メディアグランプリ

「エリック・カールはどこ?」と娘に言われた、エリック・カール展。


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記事:桝田綾子(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
「えー、エリック・カールはどこー? どこなのー?」
30分。並んだ末にやっと入館できたというのに、入ってすぐの部屋で娘は座り込んだ。
巨匠、エリック・カールその人の直接描いた原画がいくつも目の前にあるというのに、である。

そもそも、このエリック・カール展に行きたい! と言い出したのは娘だった。
駅に貼ってあったものだったか、エリック・カール展の広告を見て、「あ、はらぺこあおむしだ! なんでここにあるの?」と言い出した娘。「今度近くでこれを描いた人の作品をたくさん集めてみんなが観られるように展示しますよ、というお知らせだよ」「え、描いた人知ってるよ。エリック・カールだよね。行ってみたい!」というやりとりから。

エリック・カール展は4月からやっていて、娘の通う保育園の友だちの中にも、すでに行ってきた子がいたらしく。行ってきたよ! という話も娘は耳にしたよう。「◯◯くんも行ったんだって」「いつ行くの? いつ行くの? 行きたい行きたーい」と、目を輝かせた娘にせがまれての、今日だったのだ。

私も夫も、人が多いところは極力避けたい、と思っているタイプだ。
たとえば千葉にある、けれど東京、と名を冠した某テーマパークなど、混んでいることしか予想できない場所には、できうる限り行きたくはない。
夫婦ふたりだった頃には、お弁当を持って近所の公園に出かけ、ビールを飲んでのんびりしながら思い思いに好きなことをする……、そんな休日をよく過ごしていた。
それだったのが、こどもが行きたい! というならば混んでいるけれど行ってみるか、と重い腰を上げた上に、こうして列に並ぶのだから、こどもはすごいねぇと話しながら並んで、待ち。ようやく入館できたね、さぁ館内を見て回ろう! という段になって、「エリック・カールはどこにあるの?」と娘が言うのである。

「これ、ぜんぶそうだよ。エリック・カールさんが描いた絵だよ」と言っても、釈然としない顔をしている。

「えー? エリック・カールの絵本は?」

……娘は、どうやら「エリック・カールの絵」ではなくて、「エリック・カールの絵本」が見たかったよう。
たしかに、これまで娘が親しんできた、楽しんできた「エリック・カール」は、絵画ではなくて、『はらぺこあおむし』や、『パパ、おつきさまとって!』、『たんじょうびのふしぎなてがみ』などの絵本であったな、と思い返す。

彼女は【絵本】に会いに来たのだ。

そうは言ってもここまで来たのだから、少しは展示も観たい。
「ここにあるのはエリック・カールさんの描いた絵だよ。絵本もこうやって絵を描いてつくられたんだよ」と私が言うものの、娘はまったく関心のない様子。
絵本があるとしたら、出口近くの展示関連ショップコーナーだろうか。
座り込んで「疲れたー、エリック・カールの絵本がいいの」という娘と、せっかく来たのだから少し見ていきたい、という私に、夫がじゃあ先に出口に行っているよ、と娘を連れて出口に向かってくれた。

息子を抱っこしながら、急ぎ足に展示を観てから向かった、出口を過ぎたところにあるショップコーナー。見本の絵本を真剣に開いて読んでいる娘がいた。私が合流した時の絵本が最後で、どうやら、コーナーにあったすべての見本はもう読んでしまったらしい。
娘が行く前からほしいと言っていた『ごちゃまぜカメレオン』をショップで見つけることはできなくて、代わりに『はらぺこあおむし』のすごろくを買って、美術館を後にした。

美術館を出ると人も少なくなり、気持ちのよい、とても広い公園だ。
人が多い場所は疲れるだろう、と家を出るまで思っていたし、展示もゆっくり観られたわけではなかったけれど。公園をゆっくり歩いていると、家族4人で少し遠くまで出かけるのもいいな、と思えるような休日だった。

翌朝、保育園の連絡帳を夫が書いていると、「エリック・カール展に行った、って書いてね!」と娘は言う。絵本が見たかったのならば、図書館に行くとよかったのかもしれない? と思っていたけれど、彼女にとっては、充分に「エリック・カール展」を楽しんだ時間だったのだろう。

美術展はゆっくり絵を観に行くための場所。
作者をもっと知りに行くところ。
人がたくさんいるところは疲れるだけ……。

そんな私の思い込み、当然だと思っていることを、娘はたやすく壊してくる。
「こんな風に楽しまなければ」と、考えすぎていた自分に気づくような。
こんな風に楽しんで欲しい、と他の人が考えたとおりに楽しむ必要はなくて、自分の行きたい! 見たい! やりたい!! という純粋な気持ちに忠実に、楽しみたいように楽しむのも、いいものだなぁということを娘は教えてくれる。
そうして娘が心から楽しんでいる、喜んでいる姿が、これまで人混みに出かけなかった私たちを人の多い場所に連れ出し、私にとって新しい休日の楽しみ方を開拓してくれる。

これから先もこどもが教えてくれることはきっとたくさんあることだろう。
自分にとっての常識とも言える思い込みを壊されるような場面には、驚くことも嫌な気持ちになることも多い。それでも、思い込みを壊されることそれ自体を、楽しむことのできる自分でいられたらいいな、と思う。

 
 
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2017-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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