メディアグランプリ

松坂牛になれれば良かったのだけれど


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記事:せとぎわ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
想像してみてほしい。
時刻はもうすぐ20時、閉店まで1時間を切ったスーパーである。店員がふらりとお肉コーナーの前に現れる。何やらエプロンのポケットから機械を取り出し、商品を手に取った……値引きだ! 貴方はそれを見て猛然と駆け出す。あれは松坂牛だ。松坂牛の細切れが半額だ。斜め後ろから突き出されてきたライバルの手を勢いよく叩き落とし、その手に肉をしかと掴む! 今夜は焼肉である。喜びを胸に松坂牛と見つめ合う。
これが、私が人生で一度だけ経験した婚活パーティーの光景である。
 
もう少し説明を加える。最近では婚活パーティーにも様々な種類があるが、私がその日参加した婚活パーティーは最も典型的なスタイルだった。つまり、男女が十数名ずつ集められ、1対1の自己紹介タイム(俗に言う“お見合い回転寿司”)ののち、フリートークの時間が与えられるというアレである。
彼氏と別れて丸2年が経とうとしていた24歳の私は、女性は参加費1000円という謳い文句につられ、のこのこと出かけて行ったのであった。
 
たしかに、今思えば不思議なことは数多くあった。
何故男女の人数が違うのか(女性の方が3人ほど多かった)とか、何故髪を美しく結ったモデルばりの美人がこんなパーティーに来ていたのかとか。
何故「35歳位まで」という年齢制限があったにも拘らず35歳以下の男性が13人中2人しかいなかったのかとか。
自己紹介タイム1人目は42歳、2人目は38歳、3人目は遂に51歳、私の2倍以上生きてこられた人生の先輩だった。お互い相手のプロフィールカードに視線を這わせながら必死に会話を試みたが、なにせただでさえ短い制限時間の中で共通点を探す難易度は格段に高い。結局「あ、趣味はカフェめぐり……なんですね、ははは」や「あ、そちらは時代劇がお好きなんです……か、はは」といった乾いた会話が飛んで終わった。
 
一応、そんな中でも良いなと思う人はいて、33歳でIT系企業勤め、顔に若干肉の付いたディーン・フジオカといった風の紳士そうな男性がいた。勤務地が近いという共通点も奇跡的に見つかった。とはいえ今はお見合い回転寿司、いくら良いと思っても話せるのは3分のみ。10分×3回あるフリートークのどこかでお近づきになるしかあるまい。そして受付の女性から自己紹介タイムアップの声がかかり、いよいよフリートークか、と思ったその瞬間であった。
 
ピーーー!!!
ガタッ!!! ガタガタドスドスドス!!!!!
 
「ピーーー」はフリートーク開始の笛の音だ、とようやく気付いた私の視界に入ったのは、先ほど何故こんなところにと疑問に思った美人の元へ猛然と駆け出す男性陣の群れだった。もう年齢とか関係なかった。30代も50代も先ほどまで座っていた椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がって美人に殺到していた。彼らの目は真っ直ぐで、輝いていた。
 
もちろん、美人は聖徳太子ではないので、一度に話せるのは1人だけである。
当然、殺到した6人の内5人は方針転換を迫られることになる。その内2人は、なんとその場に残った。初回は潔く諦め、次回で確実に座ろうという魂胆である。そして残った3人は、「ナハハ……」と照れくさそうに他の女性の席へと散った。その中に先ほどのディーン・フジオカ風紳士もいた。ディーン、お前もか。
 
その光景を目の当たりにした私の頭に去来したのが、先ほどのスーパーのイメージ映像だった。
なるほど、普段は高根の花である松坂牛が突然自分の手の届く範囲に降りてきたらたしかに走る。私だってたぶん鼻息を鳴らしながら走る。それを他人に盗られてしまったら、代わりに他の黒毛和牛を買うかもしれない。けど、松坂牛を狙っていた人が、いくらすぐ手に取れるからといってラム肉を代わりにはしないだろう。
 
そう、その場の私はラム肉だった。
呆然としている間に1回目のフリータイムが終わり、2回目は男性が前に座ったが、それも美人の椅子取りゲームに敗けた男性が空いている席に座ったというだけのことだった。なるほど、需要がない。
結局、最後の3回目も男性と話すことなく私の婚活パーティーは幕を閉じた。
 
さて、私の婚活は失敗だったのだろうか?
もちろん、その日に限れば、私は目当ての男性(ディーン)と連絡先を交換することができなかったので明らかに失敗だろう。そして、こうした戦場に参加することで私の「レベル」は松坂牛でもなければ国産和牛にも満たない、ということもよくわかった。
だが、世の中には、ラム肉が良い! どうしてもジンギスカンが食べたい! という人間もいるはずで、そういう人が多くいる場所にさえ行けば、私は真っ先に選ばれることだろう。選ばれるのなんて待っていないで、こちらから駆け出したって良い。
松坂牛になれれば良かったのだけれど、なれなかったからといって全てが終わりではない。そう信じ、次はどんな婚活を試してみようか、とまた検索画面を開くのだった。
 
 
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2017-08-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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