体育館に潜む花火師
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:秋田梨沙(26 年 9 月ライティングゼミ withAI)
あぁ、これはやっぱりダメかもしれない、と思った。
夏休み最後の土曜日。
私は剣道の級審査のため、小4次男に付き添って、朝から形の講習会を受けにきている。午後に行われる級審査には「木刀による剣道基本技稽古法」という形の審査があり、二人一組であらかじめ決められた技を披露する。これは、そのための必須講習である。数日前からちゃんと復習をしておかなくていいのかとうるさく言う私に、「午前中の講習会で最終チェックができるから大丈夫!」などと余裕の発言をしていたのはどこのどいつなのか。今現在、次男はとても怪しい動きを披露している。
本番では、形の審査に加えて、試合のように技を打ち合う「互角稽古」も審査に加わり、形と実技の両方を審査される。次男の場合、実技の方は、そもそも心許ない。大丈夫なのか、これで!
とはいえ、この現状はもちろん次男のせいだけではない。夏休みは家族イベントも多く、稽古も休みがちであり、木刀を握った時間は、お世辞にも十分とはいえなかった。今日までに家でできたことといえば、夕食後に形のYouTubeを慌てて見せたことくらいである。
無情にもやってきた午後。いよいよ本番の合図が鳴る。
まずは形の審査からだ。親たちは観客席から息を呑んで、審査の様子を見守る。
次男は私の予想に反して、すっと背筋を伸ばし、落ち着いた表情で立っていた。おや? さっきまでのふにゃふにゃは何だったのか。声もよく出ている。よしよし、私が見る限りミスはなさそうだ。これはもしかしたらイケるかもしれないぞ。
続いては互角稽古だ。防具を身につけ、竹刀を交える実技審査。礼をしてから、ほんの1分程度で終わってしまう一発勝負の緊張感。こちらも手に汗を握って、順番に並んだ次男の様子をじっと見つめる。
めちゃくちゃ緊張しているー!
張り詰めた空気の中、さっきまでとは打って変わって、次男の動きがぎこちない。一歩、二歩。進み出る足が、まるでロボットのようだ。
「はじめ!」
号令を合図に双方が動き出す。次男は、相手の竹刀に気圧されつつも、なんとか負けじと自分からも向かっていっている。だけれども、なかなかいい1本は決まらなかったように思えた。
あぁ……これは、すごく微妙だな。
5級から順番に受けてきた次男は、今のところは不合格を経験せずに済んでいた。2級くらいからは、審査も厳しくなってくると聞いていたので、今回は落ちるかもしれないよ、というのは次男ともよく話していた。
審査が終わり戻ってきた次男に、
「どうだった?」
と聞かれ、よかったと思うよ、などと曖昧な返事をしながら、結果発表を待つ間、私は心の中でせっせと「慰めの言葉」を準備し始めていた。
やがて、結果発表掲示のアナウンスが響く。
「ママ、結果は1人で見に行ってくるよ」
「え、でも、合格してたら、手続するためにまた呼びに来ないといけないよ?」
そう声をかけたが、彼は「いい、1人で行く」と小さく首を横に振った。私は頷いて、肩をいからせて掲示板へ向かう小さな背中を見送った。
合格していたら走って戻ってくるはずだ。どう考えても遅い。そわそわして待っていると、しばらくして、うつむき加減に戻ってくる次男の姿が見えた。
あぁ、やっぱりダメだったんだ……。
「よく頑――」
と言いかけたその瞬間、次男が無言のまま、私の手を引っ張った。
「……来て」
言葉少なに私の手を引き、ぐいぐいと足早に歩いていく。連れて行かれた掲示板の前には、まだ人だかりができていた。息子の小さな指先が、白い紙の一角を指差す。
そこには、次男の受験番号が堂々と並んでいた。
「えっ……受かってるじゃん!」
思わず声をあげると、さっきまで神妙な顔を取り繕っていた次男が、悪い笑顔でこちらを見ている。私を騙した面白さと、受かった誇らしさに、にやにやが止まらない様子だ。
やられた!
私だけが悔しい気持ちを抱える合格手続の列は、子どもたちのキラキラした笑顔であふれている。隣に並ぶ親御さんたちも、みな緊張から解放された顔だ。窓口には、運営のお手伝いをしていたと思われる、道場の先生たちもいた。稽古の指導のみならず、朝早くから級審査のお手伝いまでしなければならないなんて、本当に大変だ。心の中で、そっと感謝した。
次の稽古日に道場へ行くと、先生から「息子さん、合格おめでとう!」と声をかけていただいた。
「今回ばかりは無理だと思ったのですが、ご指導のおかげで無事に受かりました!」
そう言う私に向かって、先生はくしゃっと笑って言った。
「私はね、あの顔が見たいから役員をやっているようなものなのよ」
胸の奥を強く突かれたような気がした。親である私は、家での様子や本番での微妙な出来栄えに、勝手に心配をしていたけれど、先生は最初から信じてくれていたのだと思う。子どもたちが道場で流してきた汗も、親には見えないところで蓄えてきたものも、きっと知っていた。
花火大会で裏方に徹する職人のように、義務感だけではなく、ただ、打ち上がった花火がパッと夜空を照らす、あの瞬間を見届けたいがためだけに、裏側で準備をしてくれているのだ。親とは違う場所から子どもたちを信じ、花開く瞬間を待ち構えて一緒に見上げてくれる大人がいることそれは子どもにとって、そして何より親である私にとっても、心強い光だと思う。
稽古終わり、涼しい風が吹き始めた夜空を見上げながらもう一度、大きな花火が見えた気がした。
≪終わり≫
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