屋形船の夢から早く醒めて
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:遠山 涼(ライティング・ゼミ日曜コース)
屋形船の上にのぼって、ぼくは夜空を見上げた。
人生のゴールフラッグのように、打ち上げ花火が閃いている。
暗い水の香りがして、隅田川は静かに波打っていた。
東京にやってくる前から、ぼくは隅田川に憧れを持っていた。
東京の私立大学に進んで、たのしい大学生活を過ごす。
東北の地方都市に住んでいたぼくの頭の中で、そんなきらきらとした想像が膨らんでいた。
その中でも、隅田川の花火大会は別格だった。
地元の高校に通っている頃、帰り道に聞いていた曲の中で、隅田川の花火大会が歌詞に出てきた。
当時のぼくの心を強く揺さぶったその曲は、隅田川の花火大会を、とてつもなく魅力的なものとして、ぼくの中に植え付けた。
「混んでるから、嫌」
付き合い始めたばかりの彼女はそう言ったが、結局ぼくのわがままを聞いてくれた。
ぼくは嬉しかった。あの憧れの隅田川の花火大会。それも彼女と一緒に行けるなんて。
電車を乗り継いで、打ち上げ会場の最寄り駅へ降り立った。
しかし、JR両国駅で降りたのが間違いだった。
交通規制で自由に歩けず、人がごった返す中、ぼくと彼女は窮屈な歩道を進み続けた。
橋の上は人で埋め尽くされていた。
優雅に浮かんでいる屋形船が恨めしかった。
せっかく浴衣を着てきてくれた彼女に、ぼくは申し訳ない気持ちになった。
結局最後までまともに花火を見ることができず、やがてぼくたちは、人波に押し流されるように会場を去った。
「大学生活って、入るまでは憧れがすごく膨らむけど、入ってみたら意外とがっかりするよね」
よく聞くあるあるネタだ。
たしかにどうして、映画やドラマに出てくる大学生たちはあんなに楽しそうに見えるのだろう?
そんなフィクションの世界に騙されたせいで、ぼくも東京での大学生活に憧れ過ぎてしまったのだ。
彼女の反対を押し切ってまで、何故ぼくはあの人混みの中に、彼女を連れて行かなければいけなかったのか。
花火からの帰り道、彼女は不機嫌になり、なぜか口喧嘩が始まって、そのせいで悲しい思いをした。
憧れはがっかりを生む。
思い続けていた憧れに実際に足を踏み入れたからこそ、そのことを学ぶことができた。
しかし、彼女への申し訳なさと、抱いていた憧れが崩れ落ちてしまったことの両方に、ぼくの心はうなだれた。
それから、少しずつ大人になるにつれて、ぼくはがっかりすることが少なくなっていった。
周到な準備と、一般的な常識を参考にすれば、期待やあこがれに裏切られることは回避できる。
隅田川の花火大会にだって、そういう大人の楽しみ方がある。
人混みや交通規制に邪魔をされない、最適な楽しみ方。
屋形船から、隅田川の花火大会を見る。
たまたま先日、そんな機会が舞い込んできた。
会社の取引先に招待されて、ぼくは屋形船の上から隅田川の花火を見ることになった。
これぞ大人の遊びだ。ようやくぼくも東京の人間になれた。
そんな気持ちでウキウキしながら、品川にある船宿へ向かった。
船が出航し、すぐに宴会が始まった。
ビールから始まり日本酒にレモンサワー。飲み放題だった。目の前には豪勢な船盛が並んでいた。
仕事の関係で招待されていたので、よく知っている顔ぶればかりではなく、初対面の人が大勢いた。
年上の人も多かったので、酒の席とはいえ、ぼくのような若手連中は何かと気を遣ってばかりいた。
日が沈み、最初の花火が上がった。
乗客たちはみな、屋形船の2階に上がった。ぼくも続いて上がってみると、川に架かる橋の向こうに、小さく花火が見えた。
(意外と、遠くない?)
そう思ったのはぼくだけじゃなかったはずなのに、誰一人そんなことを口走る人はいなかった。
船の上から周りを見回した。
広い隅田川を埋め尽くすように、屋形船があちこちに浮かんでいる。
その向こうには、川岸の歩道を埋め尽くす人の群れが見えた。
そこに見える人たちと、屋形船のぼくたちとでは、花火の打ち上げ会場までの距離は変わらなかった。
それに気づいて、ぼくは少しがっかりした。
また遥か遠くで、小さな花火が夜空に咲く。
「ああ。すごい。きれいだ。きれいだ」
隣にいる知らないおじさんが言った。花火に気を遣って、お世辞を言っているように聞こえた。
やっぱり屋形船は、大人の乗り物だった。
誰ひとり、がっかりしたような表情はしていない。
そういうものだと納得して、むしろ楽しんでいるように見える。
しかし、ぼくにはどうしてもそうは思えなかった。
同時に、大学生の頃に来た隅田川の花火大会を思い出して、あの頃が恋しくなってしまった。
人混みに押し流されながら彼女と一緒に来る隅田川の花火大会と、川の上でよく知らない人と一緒に遥か遠くの花火を見る隅田川の花火大会とでは、どっちがいいか?
「どこで見るか」ではなく、「誰と見るか」が重要だ。
そのことに気付けたことが、屋形船に乗って一番よかったことだった。
憧ればかりが膨らんでいる内は、本当のことにはなかなか気づけない。
大学生活も、入ってみないと分からない。屋形船も、乗ってみないと分からない。
現実を知り、憧れが崩れ落ちて、そのあとに残るもの。それを大切にしなければならない。
そのように、ぼくはまた新しく学ぶことができた。
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