メディアグランプリ

愛すべき意味不明


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講申込みページ/東京・福岡・京都・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《平日コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事:いくさ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「はい、そこで地球にかえって!」
 
ある日の、バイオリンレッスンの一場面である。
 
「地球へかえれ」と言われても、銀河鉄道999に乗っているわけでも、ガンダムを操縦しているわけでもない。
左手にバイオリン、右手に弓を持って音を鳴らしている最中だ。
一瞬ぽかんとするが、自分なりの「地球にかえる音」を出してみる。
正解なのか皆目見当がつかない。
しかし、先生は満足そうだ。なので、私はいま無事に地球にかえれたらしい。
 
私のバイオリンレッスンでは、珍しい事ではない。
 
私がバイオリンを習っているK先生は推定70代。
150センチの私と身長が大して変わらない小柄な男性である。白いワイシャツに、スラックスと革靴。白髪は七三に分けていて、丁寧にセットされている。そのまま高級レストランに行けそうなほど、いつもきちんとした格好をしている。
 
常識的な見た目の印象とは反対に、K先生は、とにかく意味不明の発言をする。
「そこは、刻まないで、刻む!」
「自分の体にじんわり吸わせる〜」
「巻き込むように、パーン!」
そして、「地球にかえって!」
お笑い芸人さんが聞いていたら、「なんやねん、それ!」と鋭いツッコミが連発されそうだ。
発言の意味が分からず質問すると、別の意味不明な表現が返ってくるのでよけい混乱する。
 
こういう教え方をする人に心当たりがある。そう、長嶋茂雄さんだ。
「球がこう、スッと来るだろ、そこをグーッと構えて腰をガッとする。あとはバッと行って、バーンと打つ」
擬音を多用するところ、文字にして後から読んでも意味不明な所がそっくりだ。
 
そんな教え方でわかるのかと疑問を感じるだろう。
しかし、先生のレッスンは、発言こそ意味不明だが、レッスン前後で音が全く違うものになるのだ。
1回のレッスン45分の間で、「私って、天才……!」と思うような音に変化していく。それはもう、一瞬にして。
 
残念ながら、その劇的な音の変化は、レッスン直後をピークに段々と落ちてゆく。
次のレッスンまでに、いかに自分一人でその音を再現するかが勝負なのだ。
先生はその音を維持するための具体的な方法論は教えてくれない。
 
実は、数年前に一度K先生の元を去った事がある。
具体的な練習方法についてアドバイスが全くないので、もっとわかりやすく教えてくれる先生に浮気したのだ。
浮気した先生は理路整然と教えてくれ、毎日の練習カリキュラムもばっちり組んでくれた。
やりやすかったけど、やっぱりK先生が忘れられずに戻ってきてしまった。
 
K先生、ごめんなさい。
私はわかったのです。
先生は、発言こそ意味不明かもしれないけれど、雄弁に語っていたのですよね。
目線、動作、声のトーン、間、そう言うすべてで、私に伝えようとしてくれていたのですね。
わたしは、それを表面的にしか受け取っていなかったのです。
次のレベルには、残りどのくらいの経験値が必要なのかステータスを確認すればわかるような事じゃないのですよね。
どんな練習をすればうまくなるのか、自分の頭でぐるぐる悩んで考えて、迷いながら道を見つけるしか方法はないのですね。
ただ、「あの音をもう一度奏でたい」という自分の中の望みを道しるべに。
 
そうして浮気から戻った私は、自分が感じる音を頼りに、頭ではなく心で練習するようになった。
 
しかし、先生は合格点を出すときの表現も意味不明なので、果たして自分が上達しているのか、していないのか、自信がなくなってくる。
 
そんなある日のことである。
宿題だった課題曲を演奏するところからレッスンが始まった。
すごくうまく弾けたと思った。前回のレッスン終わりの音にかなり近い、いや、何なら超えているかもしれない。弾いている音が理想に近い。弾いていて気持ちがいい。
 
突然、先生が自分のバイオリン取り出して、私の演奏に重ねて弾き始めた。
教えるために一緒に弾く事はよくあるが、その時はそうじゃなかった。
先生は、明らかに自分の演奏をしている。わたし以上に、ノリノリで。わたし以上に楽しんでバイオリンを弾いているのだ。
 
洞窟の中にいたけど、周りのお祭りのにぎやかさに釣られて外に出てきてしまった神様を思い出した。
そうか、私は先生を誘い出せたのか。
 
K先生、あなたの良さを疑って、浮気してしまった私ですが、先生が一緒に弾きたくなっちゃうほどには成長したということでしょうか。わかりやすい言葉で褒めて欲しいと思っていたけれど、こんなに嬉しそうに合奏してくれる先生を見たら、自分の上達すら、自分の心で感じるしかない事がようやくわかりました。
 
先生が奏でる音に惚れている。ああ言う音をだして人を感動させたいと思う。
だから、発言が意味不明でも、全身の毛穴を開いて、先生が伝えようとしている事を吸収したいと思うのだ。
確かに、長嶋伝説を語る時も、「長嶋さんが好きで、好きでたまらない」感じが伝わってくる事が多い。好きだから、意味不明だと半ばあきれても、理解しようと手を伸ばすのだろう。
まずは自分の中心にある「何かに惚れる気持ち」があって、それを大事にしたいから人は行動するのだと、大事な事を教えてくれたK先生。
今日も相変わらず意味不明。
 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/writingsemi/36546

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2017-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事