髪を切った女性に正しく声をかけられますか?
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記事:unai makotoki (ライティング・ゼミ)
「そんなつもりで、髪の毛を切ったわけじゃないですからね!
竹内さんは、変な目で見てませんか? 私のこと」
そう言うと、部下の鈴木優子は、会議室を出ていった。
ちらっと見えた表情からは、おれに対する嫌悪感がはっきりと読み取れた。
単純に気遣ったつもりが、完全な誤解を生んでしまった。
女性が髪を切るという行為に対して、必ず特別な意味がある。
課長に昇進した時、マネジメントの大先輩である部長から、
そんな風に教えられた。
髪の毛を切る原因となったこと。
恐らくそれは恋愛にまつわる、あれやこれやが原因で、
最悪は、彼氏と分かれて、つらい思いを抱えているため、
その話を聞いてあげるべきだ。
そして、話を聞いてあげることで、
信頼関係を結ぶことができる。
だから、部下に仕事の成果を求めるのであれば
プライベートでも何でも話を聞くこと……、
マネジメントの教科書では教えない、秘訣らしかった。
そして、今日、おれは出社して、鈴木優子を見かけると、
昨日までの髪型とは変わっていたことに気づいた。
ロングで毛先にゆったりとしたウエーブがかかっていて、
髪型を上手に説明する言葉を持ち合わせていないが、
なんとなく「豪華」な印象を与えていたと思う。
今日は、その長い髪をばっさり切り落とした
ショートスタイルになっていた。
後ろ髪は、うなじの長さで、耳が出ている。
タレントで言えば、剛力彩芽、くらいの印象だ。
その変化に対して、おれは、「何かあった」と直感した。
だから、声をかけて、時間を取ることを伝えた。
「鈴木さん、随分と印象が変わったね。良かったら話を聞くから、
夕方あたりでも、どうかな?」
この4月、おれは課長に昇進した。
新卒で入社してちょうど10年目。
何歳で、いや入社何年目が昇進の適齢期かなんて
世間の相場は分からないけれど、当社では、遅いほうだ。
勤めている会社は、インターネットのモールビジネスを中心に、
M&Aを繰り返して、ここ10年くらいでグローバル企業に成長した。
社員の平均年齢は27歳くらい。営業もエンジニアも、とにかく若く
いわゆる元気な社風だ。
同期も、できる人間が多く、早いやつでは
28歳くらいから課長になっていた。
おれは、自分で言うのもおかしな話だが、
そんなに仕事ができるほうではない。
率先して大きな成果を狙いに行くというよりも
決めたこと、決められたことを確実にこなすのが
持ち味だと思っている。
電化製品を買った時、まずマニュアルを読み込んで、
機能を理解してから使いはじめることにしている。
やみくもに使い始めて徐々に慣れるというスタンスが
どうも性に合わないのだ。
積極的な社風の中、おれみたいなタイプの昇進が遅れるのは
ある意味必然的なことだと理解している。
インターネットの世界は、技術が秒針月歩のごとく
ものすごい速度で進化している。
まだ、海のものとも山のものとも分からない、
技術という 原石を自分のアイデアと
周囲の協力を持って磨いていって
ビジネスと接続していく……。
取扱説明書なんて、
待っていられないのだ。
課長の内示を受けた時、真っ先に妻に伝えた。
自分自身の努力と同じくらい、妻にはサポートしてもらった。
だから、おれの、というより2人で勝ち取ったものとして
一緒に喜んでほしかったのだ。
ただ、妻の反応は、期待していたものと違っていた。
「女性、特に若い子に気をつけてね。
女が何を考えているのか、あなたは決して理解していないから。
本当に気をつけるのよ」
妻の反応を見た時に、複雑な気持ちを感じた。
それは、喜びを分かち合いたいのに水をさされたくやしさと
一方で、本当に心してかからないと、何らかの事故が起きるという
強い警戒感だ。
妻は、おれのことをある意味では、
おれ以上に理解していた。
大学時代に同じサークルに所属していたことが縁で
付き合い、結婚して、もう14年。
18歳~32歳という、社会人として一人前に成長する
大切な時期を共に過ごしてきた。その妻のアドバイスだ。
真摯に耳を傾けたほうがいいに決まっている。
心からそう思えた。
そして、課長になって1ヶ月。
鈴木優子との件で、早くも妻の予感が的中したと
思った。「だから言っておいたのに」という妻の
声が聞こえてくるようで、余計につらかった。
そもそも、鈴木優子は、
なぜ、あんなことを言ったのだろう。
自分が何かを間違えたことは、分かっているのだが、
原因が分からなかった。
自転車に乗って、ころんだ。
でも、なぜころんだのか分からない。
まっすぐ前を見て、ハンドルを握って、
ペダルをしっかりこいでいた。
見晴らしが良い場所で、自分を遮るものは何もない。
そんな中で突然ころんでしまった……。
そして、原因が分からなければ、また転ぶだろう。
なぜころんだのか、また自問自答を繰り返す。
出社してきた鈴木優子の表情を思い出してみた。
曇りのようなものは感じられなかった。
むしろ明るいというか晴れやかな感じがした。
なぜ、思い詰めていると感じたのか。
まず、髪の毛を切ったという事実と
その表情から読み取れる感情を自分の中で重ねたとき
「何か吹っ切れた」、とか、「何かを吹っ切りたい」のかな?
と仮説立てたと思う。
そして、それは、部長の教えを待つまでもなく、
恋愛=彼氏という構図と結びついていた。
それから、彼氏を吹っ切りたい=彼氏と別れたという事実を
忘れたい、と仮説は進んでいき、「それはつらい話だな」という考えに至る。
最終的には、「それならばその話を聞いてあげて、
アドバイスの一つでもあたえるのが、
課長にふさわしいふるまいではないか?」
と帰結した……。
あらためて、振り返ってみたが、
落ち度という落ち度は見当たらなかった。
ひいき目にみて、落ち度があったとしよう。
でも、せめて、鈴木優子のためを思った行動という点で
情状酌量の余地くらいあったはずだ。
もしかして、おれというより鈴木優子の側に問題でも
あるのではないだろうか?別れたショックで、おれとも
まともに会話できる状態じゃないのではないか?
考えれば考えるほど、自責にはできなくなっていた。
これはいけない状態だ。
冷静にモノゴトが見られる状態ではないと自己診断できた場合
すぐに第三者にアドバイスを求めること。
「主観は、別の人から見た偏見に過ぎない」という
これも部長の教えを、メモにとったことを思い出していた。
相談相手としてまず妻のことを思い浮かべた。
でも、自分を弁護しながらことのなりゆきを説明するのも
癪だし、お互いに感情的になる恐れがあった。
それでは、フラットなアドバイスにならないだろう。
友人知人の顔を思い出しているうちに、田中京子という
名前にたどり着いた。彼女は、大学時代のゼミ仲間なのだが、
いまだに研究室に残り、歴史の研究を続けていた。
IT企業に勤めているおれと、歴史を研究している田中京子とは
時間の流れというかベクトルが真逆のような気がした。
それは、あらゆるモノゴトに対して逆の解釈につながる
ということかもしれない。相談相手として相応しいのだろうか。
いや、むしろ多様性という観点では、もってこいの相手とも
いえるのかもしれない。
漠然と迷ったけれど、最後は、一人の友人として話を聞いてもらおう
というふうに答えを出した。そして、さっそく週末に会う約束をした。
京子は、待ち合わせ当日、時間どおりに
有楽町のイタリアンレストランへ現れた。
会うのは1年ぶりだ。大学時代のゼミ仲間と毎年恒例となった
飲み会を開き続けており、今年も夏に行うことが決まっている。
「竹内くん、ひさしぶりね。相談事ってそんなに深刻なこと?
妻は、私と2人で会うの知っているの?っていうか、元気?」
京子と妻は、同じ大学だが、学部もサークルも違う。
結婚式などのインベトごとで何度か顔を合わせ、話もしているが
直接連絡を取り合うほどの仲ではなかった。
たしかに、大学時代からの友人とはいえ、突然連絡してきて
2人で会うというのはいかがなものか、
またしても軽率な行動に走ったのではないか、と、
今更ながらに軽い後悔を感じた。
でも、相談の内容が重要なのだ。事の深刻さが伝われば
京子も納得すると思い、さっさと本題に入ることにした。
「京子って、おれと付き合いが長いじゃない。そういった意味で
相談したくて。妻に相談するという選択肢もあるんだけど、
前々から気をつけろ、って忠告されてたことをやってしまう、
という非常に言い出しにくい状況なわけよ。
京子って歴史とか研究しているから、
いろんな人のことを学んでいるでしょう?
まさに相談相手に相応しいのかって。
そんなわけで、よろしくお願いします」
京子と2人で会わなければいけないという
必然性を説いた。
「ふーん。話の内容を聞いてないから、よく分かってないけど。
まぁ、いいわ。それでそんな深刻な話なの?」
京子は分かったとも分からないとも表情だったが、
何はともあれ話を聞いてくれるということで安心した。
本題に入る前に、お互いに簡単な近況報告を交わしながら、
料理とワインの注文を済ませた。
ワインで乾杯をしたところで、鈴木優子との1件について
最初から説明した。話を聞きながら、京子は、時折「あー」と
声を上げたり、「なるほどねー」といった相槌を挟んでいた。
京子のリアクションを見る限り
やはり、「何かやらかしていた」ということを確信した。
話終えると、京子は、静かにつぶやいた。
「その彼女さ、たぶんね、竹内くんの下心を
感じたんだと思うよ」
……俺は愕然とした。
通りを歩いていたら思いもよらない方向から
車が迫ってきて、あやうくぶつかりそうになる。
一瞬心臓が止まりそうな、そんなショックを感じた。
「なんで? 興味あるわけないでしょ?
おれ結婚してるし、ましてや部下だよ!」
おれは必死に抗議した。
京子はなだめるように言った。
「失恋したことを知った男が、話を聞くよって優しく声をかけた時、
男性の頭の中がどうなってるのか、ましては、彼氏の話なんて興味無いことくらい
女性なら誰でも知ってるよ。それをわざわざ時間を取って話を聞く。
竹内くんが課長という立場だから、部下を心配して、というのも
分からなくもないけど、その立場を利用して、というのもよくある話よ。
だいたい、髪を切ったくらいでそこまで求めてないよ、女性って」
し・た・ご・こ・ろ。
頭の中で何度も反芻した。
鈴木優子に対しては、誓ってない。
そしてなぜそんな誤解が生まれたのか
いよいよ、原因が分からない。
鈴木優子が、というより、もう女性全員が分からない。
女性の頭の構造どうなっているのだろうか?
「竹内くん、大学時代から妻一筋だもんね。
課長になって部下を持つ。うん。いろんな女性がいるもんね。
はっきり言うと、女性のことを知らずに、ここまではこれたんじゃない?
できた妻のおかげというべきか。ある意味では、幸せなんだけど、
でも、この世は男と女しか存在しないし、最後まで知らないわけには
いかないものよ。妻だって本当は、いろいろ我慢してるかもよ、笑」
京子はからかうように、そしてやんわりではあるが、
女性に対して無知であることを指摘した。
そして、女性を知らないという事実は
自分の課題意識ともシンクロした。
素直に知りたいと思えた。
女性とは、一体何をどのように考えているのか?
女性が髪の毛を切った時、
どう対応すれば正解か教えてあげようか?
京子は少しもったいぶった口調で言った。
俺は頷く。
「新しい髪型に共感してあげるのよ。
相槌を返してあげるだけでもいい。
なんなら、笑顔で頷いてあげるだけでもいい。
切ったという事実とそこに至る思いに対して
軽く寄り添ってほしい、それくらいのスタンスで
じゅうぶんということなの。分かる?」
共感?
おれが鈴木優子のこと考えてアドバイスした
ことだって共感じゃないのだろうか?
おれは自分のふるまいの詳細をあらためて思い出そうとした。
京子から視線を外し、レストランの壁に視線を向ける。
京子は、俺がとまどっていることを
察したのだろう。話を続けた。
「髪を切ったことに対して、
良いとか悪いとかの評価は絶対にダメよ。
そもそもあなたの意見を聞いているわけじゃないの」
なるほど。
俺は俺の観点で鈴木優子を思い
アドバイスした。
でも、そんなことは、求められていない。
「あなたの主観は、その彼女にとって、偏見でしかないの」
そう言うと、京子は、ワインに口をつけた。
おれの主観が彼女の偏見。
メモした一言を実際に耳にするとは……。
鈴木優子に限らず、さまざまな女性との会話において
求められてもいない主観を振り回した経験が
いくつも思い出された。
「京子、主観が偏見って話を聞いて、
思い出したことがあるんだ。
うちの課に、とても話の長い女性がいるんだけど……」
「ちょっと待って!」
京子が話を遮ってくる。
「う、なんだよ、急に」
「あなたが言いたいことが分かる気がするの。
たぶんあなたは、こう話を続けるはず。
その彼女に対して、結論から話すように
言ったんじゃないの?」
京子は、不思議とおれの言動を見抜いていた。
なぜ分かるのか?
「そ、そうなんだよ。必ず、物事の最初から話を
始めて、最後まで話さないと気がすまないんだ。
だから、結論から話してほしい、と遮ると
途端に無口になる、そうじゃなければ、
話がとっちらかってしまう……」
おれの言動を聞いて、ため息をついていた。
主治医が、自分の言うことを聞かない患者を
見つめるような、少しあきれた表情を浮かべている。
「女性は、最初から話をしながら、自分で自分の
体験を思い出している。その過程で事実や
因果関係の整理、その評価とか、それはそれは
頭の中が忙しいわけよ。遮るなんてとんでもない。
せっかくの思考が停止させられた状態だよ。
あなただって、すごく集中している最中に、
そばで大きな風船が割れたら、びっくりして
思考が停止するでしょ? それと同じことを
あなたはしているの」
男はまず結論から話すのではないか。
おれとは頭の構造が全く違うじゃないか。
そんなの理解できないわけだ……。
「こんなにも違うなんて理解できないと思ってるでしょ?
そもそもなんで、女性の考えていることが
分からないのか、それが知りたいんだよね?
なんでだと思う?」
さっぱり分からない。
お手上げだ。今度はおれの思考が停止した。
「太古の昔。まだ狩猟がさかんだった頃の生活を想像してみて。
狩りに行くのは、男性。では、集落を守っていたのは誰?」
京子はおれに視線を向けることで、
設問への回答を促している。
「女性」
「正解!」
京子はわざと大げさにリアクションした。
「集落には、女性だけでなく、自分の子供も住んでいるから
みんなで一緒に生きていかなければいけない。
現代のようにITも機械も存在せず、生きるために必要なすべての
タスクを自身の能力だけに頼る太古の生活において
子供も含めて自分たちを守っていくために
女性はどんなふうに進化したと思う?」
分からない、と首を振った。
「女性は、危険を経験した時、感情とセットで
強く記憶する仕組みを持っているの。
現代でも、記憶力を高めたいなら、感情とセットで
覚えなさい、なんて教える記憶術もあるでしょう?
感情は、記憶力を左右する大切なファクターなの。
なぜ、強く記憶しなければいけないのか?
それは、今後同じような危険な状況が訪れた時
それを回避しなければいけないから。
覚えていられないと、危険を避けられないでしょう?
そして自分だけならまだしも、子供も同様に守らなくてはいけない。
自分の身だけを自分で守ればいい男性に比べて
危機を回避する責任の重さが違うんだよ。
でも、いつまでもその危険に遭遇した記憶ばかりが残っていると
それはそれで不都合よね。ずっと覚えている。
つまり忘れられないわけだから 、それはそれで
生活にだって支障をきたしてしまう。
だから、共感、というキーワードが大切なの。
自分の思いに共感してもらえると、ストレスと一緒に
キレイに忘れられる。 というより記憶の倉庫に
体験と感情がセットでしまわれるイメージかな。
必要な時にすぐに取り出せるように。
一方で、整理がうまくいかないと、返ってイライラがたまったり
してしまうわけ。よく男性が女性が急にキレた、なんて表現するけど、
ほとんどこのパターンよ。
上手に危険に遭遇したという記憶を整理できなかった。
特にそのプロセスを男性が意図せず妨害してしまったことが原因なの」
脳の構造については、専門外だから、分かるとも分からないと
判断できなかった。でも、不思議と納得できるような気がした。
男性不在の間に、子供を守らなければいけない。
さらに自分が持ち得る能力だけにしか頼れない状況で
男性とは違う思考プロセスの進化を遂げた。
そういう成長の方向もあるのだろう。
漠然と考えた。
「私の話を聞いて、事実かどうかは定かでないけど
論理的には納得できる、って思ったでしょう?
それは男性の思考パターンのなせるわざよ」
京子が想像する、おれの反応は、またしても正解だ。
ここまで心境を見透かされると、心の中を
直接覗かれているようで 恥ずかしい。
「つまり、もし男性が日常生活で起こったあらゆる危険な状況を
いちいち気にしていたら、狩りになんていけないでしょう?
狩りに行くという行為も集落でみんなを守るという行為も
男性にとっては公平に重要なんだよ。
分かることも分からないことも全体感と論理で
理解できるということなの」
京子は太古の歴史の話を通じて、女性特有の心理に関して
説明してくれた。そして、もちろん現代にも
この影響が色濃く残っているという前提で。
「女性たちの思考パターンの根底には、
弱者を守るという愛の精神が横たわっているんだね。
なんか、これまで女性に対する失敗の原因が
全部説明できる気がする……」
素直にそんな一言が出てきた。
京子は、ワイングラスを片手に、笑っていた。
それから2時間ばかり、女性の思考回路について
特別なレクチャーが続いた。おれは終始、あいづちを
打っていた。おれには女性について、説明する言葉を
何も持っていないことにあらためて気付かされた。
食事を終えて、店を出て、帰ろうとした時、
京子から小さなメモを渡された。
「たぶん、竹内くんは、職場に戻ったら、
これまでよりずっと女性に対して優しくなっていると思う。
女性からの高感度も上がっていると思うの。
でも、ふと迷う瞬間が来るんじゃないかと思ってね。
その時に、このメモを読んでほしいの。
帰り道に読んじゃだめよ。いや、今読んでもメモの内容を理解できないと思う。
実感が伴わない、っていえばいいのかな?
とにかく、読むべき瞬間は、竹内くん自身が自然に判断できるはずだから
それまでは、大切に保管しておいてください」
なんだかよく分からないけど、
京子のアドバイスに従っておいたほうがいい。
直感的に感じた。
翌日からおれは京子のアドバイスに従って、
なるべく女性の思考パターンに寄り添うように、
接することを 心がけた。
以来、女性に対して、失態は無かった。
むしろ、高感度が上がったんじゃないかと
感じられることも多かった。
ある日、部下である女性メンバーが仕事の進め方を相談してきた。
彼女はストレスが溜まっているのだろう。
最初は仕事の話だったが、一緒に働く同僚をはじめ周囲に対する
不平不満なんかも交えて、2時間くらいノンストップで
話し続けた。その間、おれは、相槌や簡単なコメントを繰り返しながら
彼女の思いに共感し続けた。話し終えると彼女は、
相談にのってくれたお礼を言って、満足そうに帰っていった。
おれはその一連のやりとりを振り返って、
ふと虚しい思いを感じた。
それは、共感している割におれ自身の心が一切無いということに
気がついたからだった。おれは仕事の一貫として、女性に対して
共感というプレーを続けているだけではないのか?
あらためて、女性特有の思考が生まれた背景に思いを馳せた。
子供に対する深い愛情を思い浮かべることができた。
なのにおれは、仕事を円滑に進めるという目的のもとに
テクニックを繰り出しているだけなんじゃないか。
一方で、以前のおれは、偏見を持って女性と接していた。
対応の仕方は間違っていたかもしれない。
でも、心から相手を思って行動したつもりだった。
相手にとって、結果は間違っている。
でも、プロセスは正しい、というか人間らしい気がする。
人としては実際、どちらが正しいのだろうか?
おれは、ふと京子にもらったメモを
思い出した。
京子はいつメモを見ろとは指示しなかった。
おれ自身が読むべきと判断した時。
理由は無いけど、今がその時ではないか。
かばんにしまっておいたメモを持って
誰もいない会議室へ扉を閉めた。
メモをそっと開いてみる。
真ん中のほうに、小さな文字が記されていた。
「心に寄り添ってあげているうちに
あなたの心も開かれていく。
最初はなんとなくでもいいのよ」
そうか。これでいいのか。
楽しくなくても、笑顔を作っているうちに
心が晴れやかになって、本当の笑顔が生まれるという
話を聞いたことがある。
そうなのだ。なにも心が先で行為が後といった
順番にこだわる必要はないのだ。
行為が気持ちを連れてくる、それでもかまわないのだ。
女性との思考パターンの違いを知るほどに
それを尊重しなければならない、と力んでいたのだろう。
「そんなに力が入っていると、また主観だけで
女性に接してしまうよ、笑」
自分を見透かす京子の顔が目に浮かんだ。
***
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