もみもみすると
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:たいらまり(ライティング・ゼミ日曜コース)
男性の手が上から下へと私の体を這っていく。
ベットの上で無抵抗な私は、うつ伏せで両腕をダラリと垂らし、何も感じていない表情を作っていた。
「力を抜いて」
本当はすごく感じやすい。背中に少し手が触れるだけでも全身がゾワっとする。
体に力が入っているのが分かるのだろう。男性が少しじれったそうに注意する。
「はい……」
か細い声で答える私。
自分で決めて、今ここで、このベットによこたわっている。それなのに、やっぱりやめておけばよかったと、後悔が心を占めていた。その思いとは反し、熱が入ってきた男性の手は、より強く、私の体に吸い付くように這い続ける。
後悔と触られていることへの我慢が男性に伝わらないように、目を閉じて無表情を作り、ここに来た理由を心の中で言い聞かせた。
1年前、私は心にシコリができた。
許せない出来事が起こり、許せない人ができ、許せない思いがどうしようもないまま心の中で凍結していた。
36年生きてきて、初めてのことだった。シコリはなかなか取れなく、怒りや悔しさを常にフラッシュバックさせる。
私は猛烈に怒っていたが、向こうには向こう側の真実があるだろうことも想像できる。
人間は間違いを犯すし、勘違いもする。気づかないうちに人を傷つける。
私も間違いを犯し、傷つけてきた。嘘をついたこともある。サボったこともある。とても人には言えないこともある。それでも許され、今を生かされている。
人を殺めることとか、絶対的にダメなことはあるが、「今日の悪人は明日の善人」という、どこかで聞いたセリフを胸にいつも置き、人に対しては寛容な気持ちであることを心がけていた。
でも今回は、なんだか複雑にいろんなことが絡んでしまい、その人への許し方、起こった出来事への感情の処理の仕方が見つからなかった。
本当はその人がいい奴だということもわかっているのに。
できてしまった心のシコリは、痛く苦しく、その出来事を思い出すとポンプを押すように、イライラを吹き出してきた。ちょうど私は産後で、ホルモンバランスも乱れていたのだと思う。コントロールできない感情が、育児へ影響することも怖くなってきていた。
信頼する友人の紹介で、初めてカウンセリングを受けてみた。
今までは、何かに頼って問題を解決することを毛嫌いしていた。悩みもあまり人に言わず、自分の中で自問自答を繰り返す。少々体調が悪くても、薬や病院はなるべく利用せず、自然治癒を目指した。それを美しい、正しいと勘違いし、人を頼れない、ただの意固地な女になっていた。
セッションを受け続けると、凝り固まっていた私の心が揉みほぐされた。心ってこんなに軽かったのかと感じた。
シコリがなくなったわけではないが、それは次第に私の心を支配しなくなった。今までの生き方の頑固な部分をリセットし、これからの人生を楽しく幸せに生きていくということに、自然と意識がシフトしていった。
今、ベットの上で熱い男性の手ほどきを受けているのも、新しい自分へのチャレンジの一つだった。
男性の手はいっそう熱くなってくる。
どうしても、くすぐったさに反応する気持ちを抑えるために、私の体は緊張してしまう。みんなこんなことを気持ちいいと感じるのか……。どこまで私の体は頑ななんだろう。もっと自然に身と心を委ねるんだ。この男性の、この熱い手に。
「痛いっ!」
右のお尻に強い痛みを感じ、思わず叫んでしまった。
男性の手が止まった。この頑固な体に呆れただろうか。
「あー、ここ、ここですね。筋肉が固まってしまっています。無理な体勢のせいですね。まー赤ちゃん、ずっと抱っこしないといけないから、大変ですよね」
同情を交えた口調で言う。
「まずは、しっかり筋肉をほぐしてあげて、それからトレーニングの方法もお伝えしますね」
淡々と。
初めての整骨院。
体を触られる系の施術は大の苦手だった。一緒に子作りをしたはずの旦那さんにでさえ、背中を触られると「やめてくれ」と突き飛ばす。くすぐったすぎるのだ。
それでも新しい自分になるチャレンジの一つとして、プロの手に委ねてみたかった。心と一緒に36年硬かった体を変えてみたいと思ったのだ。
今日で3回目の施術。徐々に力の抜き方も分かってきたし、体が軽く感じれるようになってきた。
最初は、この男性に触られるのかと、少々抵抗を感じたが、雑談の中から信頼できるようになり、「先生」と呼べるようにもなってきた。
筋肉や骨の施術をしてもらいながら、心もほぐされているようだ。まだくすぐったさは残るが、受け入れることができた。自分の体にも可能性を感じることができ、チャレンジしてみてよかったと思う。
あんなに痛く苦しかった1年前の心のシコリに、今では感謝の気持ちもジワリと湧いてくる。もう何に怒っていたのかも忘れつつある。
自分では、どうしようもない痛みに出会い、人に頼ることができたことで、私は新しい自分に変われるチャンスをつかむことができた。
「12回で3万円のダイエットコースもチャレンジしてみませんか?」
男性が私の体を揉みほぐしながら囁く。
痩せたい欲望スイッチを押され、勢いで申し込みそうになったが、ここは冷静に。
「まずは自分で努力します」
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