、私の『子供を産んで育てて……』という夢は終わった。

そして、さらに残念なことに夫の収入は私を養えるほどではなかった。
バブルが弾けて20数年……。
私や1つ上の夫はもろにその煽りを受けた世代であり、バブルの恩恵を受けた少し上の世代に比べ、収入が雲泥の差だった。
切り詰めればどうにかなったのかもしれないが、それまでお互いに仕事をしていて、自分の収入を自由に使えていた、この『お金の自由』を失いたくはなかった。
私は仕事を続けることになり、『専業主婦』という夢も潰えた。

こうして私は、別の意味で母とは違った生き方をすることになった。

私は、『専業主婦』にも『お母さん』にもなれなかった……。

結局、ミチヨには『旦那さんとよく話し合ったほうがいいよ』という毒にも薬にもならない、余計なお世話でしかない返信をした。
ミチヨはただ愚痴を聞いてほしかっただけかもしれない。吐き出したかっただけかもしれない。
女性の悩み相談は『解決』じゃなくて『共感』を求めているというのは、よくある話だ。
ミチヨは私からそんな言葉ではなくて『うわー! なにそれひどい! ほっといたらいいんだよ、そんな旦那!』というような言葉を聞きたかったのかもしれない。

でも、そんな言葉は返せなかった。
だって、子育ての大変さも、協力してくれない旦那さんの子供っぽさも私には理解できないのだから。
『旦那がバカで困ってますなんて、誰にも相談できない(T^T)』とメールにはあったけれど、子育てをしている友達は仲間内にもいるのだから、本当はそっちに相談した方が良かったのだ。
私のような、その気持ちがさっぱり分からない人間ではなく。

私が憧れた『専業主婦』という生き方をしているミチヨ。
けれど、専業主婦は専業主婦で大変なようだった。

結局、私もミチヨも変わらないのかもしれない。
ミチヨから見れば、仕事をして自分の収入があって時間を自由に使える私が、羨ましかったのかもしれない。
隣の芝生は青く見えるものなのだ。

最近私は良く思うことがある。
子供がいないことで得られる『自由』と『寂しさ』。
子供がいることで得られる『幸せ』と『不自由さ』。

それは表裏、背中合わせのようなもので、お互いにお互いのいい側面しか見ていないから、こんなにも相容れないものになっているのだろう。
子供がいても自由に幸せにいいとこ取りをしている女性もいることも知ってるけれど、実際のところ、そういう女性はまだまだ少数派なんだろうと思う。

でも、せめて友達には幸せでいてほしい。
だからメールには『ミチヨがのびのび子育てできる環境でいるのがいちばんイイと思うよ。実家近いんだし、たまには実家に手伝ってもらったら』という一文も加えといた。
やっぱり、毒にも薬にもなってない……、いや、それどころか、『実家帰っちゃえよ!』って煽ってすらいるんだけど。

ミチヨが今後どうするかは分からない。
この分だと、別居や離婚もありうるかもしれない。
でもそれは私が心配することではないし、別居や離婚が必ずしも悪いこととは限らない。

今度ミチヨに会うときは、お互いに『主婦』の顔を超えて、『元3年1組』の顔で会えたらいいと思う。

『今度、そっちに帰ろうと思うんだけど、ミチヨはいつなら都合つく??』

毒にも薬にもならないメールの後に、もう一通、毒か薬になるかもしれないメールを送信した。

***

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